2026年6月3日から開催されるVNL(ネーションズリーグ)に向け、バレーボール女子日本代表は5月29日、プール1の開催地であるカナダへ飛び立った。それにタイミングを合わせたかのように同日、代表キャプテン、石川真佑(26)の加入がかねてから噂のあったトルコ1部リーグの エジザージュバシュから発表された。
ようやく、この記事を公開できるタイミングが来た。
筆者は、所属チームのノヴァーラ関係者らから石川の去就について事前に情報をキャッチしていた。しかし「発表されるまでは公開しない」という石川との約束を交わし、2026年3月24日のプレーオフ準決勝終了後にインタビューを行って書き上げたのが今回の記事だ。イタリアでの最後の試合となったそのコートで、シーズン中の葛藤や移籍決意までの心境を語ってくれた。
熱い抱擁 その意味は

イタリアの、いや世界のバレーボールの移籍市場は、シーズンが始まった直後からすでに動き始めている。移籍の公式発表は少なくとも各国の長いシーズンが終わった後に行われるが、実際はシーズン終了前にほぼすべての契約が完了している状況だ。
それゆえにプレーオフでは敗退によって「最後の試合」が決まり、今のメンバーでプレーすることはもうない。それを知っているため、負けた悔しさよりもシーズンをともに戦った仲間との別れを惜しむ感情が溢れ出る。
2026年3月24日のプレーオフ準決勝第3戦、コネリアーノに1₋3で敗れた後のノヴァーラのコートでは、選手やスタッフが入り乱れ熱いハグと涙を流していた。そんな中で一人、コートの端に座って佇んでいた石川。彼女にまず声をかけたのは副監督のシモーニ、立ち上がってからはチームマネジャーのコロンボ、そしてMBスクアルチーニとOHヘルボッツが石川のもとへ駈け寄る。両選手はがっちりと石川を強く抱き寄せ、涙目になりながら石川に何かを伝えていた。それは一言二言ではなく、石川に何かを言い聞かせるかのように。

筆者もコートに入り、まだ泣き続けるコロンボに「感涙が止まらないね」と話しかけると、思いもしなかった言葉が飛び出した。
「だってマユがトルコに行っちゃうんだもの」
それは、移籍の噂について石川本人に直撃しようと構えていた筆者には、不確かな情報の裏づけが取れる爆弾情報だった。(下に記事が続きます)
トス回ってこない悔しさバネに

移籍するクラブはエジザージュバシュ。イスタンブールに本拠地を置くトルコリーグ強豪クラブのひとつで、日本代表アクバシュ監督も過去に指揮したことがある。
一通りチームメートとの挨拶を終えた石川に、移籍を決めた理由を聞いた。
「イタリアリーグはレベルが高いし、まだまだ成長もできる。でもイタリアで3年プレーして、もっと成長するためには環境を変えて経験を増やしていくことが大事ではないかと。また別の強いリーグでプレーできるのは簡単ではないので、覚悟を持って決断しました」
3年たって慣れてきたイタリアを去り、またゼロから始めなくてはいけない。イタリア1年目、フィレンツェでの苦労を彼女の通訳としてリアルな姿を見てきた筆者からは、思わず「怖くない?」という質問が口をついて出た。
「怖くはないです。イタリアの1年目の時みたいに分からないこともあるだろうけど、3年の経験があるので。怖いというより、今は想像がつかない感じです。今まで、特に今シーズン、自分の中でもどかしさを感じる部分が多かったので、それを変えるきっかけになるとも思いました」
その「もどかしさ」とは何なのか。
「プレーにおいては、やっぱり高さでは勝つことができず、上から打たれてしまうこと。スパイクでも相手の高いブロックが高い時に、自分ではなく他の選手にトスが回ってしまうこと。それが本当に悔しくて……身長で判断されないように、自分の質をもっともっと上げていかないといけない」
インタビューでは感情をほとんど出さずに淡々と答える石川が、この時ばかりはキッと鋭い表情になった。
実際、この日の試合ではその悔しさがコートで爆発した。ローテーションをうまく外せなかったセットでは、身長190cm超えのOPハークとMBファールやキリケッラが石川の前に立ちはだかる。しかし石川はブロックを外して思い切りインナーコースに叩きつけたり、手の端を狙ってブロックアウトにしたり。力と技で高さを凌駕し、チーム最多の14得点をマークした。レセプションでもポジティブ84%、パーフェクト61%という圧倒的な存在感を示した。
それはまるで、「身長は低くても、私にはこれだけの価値がある」と主張するかのようだった。(下に記事が続きます)
契約更新撤回、兄には相談せず

マネジャーの爆弾発言の前に、実はある筋からノヴァーラとの契約更新がすでに行われた情報を筆者はキャッチしていた。その時期について尋ねると
「かなり早かったです。年を越す前、12月下旬でしょうか。でも正直その時も、その後も自分の中で『この選択でいいのかな』という気持ちがありました」
と、当時の揺れる感情を石川は吐露した。
他にも別のイタリアのチーム、トルコのチーム、日本のチームと、複数からオファーがあったが、エジザージュバシュからオファーがあったのは1月の末あたりだったと言う。
「ちょうどマユがスタメン起用されなくなった時期だ!」と後で雑談をしたバレー関係者の友人に言われたのだが、それが石川の気持ちをトルコのほうへ向かせたのか、あるいはトルコ移籍を決めたからベルナルディ監督が石川を外したのか、それは想像の域を超えることはない。
兄・石川祐希も、トルコのクラブへの移籍がささやかれていることについてはこう語った。
「兄弟で行くとなると、周りはそうとらえるのかな、と思いますけど、お兄ちゃんが行くから行くのではありません。特に相談もしていないですし、お互いに、皆さんが知っているのと同じレベルです」(下に記事が続きます)
自分だけで乗り越えることが更なる強さに

最後に、気になりながらも聞けずにいたことを思い切って聞いてみた。1年目のフィレンツェではパリ―ジ監督が辛そうにしている石川と通訳の筆者を呼び出しては「もっと心を開きなさい」と助言していたのだが、ノヴァーラに移籍してからのことを筆者は知る由もない。しかし、2026年2月25日にチャンピオンズリーグ・プレーオフのスカンディッチ戦の取材後、1年目フィレンツェのキャプテンで現在はノヴァーラのレオナルディとの雑談中、彼女が発した言葉にはハッとしたのだ。
「コッパのあたり、マユがとても辛そうにしていたのが心配だったんだけど、頼ってはくれなくて」。
まだやはり、チームの誰にも心を開けないでいるのか。ライターであると同時に「親戚のオバちゃん」の目で石川を追ってきた筆者は、そのことを聞かずにいられなかった。
「声をかけてくれる人がたくさんいて、それはありがたかったです。でも、頼ることも大事だけど、異国の地で成長するために自分で選んだ道だから、自分で乗り越えないといけない壁なんだと思っています」
辛い時はもっと頼っていいんだよ、それで楽になれるのだからーーと言いたかったけれど、口にすることはできなかった。イタリアでは辛い時は一人で耐えずに、助けを求めることが当たり前の社会。しかし石川はきっと、自分の確固たる意志でそれを敢えて受け入れていないのだ。なんてマゾヒストな性格なんだ!

海外に来てから自分を変えることで成長する人もいるが、石川のように頑なに自分を変えずに成長する人だっている。石川の話を聞いてそう気づかされてもなお、殻を破って大きな変貌を遂げる石川の姿を見てみたい、という気持ちも残っていないわけではない。
しかしコートでは皆が立ったまましゃべり続けているのに、一人だけいつものようにストレッチを始めた石川を見ると、トルコでもまたわが道を邁進してくのだろうと思わされた。
イタリアからトルコへ、プロバレーボール選手として新たな旅へ向かう石川に、改めて「In bocca al lupo!(イン・ボッカ・アル・ルーポ)」※とはなむけの言葉を送りたい。
※直訳は「オオカミの口の中へ!」、難しいことに立ち向かう人へ捧げるイタリアの定型句。
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