ハンドボール・HリーグのアースフレンズBM東京・神奈川は2025年度、大きな変化を余儀なくされています。主力選手が流出し、新たに就任した監督も開幕を待たずして双方合意の上で契約解除。梶原晃GMが監督代行を兼ねることになりました。それでも試合内容は決して悪くありません。今いる選手たちで最善を尽くし、明確な意図を持ったハンドボールを貫いています。
キャプテン三輪颯馬、前向き

各チームの新陣容が発表される8月になっても、アースだけは登録メンバーが発表されず、ファンからは不安の声が上がっていました。そんななかで、キャプテンの三輪颯馬は契約更新と同時に、新しいシーズンへの意気込みを表明しました。
「ファンをはじめ多くの人達を心配させてしまったので、『今シーズンもしっかり戦うんだぞ』という意志表示をしました。メンバーの入れ替わりはありましたが、色んな背景があるなかで『アースでやりたい!』という思いを持った人が集まりました。全員が同じ方向を向いて、前向きにやってきた成果が、試合内容にも出ていると思います」
セットOF、明確な意図

今のメンバーが揃ったのが開幕2週間前。合わせの時間が足りていない割には、今季のアースはセットOFに明確な意図が感じられます。
「セットOFで合わせの時間が少ない分、攻撃のきっかけを2、3個だけに絞ってやっています。ポジションを変わりつつ、少ないきっかけを自分たちでアレンジできているのかな」
昨年度までのアースは、アップテンポな攻撃を前面に押し出していました。「若いチームだから走り勝とう」という考えは悪くないのですが、慌ただしい攻撃でボールを失うことも多々ありました。またセットOFが淡白で、せっかく個性のある選手がいるのに生かし切れていませんでした。梶原監督代行はその課題に着手して、明確な意図を持ったOFを落とし込もうとしています。レフトウイングの三輪を筆頭にハンドボールIQの高い選手が残ったこともあり、ひとつのきっかけから枝葉を伸ばして、粘り強く攻める姿勢が見られます。三輪は言います。
「選手のやりたいことを、梶原監督代行が尊重してくれて、のびのびとやれています。チーム全体でしっかりと攻撃を組み立てて、もっとカットインシュートを増やしていければ、サイドシュートも増えるだろうし、攻撃のバリエーションも広がります。そこはこれからの課題ですね」
エース中村権一のタイミングを変えたディスタンスシュートは生かしつつ、より確率の高い6mライン付近のシュートを増やしていけたら、チームの得点力も上がるでしょう。(下に記事が続きます)
林凌雅、珍しい左利きセンター

2025年度のアースフレンズBMの目玉は、左利きセンターの林凌雅です。アースに移籍してからは、左肩のケガもあってライトウイングの控えでしたが、彼のよさが出るのはセンターです。北陸電力ブルーサンダー(現・福井永平寺)の須坂佳祐監督(当時)は「林は左利きのセンターで使うからうまみがある」と言って、林の獲得を決めています。身長は173㎝と小柄ですが、洛北高校(京都)時代からディスタンスシュートを決め切る技術がありました。
主力が流出したこともあり、今年の林は本職のセンターでプレーしています。サイズでポジションを決めつけるのではなく、個々の特性に合った場所でプレーできているのも、今年のアースの魅力です。
「スペースを上手に使ったセットOFが、梶原さんの求めているプレー。そこに宮﨑大輔さん(2025年5月まで監督)に教わったことを融合できれば、もっとプレーの幅が広がって、上位勢ともいい戦いができるんじゃないかな」(下に記事が続きます)
林「唯一無二で輝く」

宮﨑監督が残した「スキあらば打ち込む」姿勢と、梶原監督代行が目指す丁寧なセットOF。このバランスを調節するのが、センター林の役割です。
「僕もゲームを作りながら、指示を出しながら、点も取っていきたい。それが左利きセンターの武器だし、相手にとっても脅威になるんじゃないかな。今はそこを頑張っています。リーグを初めて経験する選手も多いなか、彼らを上手に使えたらいいですね。ピヴォットの岩井順平さんのスライドが決まったのも、試合中に話し合って修正できた部分です」
リーグHを見渡しても、左利きのセンターは林だけ。梶原監督代行は「林には司令塔らしい立ち居振る舞いを求めています。マシアス・ジセル(バックプレーヤー3ポジションで自由にプレーできる、デンマーク代表左腕)の映像を林に見せて、プレーのイメージをふくらませているところです」と、期待を寄せていました。林も左利きセンターの役割に誇りを持っています。
「唯一無二というか、国内で誰もやっていないところで輝きたいですね」
岩井順平、ビーチからリーグHへ

林に誘われて、2025年8月からアースに加わったのが、国士館大学出身の岩井順平です。191㎝の長身が武器の岩井ですが、身体接触が弱かったこともあり、大学時代はレギュラーにはなれませんでした。大学卒業後はビーチハンドボールに目覚め、東京の強豪チーム「熱砂」の主力選手として活躍しています。頭ひとつ抜けた長身と高い身体能力で、国内のビーチハンドでは圧倒的な存在となり、2022年の全日本ビーチハンドボール選手権では、「熱砂」初優勝の原動力となりました。順平を略した「JP」の愛称で親しまれ、ビーチの日本代表選考会があれば真っ先に選ばれるであろう人材です。
ビーチでプレーを続けていくうちに、自信がついてきたのでしょう。初めて会ったころは「ビーチは身体接触が少ないから、僕に向いているかもしれない」と言っていました。「熱砂」で日本一になった時には「大学では控えだったけど、ビーチで日本一になれてよかった」と涙を流していました。そして2025年の夏、国士館大学の2つ後輩の林から誘われ、リーグHでプレーするチャンスをつかみました。
「ハンドボールをしている以上、リーグHを目指していました。大学卒業した当初はセカンドキャリアの不安もあって就職しましたが、今は仕事のペースがつかめてきたので、思い切って挑戦できます。営業職で、夜は比較的自由が効くから、アースの練習にも参加できています。ありがたいことに、会社の人たちもみんな応援してくれています」 (下に記事が続きます)
27歳、あこがれの舞台に

チームと契約を結んだのは、開幕2週間前ぐらい。「まずはDFメーンで、とにかく必死です」とは言いながらも、短期間で体重を4キロ増やすなど、課題に取り組んでいます。
「僕が一番びっくりしていますよ。普通に仕事しながら、社会人のクラブチームでプレーしていたのが、こんなありがたい機会をもらえて。後輩の林には感謝しています。今は充実していますね。フィジカルがついていけば、やれるんじゃないかな。DFでも課題は明確なので、そこを強化しています」
「自分自身のレベルアップとともに、(林)凌雅がもっとリーグ内で評価されるよう、僕もサポートしていきたいですね。司令塔としてのコミュニケーション能力が、僕と会わなかったうちにすごく成長していて。元々仲はよかったんですが、仕事を通じて素敵な人間になりました。人間性は大事ですよ」
梶原監督代行は「岩井はDFの枝の合わせも上手だし、掘り出し物ですよ」と喜んでいました。ビーチハンドで鍛えた戦術理解と身体能力。社会人経験で培った人間性と自信。すべてがうまく合わさって、岩井順平は27歳にして輝ける場所をつかみ取りました。
復帰のGK谷口俊、デフ代表コーチも

最後に、3シーズンぶりの現役復帰を果たしたGK谷口俊を紹介します。アースの創設メンバーですが、2022~23年のシーズンで一度は引退していました。現在はデフハンドボール日本代表のコーチとして、東京2025デフリンピックに向けて経験を伝えている最中です。個人的には「デフハンドボールの谷口コーチ」のイメージが強かったのですが、虎視眈々と現役復帰を狙っていました。
「2024年の国スポでGKが足りなくなったから、当時の宮﨑監督から『試合だけ来てくれないか』と言われて、短期間だけ戻りました。当初は『今さら無理ですよ』なんて言っていましたが、やってみたら、思った以上にやれてしまって…。そこから復帰したいとトレーニングを続けていたら、今年7月に梶原さんから連絡がきて、8月頭に復帰できました」
現役復帰で多忙を極める谷口ですが、ハンドボール漬けの日々を楽しんでいます。
「OFもDFも、梶原さんは『こういうハンドボールをしたいんだ』というのが明確で、丁寧に指導してくださるから、練習を積んでいけば、もっとよくなるイメージを全員が持てています。僕もアースでは選手、デフではコーチと、両方の立場で学ぼうと日々過ごしています。デフもアースも、いつまでも続くものではありません。体はキツイし忙しいですが、幸せだなと自分に言い聞かせています」(下に記事が続きます)
32歳「チャレンジする姿見せる」

チーム内での立ち位置は、2番手GK兼相談役。地味によく止める主戦の芳山直樹の話し相手になりながら、途中出場で流れを変える役回りです。2025年9月20日の大崎オーソル埼玉戦では、DFの枝に当たってコースが変わったシュートに対応し、右手でセーブしました。
「あのシーンはよく覚えています。『(左利きの松浦慶介のシュートが)引っ張りしかない』と思って動いたんですけど、あの場面はギリギリまで見ることができたから、枝に当たってコースが流しになっても、ちょっと手で触れることができました」
いわゆる「残り手」でのセーブができるのは、いいGKの証拠。こういう1本があれば、ベンチにいるときのアドバイスにも説得力が増すでしょう。都立品川特別支援学校で教員をしながら、現役に復帰した32歳は言います。
「アースとデフで立場は違いますけど、僕自身があきらめない、ポジティブな気持ちで努力を続ける姿勢を、学校の子どもたちに伝えていきたいし、多くの人に見てもらいたい。失敗してもチャレンジを続ける姿を、口で言うだけでなく、僕自身が見せる。シュートを捕れなくて、ベンチに下げられても、時にはメンバーから外されても、やるんだという泥臭い姿を見せ続けたいな。小さくても、能力がなくても、やれるんだぞと」
梶原晃GM兼監督代行「それぞれの背景知って」

東京・大田区総合体育館でのホーム戦のあと、梶原監督代行はファンに向けてこう言いました。
「一人ひとりの選手のバックグラウンドを知ってもらえると、より応援したくなるんじゃないかなと思います」
今年の陣容は、確かに寄せ集めかもしれません。でも、それぞれが思いを持って、アースフレンズBM東京・神奈川に集まりました。丁寧なハンドボールで、まずは今季1勝を。
ペンスポニュースレター(無料)に登録ください
スポーツ特化型メディア“Pen&Sports”[ペンスポ]ではニュースレター(メルマガ)を発行しています。「へぇ」が詰まった独自ニュースとスポーツの風を届けます。下記のフォームにメールアドレスを記入して、ぜひ登録ください。
\ 感想をお寄せください /