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【卓球】石川佳純さん引退。彼女が言葉に詰まったあのインタビュー 

卓球
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2020東京五輪銀メダリストである卓球の石川佳純さんが2023年5月、現役引退を表明した。私(ペンスポ編集長・原田亜紀夫)が18年、勤めた朝日新聞スポーツ部記者時代、深い思い入れを抱いて取材してきたアスリートの一人だ。彼女の軌跡を振り返りたい。

目次

五輪3大会連続メダル 突然の引退表明

石川さんは「やり切ったという思いが強い」とSNSでコメントしたが、それは少し違う。2012年ロンドン銀、16年リオデジャネイロ銅、20年(21年)東京も銀と3大会連続の五輪メダルを獲得した。本当は団体でもなく、混合ダブルスでもない、シングルスの五輪金メダルが欲しかった。追い求めてきたその可能性にはもう届かない、次のパリ五輪代表は厳しいと悟った末の、苦々しくもすがすがしい、そんな決断なのだと思う。

卓上だけではなく、ことばのラリーも巧みな聡明なアスリート。そんな石川佳純さんが珍しく、30秒ほど言葉に詰まった印象的なインタビューを思い出した。8年前、2015年6月に私の企画に応じてくれたインタビューの一幕だった。 

朝日新聞デジタル
(素顔のアスリート)石川佳純、高橋尚子と対談:朝日新聞デジタル  高橋尚子さんが2000年シドニー五輪の女子マラソンで金メダルに輝いた走りを自宅のテレビで見ていた。興奮した。卓球を始めて1年ちょっと、7歳だった。あれから15...

「妹キャラ」から大人へ のタイミングで

取材は2015年6月。リオデジャネイロ五輪を翌年に控えた22歳の石川佳純さんは髪をベリーショートにばっさりカットし、ワンピース姿で颯爽と私の前に現れた。(私の知る限り、石川佳純さんの競技人生のなかで、この時の髪型が最もショートだ)。

19歳で福原愛さん、平野早矢香さんとともに団体銀メダルに貢献したロンドン五輪時の「妹キャラ」を脱ぎ去って、その代わりに初々しい「大人っぽさ」をまとったな、と感じた。 

次のリオ五輪、その次の東京五輪で金メダルに近づくためにはどうするか。競技の枠を超えた「会いたい」をコンセプトとした対談の相手は、石川佳純さん自身のリクエストもあって、シドニー五輪女子マラソン金メダルの高橋尚子さんとなった。対談は石川佳純さんのマネジメント北原大輔さん、高橋尚子さんのマネジメント安野仁さんのおかげで実現できた。

5年後には集大成の「東京五輪」のタイミングで 

インタビュー時の5年後には「東京五輪」がぼんやりと見えている石川佳純さんの心象風景を意識して、写真の背景にはおぼろげな東京タワーが見えるロケーションにこだわった。「銀座ブルガリ」の屋上テラスレストランを口説き落として借り切った。上司を説得して経費を奮発させた。 

対談の冒頭。高橋さんに「金メダルをとれたのはなぜだと思いますか」ときっぱりと訊いた聴いた石川さん。練習で意識していること、中国人との実力差、最近取り組んでいることを自分の言葉でよどみなく語る姿はさすがだったが、高橋さんが対談の最後の方で聞いた質問の答えに詰まった場面があった。たしかこんなやり取りだった。 

石川 私、練習より試合が好きなんです。世界一になるためには、世界一の練習をしなきゃいけないですよね……。 

 高橋 その日やるべきことを全てやって、何も後悔することがないっていう日を積み重ねられたら、試合でどういう結果になろうと、すごくすっきりするよ。 

例えば、腹筋千回って決めたら絶対やる。歯磨き、洗顔、腹筋千回って、生活に組み込んでしまえば、負担じゃないよ。 

練習のなかでも、日常生活のなかでも、佳純ちゃんだけがやっていて、これだけは人に負けないっていう努力や、胸を張れるものって、今ありますか? 

 石川 うーん、何だろう……。(沈黙) 

 高橋 それがあると、すごく本番が楽になるよ。 

 石川 私も日本のなかでは練習やっている方なんですけど、中国選手と比べたら、やっているとは言えないと思います。

言葉にできるか、できないか 

取材しながら思った。このやり取りがあっただけでも、石川佳純さんが高橋尚子さんと語らった価値があったのではないかと。日本のトップ選手でも、人に負けない努力、胸を張れるものを言葉にできるか、できないか。できるかできないかではなく、やるかやらないか。それが金メダルの高橋尚子さんとの対談で気づけたのではないかと。 

石川佳純さんは結局、五輪でシングルスの金には届かなかったが、引退表明のコメントで「やり切った」という言葉は、その後の人知れぬ努力から出てきたものだ。

「応援よろしくお願いします」と言わない選手 

話は少しそれるが、卓球の歴代日本代表のトップ選手は取材対応、言葉のラリーが他競技に比べて図抜けてうまい。 

石川佳純さんをはじめ、テレビコメンテーターを起用にこなす平野早矢香さん、水谷隼さん。福原愛さんもそうだ。中国語とのバイリンガルで聴き手の懐に飛び込んでいく。現役では伊藤美誠、張本智和も抜群の話術がある。 

本人の資質もあるだろうが、日本卓球協会はそれほど卓球が今ほど人気がなかった時代から選手にメディア対応を徹底していたと以前、橋本聖子さんから聞いた。 

「応援よろしくお願いします」などの常とう套句は絶対使わず、自分オリジナルの言葉で発信せよ。卓球の魅力が伝わるように、勝因・敗因分析を自分の言葉で記者の目を見て、語尾を濁さず話せ、と。

選手たちはそんな訓練を受け、自覚している。ヒーローインタビューで「最高です」としか言わない某野球選手とその発信力は雲泥の差である。 

発信力でも日本代表クラスに

石川佳純さんは現役引退後の人生をどう描いているか気になるが、石川さんならスポーツ解説、発信力でも「日本代表」クラスになれるだろう。

引退会見は2023年5月18日、開かれた。質問は約1時間ぶっ通しで続き、佳純さんは言葉を選びながら丁寧に答えていた。印象的だったのは中国の新華社通信の記者の質問に流暢な中国語で答えて、しかも質問内容を和訳して記者に自ら説明する佳純さんのコミュ力、サービス精神。しかもその質問で引退を真っ先に公表したのは中国のSNS、Weiboだったことも知った。


石川佳純ファンは中国にもかなりいて、彼女はピンポン外交も担えるタレントもある。

アスリートは言葉で、スポーツはストーリーとコンテキスト(文脈)でその魅力は倍増する。 

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