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【パリ五輪/柔道】舟久保「銅」寝技の達人、敗者復活から本領 | 57kg級

パリ五輪柔道女子57kg級3位決定戦で銅メダルを獲得した舟久保遥香=2024年7月29日、パリ・シャンドマルス・アリーナで(写真:ロイター/アフロ)
パリ五輪柔道女子57kg級3位決定戦、寝技でシウバ(ブラジル)を攻める舟久保遥香。銅メダルを獲得した=2024年7月29日、パリ・シャンドマルス・アリーナで(写真:ロイター/アフロ)
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パリ五輪第4日の2024年7月29日、柔道はシャンドマルス・アリーナで2階級が行われ、女子57kg級で五輪初出場の舟久保遥香(三井住友海上)が銅メダルを獲得した。男子73kg級の橋本壮市(パーク24)も銅メダルで柔道勢は初日から3日連続の表彰台。舟久保のこの階級でのメダル獲得は2012年ロンドンで松本薫が金メダルに輝いて以来、16年リオデジャネイロでの松本の銅、21年東京の芳田司の銅に続いて、4大会連続。柔道が1964年東京で初採用されて以来、ちょうど100個目の記念のメダルとなった。

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持ち味出せず、苦戦

「これまで応援してくれた人たちのためにも、何としてもメダルを持ち帰りたかった」と涙ながらに話した舟久保だったが、準々決勝で敗れるまでは不完全燃焼に近い出来だった。初戦の1回戦こそ、イタリア選手から大外刈りで技ありを奪い、好スタートを切ったものの、続く2回戦は前回東京では2階級下の48㌔級で銅メダルだったビロディド(ウクライナ)と対戦。長身の左組み相手に細かい足技は出したものの、攻め切れない。最後はビロディドのスタミナ切れで相手に三つ目の指導が行き、反則での勝利。地元フランスのシシケに敗れた試合は開始9秒、出足払いで一本負けした。

リズムに乗れなかった理由は、本人の得意技である寝技での展開にほとんど持ち込めなかったことにある。

柔道の技には大きく分けて立ち技と寝技がある。立ち姿勢で相手を投げたり、転ばせたりするのが立ち技。試合はここから始まる。両者が寝姿勢で、相手を抑えたり、関節を取ったりするのが寝技だ。舟久保はその寝技のスペシャリスト。48㎏級で優勝した角田夏実(SBC湘南美容クリニック)は柔術からの関節技を得意にしたが、舟久保は柔道本来の抑え込む技術で世界にその名を知られている。

名を冠した技は変形「腹包み」

俗に言う「舟久保返し」「舟久保固め」という技だ。相手が畳の上で腹ばいになった時に、頭の方から利き手を相手の腹と畳の間に差し込み、柔道着の襟や、脇をつかんで、反対の手で相手の首を攻めながら返していく。最後は相手の胴体を乗り越えて、けさ固めのように足を配置する。この返しが「舟久保返し」。抑え方が「舟久保固め」というわけだ。

体操などでは「新技」が開発された時にその開発者の名前がつく技をよく聞く。だが、柔道の場合は「〇〇スペシャル」というような呼び方はされるが、日本人の選手名で呼ばれるもので、ほぼ世界に知れ渡っているような技は記憶にない。

実はこの「舟久保返し」「舟久保固め」には前段がある。これも講道館の技名称にはない「腹包み」と呼ばれる抑え方のことだ。2000年前後になって、寝技を重視している7つの旧帝国大学(北海道大、東北大、東京大、名古屋大、京都大、大阪大、九州大)の定期戦で編み出されたと言われる新しい抑え方で、こちらは腹の下から差し込んだ手で柔道着の上着の裾をつかんで固める。当時は別の呼び方で知られていたが、普及する中で「腹を包む」という呼び名が出てきたようだ。この技が基になっている。

恩師と二人三脚

中学3年で編み出したと言われる「舟久保返し」「舟久保固め」について、当時指導していた山梨・富士学苑中学・高校の柔道部監督で元世界選手権代表の矢崎雄大氏がいう。「とにかく徹底的に寝技をやらせた。まずは『①腹ばいの相手の脇をすくう②反対の手で帯をとる③ひねる様に相手を返す④逃げられないように柔道着の裾で相手の手を縛る⑤絡まれている足を抜く』という私が寝技の基本が全て入っていると思う帯取り返しを繰り返し、繰り返しやらせた。その中で帯取返し、腹包みの変形として彼女の独特の技が出来た」

豪快で華麗に見える立ち技と違い、寝技は地味だ。野球で例えると打撃と守備に近い。打撃はすばらしい技術を身に着けるには、どうしても練習量だけではないセンスが必要だ。だから誰でもがそれを極められない。しかし、守備は努力と言われ、練習量の多さが上手さに比例してくる。コツコツと積み上げれば、必ずものになると言われている。柔道の立ち技と寝技も同じような関係にある。私も寝技の強い高校の柔道部だったため、帯取り返しは徹底的に仕込まれた。夏の稽古が終わると、顔面に染み付いた汗が塩になって唾を付けてなめると、しょっぱかったのを思い出す。(下に記事が続きます)

編み出した技は世界へ

また、寝技は「詰め将棋」にも似ている。順番通り、進めていけば、狙い通りの結果が得られることが多いし、それが分かっている相手は守り方を工夫する。その場合に、どこで変化させて別の攻め方をするのか、最後まで同じ攻めで行くのか。それも個性が出るところではある。

矢崎氏によると、舟久保は入学してきたころから立ち技は打ち込みもたどたどしい感じだった。だが、寝技はどんなに稽古を厳しくしてもついてきたという。「彼女は努力出来る才能がある。また、無口だが、負けず嫌いで根性がある。懸垂1000回。400段の階段昇り20回もやる。手足が長く、腕力も強い。その身体能力があってこそ腹包みの変形であるあの舟久保固めが出来るようになった」。そして今やその技は、動画を通してどんどん世に広がり、国内では小学生もやるほど。世界の強豪も使っている。

舟久保返し、相手に圧

舟久保が、自らの強みを発揮したのは敗者復活戦に入ってからだった。まずはセルビアの選手を横四方固めで抑えた。前々回、リオデジャネイロの金メダリストであるシウバ(ブラジル)との3位決定戦も9分を超える延長戦になったが、寝技で攻めて、相手の体力を消耗させた。最後は危険防止のために設けられている、相手が自分から頭を畳に突っ込むようにして技を掛ける「ヘッドダイビング」の反則で勝利。メダルをもぎ取った。

この2戦では、何度か「舟久保返し」を試みた。しかし、そこは相手の必死のディフェンスにあってそのまま抑えることは出来なかったが、その技で相手に圧力がかかり、試合のリズムがよくなったのは間違いないだろう。

高校時代に世界ジュニア選手権優勝など、国内外のタイトルを総なめした。多くの有力大学から誘われたが、選んだ先は96年アトランタで日本の女子柔道第1号の金メダリスト恵本裕子や、04年アテネ、08年北京で連覇した上野雅恵、そして前回東京で勝った新井千鶴らが所属する三井住友海上だった。「五輪や世界で活躍できることを目指して、お世話になると決めた。多くの先輩に続きたいと思ってやってきた」。22、23年の世界選手権では2位。そして今回の銅メダル。頂点には近づいていることは間違いないが、まだ手が届いていない。(下に記事が続きます)

25歳、不器用だからこそ

25歳。練習でやったことが試合で出来るタイプ。裏を返せば、試合で出来ていないことは練習で出来ていないということだ。相手が分かっていてもかかる「舟久保返し」「舟久保固め」が完成した時に夢がかなうことになるのだろう。

寝技の基礎を教わった中学、高校時代に矢崎氏から言われた心の支えになっている言葉があるという。「お前は器用ではない。だからこそ、練習は人の2倍、3倍やれ。そうして一度身に着けた技術は、決して忘れない」

その言葉を信じて、舟久保の挑戦は続く。

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