ハンドボールの各ポジションに求められる役割、技術について、2024年9月に発足した国内トップリーグ・リーグHで活躍する選手のプレースタイルとともに紹介します。第6回はピヴォット(PV)です。ポストプレーヤーという呼び名の方が、なじみがあるかもしれません。世界的にはラインプレーヤーとも呼ばれています。6mライン際でDFと競り合いながら、セットOFの手助けをするポジションです。
酒井翔一朗(レッドトルネード佐賀)スクリーンプレー

ピヴォットに求められる仕事のひとつに、DFにスクリーン(ブロック)をかける動きがあります。DFの前にスクリーンをかけて、味方がロングシュートを打ちやすくします。DFの横にスクリーンをかけて、味方がカットインするためのスペースを作ります。もしくはそのままポストパスをキャッチして、シュートまで持ち込みます。相手よりも先にいい位置を取ることを、専門用語で「がめる」「勝ちの位置を取る」とも言います。
酒井翔一朗(レッドトルネード佐賀)は、力強いスクリーンプレーが得意技。最初は背中を丸めて相手との接点を減らしながら、先回りして勝ちの位置を取り、強い体でフィニッシュに持ち込みます。
岡元竜生(ブレイヴキングス刈谷)は攻撃型のピヴォットで、力強い位置取りで点を取りつつ、1対1が得意な松下海の切れ込むスペースを上手に作ります。ライン際の横綱は、体重116kgの落田駿兵(福井永平寺ブルーサンダー)。今季は走れる仕様に体をシェイプし、DFにも入るようになりました。得点を伸ばしたい局面で登場し、味方からのパスを受けて雪崩込み、退場を誘発します。
中川智規(琉球コラソン)は年々力強さを増し、攻守にコラソンに欠かせない存在になりました。体重108kgの羽渕晴一朗(アルバモス大阪)は、チーム待望の純正ピヴォット。重いピヴォットとの2対2が得意なセンター・植垣健人の「よき相棒」になれるでしょうか。
女子ではグレイ クレア フランシス(熊本ビューストピンディーズ)、兼子樹(アランマーレ富山)がパワー系のピヴォット。兼子は試合開始早々の2対2で7mスローを獲得し、チームを勢いづかせます。
川上勝太(安芸高田わくながハンドボールクラブ)スペースを利用

DFが積極的に前に出てきたら、裏のスペースが空きます。この空間を利用できるのが、賢いピヴォットです。ピヴォットがスライドすることでDFを連れ去り、スペースを作る動きも見せ場のひとつ。記録には残りませんが、立派なアシストです。
川上勝太(安芸高田わくながハンドボールクラブ)はピヴォットにしては小柄ですが、得点感覚に優れています。相手のDFが前に出っぱなしになったら、裏のスペースをしつこく攻めて、1試合に10点以上取ることもあります。今季は調子が上がらず、川上らしい情熱的なプレーが見られないと思っていたら、年明けからはケガでベンチアウトが続いています。川上がライン際にいてくれないと、わくながの攻撃が形になりません。
初見実椰子(三重バイオレットアイリス)はスライドプレーが得意技のひとつ。DFを連れ去り、味方にカットインできるスペースを作り出します。新加入の妹・初見巴菜子(三重バイオレットアイリス)もこのスライドプレーが得意で、姉の実椰子は「私のマネばかりするんですよ」とこぼしていました。賢い姉のマネをするのは、とてもいいことです。
笠井千香子(ブルーサクヤ鹿児島)はスライドする前の一工夫が光ります。しっかりとDFを押し込んでからスライドするので、離れ際のタイミングが抜群です。藤井愛(香川銀行シラソル香川)もスペースに動けるタイプ。強さでくさびになる立石恋菜に相手が慣れてきたタイミングで藤井を投入すると、DFの裏で効果的に動き回ります。
岩見海里(レッドトルネード佐賀)肉体派

ライン際で体を張るのがピヴォットの仕事。DFにもみくちゃにされながらも、闘志をむき出しにして戦える肉体派がいてくれると、それだけでセットOFがやりやすくなります。
香川壮次郎(大崎オーソル埼玉)、康本侃司(大同フェニックス東海)は、チームにいてくれないと困る人柱。攻守にチームのバランスを整え、6mライン付近で存在感を示します。
ライン際の強さという点では、佐藤光(ゴールデンウルヴス福岡)も絶対に欠かせません。佐藤光がいるかいないかで、攻撃の組み立てが大きく変わってきます。岩見海里(レッドトルネード佐賀)は、かつては天理大学のエースで、関西リーグの得点王でした。トヨタ紡織九州に入ってからピヴォットに転向し、年々らしくなってきました。少々粗さもありますが、肉弾戦を好むスタイルが頼もしい選手です。
女子では安藤かよこ(イズミメイプルレッズ広島)、長谷川真子(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)が、力強さでチームに貢献しています。特に安藤のパワーは、女子球界で有数です。
立石恋菜(香川銀行シラソル香川)ライン際の粘り

ピヴォットが体を張るのは当たり前。球際でファイトできる選手が真のピヴォットです。スコアには残らない球際の強さで、ゲームを支配できる選手です。
日本代表にも選ばれた市原宗弥(豊田合成ブルーファルコン名古屋)は、ただ大きくて強いだけでなく、球際での執念が目立ちます。ルーズボールに真っ先に飛び込むし、ラインクロスにならないよう、足首を曲げてギリギリのところでポストシュートに持ち込むなど、味のあるファイターです。国際試合で退場にならないDFを覚えてくれたら、3枚目で欠かせない存在になるでしょう。
立石恋菜(香川銀行シラソル香川)はサイズと強さで、チームにプラスをもたらす存在。いつもスコアは目立ちませんが、強い体で7mスローを獲得し、DFラインのまとめ役にもなります。立石が抜けた時期は、改めて彼女の存在が大きかったと、ファンもチームメートも痛感していたことでしょう。当初の予想より早く復帰したのは朗報です。木村公(アルバモス大阪)は純正のピヴォットではありませんが、リバウンド、ルーズボールへの反応がいい選手です。バスケットボール風に言うと「セカンドチャンス」での得点が多く、リバウンドを拾ってゴールにねじこむシーンが印象的です。
佐原奈生子(北國ハニービー石川)機動力

3枚目を守る長身のピヴォットが、速攻の先頭を走る。これができる選手はスペシャルです。もちろん隣の選手にリバウンドを任せる等の約束事もありますが、大型選手の速攻は実に絵になります。
日本の男子のピヴォットで一番の走力を誇るのが、身長2mの玉川裕康(ジークスター東京)です。ただ足が速いだけでなく、飛び出しのタイミングもよい大男は、堅守速攻でチームを牽引します。岡松正剛(レッドトルネード佐賀)も機動力タイプの長身ピヴォットです。
佐原奈生子、尾辻素乃子(ともに北國ハニービー石川)の3枚目コンビは、どちらも走力に優れたタイプ。これまで以上に堅守速攻で勝負したい北國にとって、2人の脚力は重要になってきます。宇野史織(熊本ビューストピンディーズ)もDFからの速攻でよさが出るタイプ。安定感のある3枚目DFと、速攻での小器用さのミスマッチ感が面白い選手です。2次速攻の流れの中で、レフトウイングからサクッと跳んだり、バスケットボールで言うスピンムーブのようなカットインを見せたり、意外と器用です。
朝野翔一朗(福井永平寺ブルーサンダー)DF重視

守備型のピヴォットを長く使うことで、トータルでプラスになるよう計算しているチームも見受けられます。まずはDFで試合を落ち着かせて、速攻からの得点を伸ばしていきたいというベンチの思惑を、忠実に遂行してくれる存在です。
朝野翔一朗(福井永平寺ブルーサンダー)は、DFで絶対欠かせないチームリーダー。上位勢と比べてやや小柄なため、福井永平寺はマークを受け渡さずに「そのまま」で真ん中の2対2を守ります。運動量豊富な朝野がいるから成り立つシステムとも言えます。
山田信也(ブレイヴキングス刈谷)はDF型のピヴォット。こじゃれたシュートを打つ機会も増えてきましたが、DFリーダーとしてチームを落ち着かせることを第一に、スタートから出場します。内藤佑哉(アースフレンズBM)はトップDFのスペシャリスト。アースの3:2:1DFは「内藤ありき」と言っていいでしょう。トップDFがそのままピヴォットに入れば、走行距離が短くなるので、速攻を出しやすくなりますし、体力の消耗を防げます。
阿礼梨那(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)は、ブルズのDFに絶対欠かせない選手。DFの達人だった池之端弥生の背番号5を受け継ぎました。まだ2年目ですが、攻守にもっとチームを引っ張ってほしい大型選手です。
笠井千香子(ブルーサクヤ鹿児島)展開力

ピヴォットにパスを出したらシュートで終わり、とは限りません。気の利いたピヴォットはDFが2人寄ってきたら瞬時にパスを出し、ノーマークのチャンスを作り出します。
国内のピヴォットで展開力に定評があるのが笠井千香子(ブルーサクヤ鹿児島)。裏を取る動きだけでなく、視野の広さも兼ね備えています。DFに挟まれそうになったら、ちょっと遠い位置からでもウイングに飛ばしパスを出して、ノーマークを演出します。
展開力で思い出されるのが、元日本代表の角南果帆(元ソニーほか)。中継で浮いて、ボールをもらって前を向いた瞬間にラテラルパスで右にずらして、右側にポジションチェンジしていた北ノ薗遼のカットインを引き出していました。3対2ができたのを瞬時に判断してのアドリブは、他のピヴォットにはできない芸当です。角南果帆は現在、岡山に設立されたる「デレフォーレ岡山」で現役復帰を目指しています。
初見実椰子(三重バイオレットアイリス)細かい動き

ピヴォットはボールを持たない動きが求められる、難しいポジションです。ボールを持ったバックプレーヤーのやりやすいように、細かい動きで味方を手助けします。
ライン際の動きが美しいのは初見実椰子(三重バイオレットアイリス)です。味方のパスに合わせてターンを繰り返し、いつでも2対2をできるように対角で位置を取りながら、時にはサッとスライドします。初見姉は鏡のような選手で、一流のバックプレーヤーと組むと、その選手の意図を反映させて、上手に動きます。彼女の動きを見ているだけで、セットOFの理解度が高まります。佐藤那有(HC名古屋)もさりげない動きでセットOFの潤滑油になります。地味なんだけど、佐藤がいてくれないと、セットOFがうまく回りません。高木裕美子(アランマーレ富山)、大樋歩希(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)は、賢い動きで勝負する小型のピヴォット。重さのピヴォットと機動力のピヴォットの両方がいると、相手のDFシステムに応じて使い分けが可能になります。
青麗子(ブルーサクヤ鹿児島)キャッチング

ピヴォットへのパスを捕り損ねると、すぐに相手ボールになってしまいます。だからキャッチング能力はとても重要になってきます。日本を代表するピヴォットだった高知中央高校(高知県)の山口修監督(元湧永製薬)は「パスが手に触れたら、ポストの責任。絶対にキャッチせなあかん」と、よく言っていました。
キャッチングの技術が高いのは橋本明雄(ジークスター東京)。東江雄斗の曲芸パスを片手でキャッチして、高確率に仕留めます。片手キャッチなら渡辺樹(三重バイオレットアイリス)も上手です。グレイ クレア フランシス(熊本ビューストピンディーズ)や兼子樹(アランマーレ富山)にも負けない「攻撃型ピヴォット」になれる力はあるはずです。
小林歩夢(大同フェニックス東海)も片手キャッチが得意な選手。期限付き移籍でプレーした琉球コラソン時代には、片手キャッチでリーグ初得点を挙げています。キャッチング能力では、本格的にピヴォットに転向した青麗子(ブルーサクヤ鹿児島)も非凡な才を見せています。センターの北ノ薗遼がレフトウイングに飛ばしパスを出したかと思うような速いパスを、頭の上でバシンとキャッチして、シュートに持ち込みます。176㎝の青がケガから戻ったことで、ブルーサクヤ鹿児島は攻守にスケールアップしました。
宮迫愛海(熊本ビューストピンディーズ)バックもできる

バックプレーヤーもできるピヴォットがいると、セットOFの幅が広がります。ライン際に切ってダブルポストになるのが主な役割になりますが、バックプレーヤーの仕事もできると、相手にも迷いが生じます。
宮迫愛海(熊本ビューストピンディーズ)は、ピヴォットとライトバック兼用で味が出る選手。ライトバックからトップスピードで切ってダブルポストになり、相手が宮迫の速さに気を取られているうちに、対角のピヴォットにパスを落とすのが、最近の熊本の定番です。「ダブルポストになった時の対角を狙う」のは古典的な戦術ですが、宮迫のスピードがあるから面白いように決まります。
国士舘大学から追加登録された狩野拓己(アースフレンズBM)はピヴォットが本職ですが、フィジカルを生かしたカットインでも強さを発揮します。なだれ込むような力強さもありつつ、9mラインの外から打ち込める力もあります。中島紗央(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)はセンターとピヴォットができて、3枚目が守れるマルチな選手。伊藤寿浩ヘッドコーチも「今までにないタイプに育てたい」と期待しています。
長身の濵口まお(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)は加入早々、ピヴォットとレフトバックの両方で得点を挙げています。お父さんは大崎電気のGKだった濵口靖。ある日突然大当たりする「濵口祭り」で有名だった父の勝負強さを、娘も受け継いでいるでしょうか。
グレイ クレア フランシス(熊本ビューストピンディーズ)特殊な武器

ピヴォットらしいプレーもできて、ピヴォットらしくないプレーもできたら最強ですよね。従来のピヴォットがやらないプレーをやってのける選手は、見ていてワクワクします。
グレイ クレア フランシス(熊本ビューストピンディーズ)は、今季からロングシュートが増えました。中継で浮いてきて、9mラインの外からロングシュート。フリースローからクルッとターンして、そのまま引っ張り下(右利きのクレアから見て左下)にズドン。プロ契約になったこともあり「個人技で魅せたい」と、個人練習に励んでいます。1日1本、試合のどこかでピヴォットらしくないスーパーシュートを放ちます。
藤村勇希(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)は元々がライトバックなので、ノーポストからのカットインが得意技。ライン際に切るついでにボールを持って、間を強く割っていきます。クルッとターンしてDFから離れる動きも巧みで、屈強な見た目に似合わず器用な選手です。浅川律樹(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)はリーグH唯一の左利きピヴォット。7mスロー要員から徐々に自信をつけて、3枚目DFとピヴォットでも出場時間を得るようになりました。
上田遥歌(大阪ラヴィッツ)チームの柱

ピヴォットで3枚目を守って、攻守にチームの柱となれる選手は貴重な存在。勝負の責任を背負ってハードワークしてくれるから、数字以上の存在感があります。
ディエゴ・マルティン(豊田合成ブルーファルコン名古屋)は、攻守にクレバーなスペイン人。昨季までは、途中から出てきて「OFもDFも、全部ディエゴが修正してくれる」という最強のインパクトプレーヤーでした。今季は先発で出場し、攻守にチームを安定させています。勝負どころでは小柄な1枚目DFにスクリーンをかけて、退場つきの得点を奪うあたりはさすがです。
上田遥歌(大阪ラヴィッツ)は文字通りのチームの背骨。攻守に体を張るのはもちろんのこと、チームが勝つための心構えを説ける貴重な存在です。上田の考えがチーム全体に浸透して、勝ち星が増えることを願います。開幕直前の膝のケガからようやく戻ってきた篠愛里(イズミメイプルレッズ広島)も、将来はチームの柱になれる器です。神奈川の進学校・公文国際高校から初めてリーグHに進んだ選手で、賢さと吸収力は折り紙付きです。
以上、ピヴォットの役割と特徴でした。次回はGKを紹介します。





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