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【ハンドボール】大城章、情熱の人。立教大学男子ヘッドコーチに就任

大城章・立教大学男子ハンドボール部ヘッドコーチ
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ハンドボール女子日本リーグの強豪・ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングで監督だった大城章氏が2024年4月、立教大学男子ハンドボール部ヘッドコーチに就任しました。教える相手が女子から男子になり、カテゴリーも日本リーグから大学生に変わりましたが、以前と変わらぬ熱を持って、指導に当たっています。

目次

スペイン留学中、クロアチアで出会う

大城章ヘッドコーチと筆者が初めて会ったのは2008年、ハンドボール北京五輪世界最終予選の地・クロアチアでした。試合会場のザダルへ向かう高速バスに乗ろうとしていたら、沖縄出身の若者2人と遭遇しました。1人は花城清紀さん(現高松大学監督)で、もう1人が大城章さん。当時は20代半ばでスペインに自費でコーチ留学していた真っ最中。なるべくお金をかけないよう安宿に泊まりながら、スペインからクロアチアに向かっているところでした。

腹痛を訴えていた花城さんは、乗車前に何度もトイレに駆け込んでいましたが、幸いにも薬が効いてきたようで、バスの中では熟睡していました。一方の大城さんは、2時間ぐらいのバス移動の間、ずっと語っていました。久しぶりに日本語とハンドボールが通じる人間に会えて、うれしかったのでしょう。当時から熱い若者でした。(下に記事が続きます)

早稲田大男子コーチから日本リーグ女子へ

早稲田大学コーチ時代の大城さん(2011年全日本総合)

2年間のコーチ留学を終えたのち、大城さんは母校・早稲田大学男子のコーチに就任しました。キャプテンでGKの岩下祐太(トヨタ紡織九州)や東江雄斗(ジークスター東京)など、のちに日本代表の中核を担う選手たちとともに、2013年のインカレで学生日本一になりました。そして2016年からは、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの監督になりました。

初めての女子の指導で不安はないかと尋ねたところ、大城さんは「僕は将来、指導者を育成する組織を作りたいんですよ。そのためにも、今回はやったことのない女子の監督を引き受けました。男子も女子も両方見ておくことで、将来に役立つと思っています」と答えました。あえて得意ではない分野に飛び込む勇気。なりたい自分になるための明確なビジョン。「日本のハンドボールを強くしたい」という思いがひしひしと伝わってきました。(下に記事が続きます)

ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングで日本選手権V

2018年の日本選手権で優勝。最優秀監督に贈られたサンタ帽をかぶる大城監督
2018年の日本選手権で優勝。最優秀監督に贈られたサンタ帽をかぶる大城監督
熱は伝えるが、選手を指導者に依存させない指導スタイルだった

大城監督のハンドボール観は、スペインでの経験がベースになっています。スペインでは1対1で勝負できる選手が好まれます。大城監督は日本の女子選手にも「個の強さ」を求めました。「センターとピヴォットの2対2は王道だけど、それだけじゃ世界で勝てないし、日本リーグレベルでも守られてしまいます。最初に強い1対1で勝負すれば、そのあとの2対2も効いてきます。日本の女子は最初から2対2に走らず、もっと個の突破力を磨いてほしいですね」。

そんな大城監督のハンドボール観が形となって表れたのが、2018年12月末の日本選手権でした。準決勝の大阪体育大学戦、決勝の北國銀行と思い描いた通りのゲームプランで勝ち、日本一になりました。序盤は1対1で強く攻め、セットOFが停滞しそうな時間帯も金茶榮のステップシュートでしのぎました。勝負どころでは川村杏奈と角南果帆のしつこい2対2で相手を翻弄。走って勝ちたい相手を「セットOF勝負」に持ち込み、会心の勝利でした。

想像を超える試合をする一方で、日本選手権を制した年にプレーオフ進出を逃すなど、やや波が大きいチーム作りも大城監督の特徴でした。たまに120点の試合をするけど、平気で50点の試合もやってしまう。「そういう作り方をしていますから」と、大城監督も言っていました。個人もチームも最大値を大きくしたい。そのためにはリスクもやむなし、といったところでしょうか。堅実に勝てるチーム作りが多い日本の女子では、珍しい存在でした。(下に記事が続きます)

2024年から立教大学男子を指導

タイムアウトで指示を出す大城ヘッドコーチ。選手の成長を第一に考えている
大城ヘッドはキャプテンの大久保光将に「キャプテンの言動がチームを左右する」と伝えた

2023年3月のプレーオフファイナルを最後に、大城監督はソニーの監督を退きました。1年間のブランクののち、2024年4月から立教大学男子ハンドボール部のヘッドコーチに就任しました。中川愼一監督もいますが、チーム作りや采配など、かなりの部分を任されています。「4月に来たばかりなので、大きな部分は変えていません。1部の大学と比べてサイズがない分、リバウンドやバックチェック(戻り)を徹底しよう。まじめに、がむしゃらに、DFを頑張ろう。今年の4年生が『インカレでベスト8にチャレンジしたい』と言うのなら、そのために何をしなきゃいけないか。そういった話をしています」。

立教大のハンドボール部は「自主、自律」が伝統です。ただこれまでは自由度があるがゆえに、個人プレーに走る選手もいました。大城ヘッドコーチは「自由と好き勝手は違う。チームとして立ち戻る場所をDFにしたい」と言います。DFでハードワークする共通認識を土台に、個人のプラスアルファを求めています。春のリーグ戦では「多くの選手に『俺がチームを変えてやる』と思ってほしい」と願い、メンバーを固定せずに戦ってきました。(下に記事が続きます)

まずは1部昇格を目指して

現場に携われなかった1年間があるから、立教大学には恩義を感じているという
現場に携われなかった1年間があるから、立教大学には恩義を感じているという

大城ヘッドに、以前語っていた夢について聞いてみました。「将来、指導者の育成をしたい夢は変わっていません。日本の指導は、最初から指導者のオリジナリティになっているから、ベースがバラバラなんですよね。ヨーロッパのように共通したベースを確立した上で、指導者のプラスアルファを乗せていく形を作れたら、色んな選手と短時間で合わせられます。これからは大学の教育研究コーディネーターをやりながら博士課程にも行って、指導について学ぶ予定です」。40歳、夢の途中。熱い語り口も、クロアチアで出会った頃のままです。

「自分の夢もありますけど、まずは立教大学のために、できる限りのことをやりたいです」。立教大は5月12日終了時点で、関東学連2部で7勝0敗と首位を走っています。6月の入替戦出場、さらには1部昇格が当面の目標になります。

大城 章(おおしろ・あきら)1983年6月7日生まれ、沖縄県浦添市出身。宮城小学校4年からハンドボールを始め、神森中学校-那覇西高校-早稲田大学でプレー。大学4年ではキャプテンを務めた。大学卒業後に約2年間スペインに留学。帰国後は味の素ナショナルトレーニングセンターに勤務しながら早稲田大学男子のコーチを務め、2013年のインカレでは大学日本一に輝いた。2016年から日本リーグ女子のソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの監督に就任。2018年の日本選手権では、チームを優勝に導いた。2023年3月のプレーオフファイナルを最後に、ソニーの監督を退任。2024年4月から立教大学男子のヘッドコーチに就任した。

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