【ハンドボール】高智海吏(ブレイヴキングス刈谷)引退。遅咲き41歳、最高フィナーレ

引退セレモニーのあと、大体大の後輩・松下海(写真左)とポーズを取る高智海吏=2026年5月20日、刈谷市体育館で久保写す(以下すべて)
引退セレモニーのあと、大体大の後輩・松下海(写真左)とポーズを取る高智海吏=2026年5月20日、愛知・刈谷市体育館で(久保写す、以下すべて)
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ハンドボールは中距離走のようなしんどさがありつつ、格闘技のようなコンタクトの強さが求められる。そんな地味にキツい競技を、高智海吏(こうち・かいり、ブレイヴキングス刈谷)は41歳までやり続けた。身体能力に秀でた遅咲きの若者が時間をかけて成長し、最高のフィナーレを迎えるまでを、ここに記しておきたい。

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2m100kgを2人引きずりカットイン

日本代表の酒巻清治監督は高智を抜擢することで、フィジカルの重要性を日本のハンドボール界に知らしめた=2011年4月
日本代表の酒巻清治監督は高智を抜擢することで、フィジカルの重要性を日本のハンドボール界に知らしめた=2011年4月

高智海吏が一躍有名になったのが、クロアチアで開催された2008年5月の北京五輪世界最終予選だった。いわゆる「中東の笛」で北京五輪アジア予選が無効となり、2008年1月に東京・代々木第一体育館で韓国との「再予選」が行われた年である。再予選から日本代表を率いた酒巻清治監督(現・福井永平寺ブルーサンダー監督)は、所属のトヨタ車体(現・ブレイヴキングス刈谷)から高智を抜擢した。入社1年目で23歳になったばかりの高智は、大阪体育大学で主力だったとはいえ、日本リーグ(現・リーグH)ではまだ実績が乏しい。代表入りはちょっとしたサプライズだった。

酒巻監督の意図が証明されたのが、世界最終予選のロシア戦だった。メダル級の実力があり、なおかつ身長2m、体重100kgクラスの選手がずらりと揃うロシアを相手に、ライトバックで出場した高智はひるまない。大男2人を引きずりながら切れ込み、得点を挙げて、意気揚々と自陣に戻ってきた。

試合後も高智の鼻息は荒かった。

「見てくれましたか? 2m、100kgのロシア代表を2人引きずりながら、カットインを決めましたよ」

日本代表の酒巻監督は「国際試合になると、ちょっとしたうまさは、フィジカルの前に消されてしまう」とよく言っていた。メンバー選考でもフィジカル重視。だから高智の起用は「サプライズでもなんでもない」と言いたげだった。

「高智みたいにフィジカルがあれば、小難しいことをしなくても、シンプルに間を割って得点できるだろ。ロシアの大男を2人引きずって得点できる日本人が、これまでにいたか? 全員が高智ぐらいのフィジカルにならないと、世界では戦えないぞ」

高智海吏は、フィジカル強化で世界をめざす「酒巻ジャパン」の申し子だった。(下に記事が続きます)

国際試合に強い

2011年10月のロンドン五輪アジア予選準決勝。サウジアラビアに22-21で勝利し、決勝進出を決めた(写真中央が高智)
2011年10月のロンドン五輪アジア予選準決勝。サウジアラビアに22-21で勝利し、決勝進出を決めた(写真中央が高智)

世界最終予選で成功体験を得て、高智は自信たっぷりで帰国した。しかし日本リーグに戻ると、思うようにプレーができない。強さよりうまさ、速さがもてはやされる国内では、高智のシンプルな強さは、相手にとって「思うツボ」だった。対戦相手のベテランからは「なんで高智は、あんなに自信たっぷりなんだ?」と不思議がられていた。

とはいえ、高智が増長していた訳ではない。ファンサービスはいつも「神対応」で、我々報道陣にも「気づいたところがあったら、教えてくださいね」と言ってくる。あえて言うなら、当時の高智は、ちょっとばかり自己評価が高かった。境高校(鳥取)の2年生からハンドボールを始めた遅咲きの選手が、国際舞台で強烈な成功体験を味わったのだから、無理もないだろう。

とはいえ高い自己評価も自己愛の強さも、アスリートには欠かせない。たとえ試合で失敗しても「自分はやれる」と思い続けることが、競技人生の「お守り」になる。実際に国際試合になると、少々向こう見ずな高智の突破は頼もしかった。右2枚目DFでも当たり負けしないし、攻守にわたって国際レベルの強度に耐えうる左利きだった。

高いパフォーマンス

インへ回り込む高智。足首の柔らかさに注目してほしい=2011年12月
インへ回り込む高智。足首の柔らかさに注目してほしい=2011年12月

高智のプレースタイルは「フィジカルが強い」のひと言だけでは説明がつかない。「パフォーマンスレベルが高い」と言った方が、より適切かもしれない。

高智は足の指を使いながら軽やかにステップする。境高校時代に「足の指でフロアをつかめ」と教わった高智は、いつも五本指のソックスを履いて、足の指が動くようにしている。だから高智のカットインは音がしない。カットインで切り返すと、シューズが擦れる音が「キュキュッ」と鳴るのがハンドボールの定番だが、高智は音もなく軽やかに切り返していく。

カットインの方向も独特だった。ゴールに向かって一直線に行く時もあれば、真ん中より左にずれることも多い。「隣の隣」の位置から強引に切れ込み、ありえないくらい柔らかい足首で踏ん張り、左側からシュートを決める。日本を代表するボディビルダーで、トヨタ車体のフィジカル強化に長年携わった相川浩一ストレングスコーチは「足首が柔らかい方が、いいパフォーマンスが発揮できる」と言っていた。ただ強いだけでなく、全身を連動させながら、よりダイナミックな動きができるからだ。高智のカットインはその典型とも言える。(下に記事が続きます)

自分のリズムに忠実

自分のリズムでプレーする時の高智は、すばらしい爆発力を見せる=2011年12月
自分のリズムでプレーする時の高智は、すばらしい爆発力を見せる=2011年12月

高智のプレーを見ているうちに、気づいたことがあった。「自分のリズムに忠実だな」と。ハンドボールは対人競技だから、位置取りを変えて相手を誘導したり、味方のスペースを広げたりといった駆け引きが重要になる。トヨタ車体はフィジカル強化とともに、そういった対人のやりとりを論理的に取り組んでいた。しかしフィジカルの優等生である高智は、相手との駆け引きよりも、自分自身の動きやすさをつい優先してしまう。「スノーボードが好き」と話していたのも、自身の体との対話を大切にする高智らしかった。

高智は自分の快適な動きを優先させるがあまり、チームでめざしている動きとズレることがたまにあった。後輩から指摘されて「悪い、悪い」と謝っても、いざ試合が再開すると、マイペースなプレーは変わらない。ルーズボールに真っ先に飛び込んだり、勝負どころで体を張っているのにいまひとつ評価が上がらないのは、マイペースぶりが原因だった。

泥臭いがスタイリッシュ

 身体接触「上等」のプレースタイルで、ルーズボールにも真っ先に飛び込む=2011年12月
 身体接触「上等」のプレースタイルで、ルーズボールにも真っ先に飛び込む=2011年12月

細かく見ていけば賛否両論のプレースタイルではあるものの、コート上の高智はいつもスタイリッシュだった。ハードワークをしているのに、どことなく涼し気にさえ見える。このあたりはラース・ウェルダーヘッドコーチも感じていたようだった。

「高智はこの年齢で、いつも最後までハードワークする。それ以上に素晴らしいのが、どんなにハードワークしても、高智の髪型は一切崩れない」

これも自己演出の一部か。コート上で全身の筋肉を余すところなく使いこなし、なおかつ役者のように優雅に振る舞う。ある種の「身体芸術」と言いたくなるような独自のプレースタイルで、高智はファンを魅了した。

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