ハンドボールは野球と同じ「投げる」競技ですが、投げ方のノウハウやトレーニング方法は日本では確立されていません。心身のコンディショニングを担うプロとしてハンドボールにかかわるトレーナーたちが2024年3月、「肩と投げ方」をテーマに議論を深めました。野球とハンドボールの投球に共通する要素を抽出、めざすはハンドボールにも使えるトレーニング方法「Throw7(スローセブン)」の作成です。日本のハンドボール界にとって「大きな一歩」になるかもしれません。
まずは野球の投げ方と比較
日本ハンドボール協会トレーナー専門委員会が開いた総会では講演を聞いたあとに、参加者も含めたディスカッションが行われました。進行役を務めたのは、元ハンドボール男子日本代表の飯田純一郎トレーナー。現在は社会人野球の日本製鉄鹿島等でトレーナーをしているので、ハンドボールと野球の違いを熟知しています。2つの競技の違いを、参加者からも上手に引き出していました。
違い1:野球は中指、ハンドは小指
ハンドボールは大きくて重いボールを扱います。野球は小さくてグリップしやすい球を使いますが、ハンドボールは手が大きくないと握れません。また野球は親指、人差し指、中指の3本の指で握りますが、ハンドボールは親指と人差し指と小指の3本で主に握ります。この小指がなかなかクセモノで、小指が自由にならないと、腕のひねりも自由になりません。
違い2:マツヤニ使用
握りにくいボールをつかむために、ハンドボールではマツヤニを使います。ただしマツヤニをつけてボールをリリースすると、肩が吹っ飛んでいくような衝撃があります。やったことのない人は、一度試してみるといいでしょう。この衝撃は、野球の比ではありません。一方の野球では滑り止めのロジンバッグは許されていますが、唾や大量のマツヤニをボールにつけるのは違反行為になります。
違い3:同じシュートなし
野球のピッチャーは、同じ場所から同じフォームで投げて、精度と再現性を競います。ハンドボールはポジションごとに投げ方が違います。試合の映像を見ればわかるように、60分間で同じシュートが出てくることはほぼありません。
違い4:外的要素が大きい
さらにハンドボールにはDFとの接触があります。いわゆる「外乱」が加わった状態です。マウンド上の空間を確保されている野球のピッチャーとは大きく異なります。DFと接触したり、DFをかわしたり、さらにはGKに捕られないようにと、無理な姿勢で打つ場面が多くなります。男子日本代表の大西信三ドクターは「ハンドボールは外乱が加わるから、肩に負担の大きい場面の連続。これに打ち勝つには『超人』を作るしかありません」と言っていました。(下に記事が続きます)
違い5:野球はノウハウ確立
同じ場所で投球動作を繰り返す野球では、ピッチャーの球が速くなるノウハウがほぼ確立されています。140キロ以上の速い球を投げるために、必要な動きと筋力の数値もそろっています。北海道日本ハムファイターズで9年間のトレーナー経験のある本田訓宏トレーナーは「ピッチングは、長い棒が横に移動して、最後は左の股関節を支点に右半身をしならせて出してくるイメージ(右投げの場合)」と言っていました。現代野球の球の速いピッチャーの動きは、だいたいこの形になっています。
ロングシューター育成が急務
一方で日本のハンドボール界では、速い球を投げるノウハウは確立されていません。藤井紫緒(元オムロン他)、吉野樹(トヨタ車体)、中山佳穂(北國銀行)に喜納歩菜(ザ・テラスホテルズ)といった個性的なフォームのロングシューターが自然発生的に出てきますが、こういった選手をどんどん作り出せないと、世界との差は広がる一方です。
ジャンプシュートの動作を分類
投球動作に必要なトレーニング「Throw7(スローセブン)」の作成で中心となったのが、木村慎之介トレーナー(元北國銀行)です。木村トレーナーは、野球とハンドボールの違いを認めつつ、局面に関係なく出てくるハンドボールのジャンプシュートに必要な動作を、大きく分けて4つの局面に分類していました。
【右利きのジャンプシュートの場合】
1:右足を引き上げる
2:左の股関節を内側にひねって、胸郭を回す
3:胸を張って、右腕を最大限に引き絞る
4:フォロースルー
この4つの局面に効いてくる7つのトレーニング方法が紹介されました。ただしこれは、あくまでも「叩き台」です。これから議論を深めて、完成したものを後日発表するとのこと。順調にいけば、今年のセンタートレーニング(若い年代の有望選手をトレセンに集めてトレーニングする場)でお披露目予定とのことです。
トレーナー専門委員会の努力の結晶
肩の話から少し脱線しますが、トレーナー専門委員会はこれまでにも、ハンドボールに必要な基本動作をまとめた「Basic7(ベーシックセブン)」、止まる動きに特化した「Basic7 plus(ベーシックセブンプラス)」を作成しています。今回の「Throw7」はその続編です。日本ハンドボール協会のHPの奥の奥に潜んでいるのですが、見る人が見れば宝の山です。もっと多くの指導者、トレーナーに見てもらいたいですね。
許容範囲を考えたい
今回の「Throw7」は投げ方を画一化するものではありません。トレーナー専門委員会の高野内俊也委員長は「いろんな人と議論しながら、どこまでが許容範囲かを考えていきたいですね」と言っていました。野球ならトルネード投法の野茂英雄(元ドジャース他)や、アーム投げで有名だった守護神・岩瀬仁紀(元中日)など、「異常中の正常」とも言われるフォームで活躍した名投手がいました。ハンドボールでも服部沙也加(オムロン)のように、右肩が脱臼したかのようなテークバックから、遅い腕の振りで速い球を投げる不思議な選手がいたりします。球速を上げるために必要な部分と、選手個々の骨格やポジションごとの違いを見極めながら、日本全体のシュートスピードが上がっていくといいですね。
「スポーツライターから見たトレーナー」
今回のトレーナー専門委員会で、私も「スポーツライターから見たトレーナー」をテーマに少しだけお話させてもらいました。ちょっと早口になりましたけど、導入の役目は果たせたかなと思っております。ありがとうございました。トレーナーのみなさんの頑張りが、いつか形になって表れる日が来ることを、心より願っています。
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