陸上の男子110メートル障害でビッグレコード誕生だ。
福井県営陸上競技場(愛称=9.98スタジアム)で2025年8月16日に開かれたナイト・ゲームズ・イン福井の最終日、23歳の村竹ラシッド(JAL)が従来の日本記録を0秒12更新する12秒92で優勝した。日本選手として初めて13秒の壁を突破、今季世界2位の好記録だ。昨夏のパリで五輪3連覇を果たしたグラント・ホロウェー(米)の優勝記録12秒99をも上回った。
しかも、この記録はアリエス・メリット(米)が2012年にマークした12秒80の世界記録にあと0秒12、劉翔(中国)のアジア記録にも0秒04に肉薄する。1年前、パリで日本選手で初めて五輪の決勝に進んで5位入賞してファンを沸かせた村竹が、今度は驚異的な日本新記録でアッと言わせた。
追い風0.6、ハードル7台なぎ倒す
大記録の誕生は日中の予選に続く、この日2本目の夕刻のレースだった。予選は、強い追い風2.6mに煽られた格好で13秒30の参考記録。しかし、決勝は一転、追い風0.6mの絶好の条件で迎えた。
5レーンの村竹は、スタートの3歩で横一線をただ一人抜け出した。1台目から高さ106.7センチのギリギリを攻める踏み切り。ハードルが倒れた。ただ、クリアランス、着地、ハードル間の走りの一連の動作には無駄がない。3台目あたりからグンと加速、トップスピードに乗る。フォームは躍動感にあふれながら、ハードルを跳ぶ空中姿勢は一瞬ふっと力を抜いて休んでいるようにも見える。
全10台のハードルのうち、9台のハードルに体が触れて、7台をなぎ倒した。ただ、村竹がハードルに触れたのはクリアランスの後の太もも裏からおしりにかけてで、ハードルを倒したからと言って、タイムロスにはつながってはいない。
指導する山崎一彦コーチ(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授)は「(ハードルを)倒さない方がいいとは思いますが、倒しても大丈夫な技がある」。10台目を超えた村竹は好記録を呼び込むように、最後の7歩も全力でピッチを刻む。フィニッシュライン直前で頭を下げ、前傾してフィニッシュ。「12秒92」のタイム表示を確認すると、両手を広げ、天を仰いで喜びを爆発させた。(下に記事が続きます)
危うさと意外性
村竹はアフリカ・トーゴ出身の父親と日本人の母親の間に生まれ、千葉・松戸市で育った。小5で陸上を始め、中学からハードルを始めた。千葉・松戸国際高校3年時には全国高校総体男子110M障害で優勝し、頭角を現した。村竹の松戸国際高校時代の恩師、中村要一さんは「ラシッド(村竹)は気迫にあふれる子でしたが、自分の湧き出る勢いを制御できない部分がありました」と振り返る。東京五輪の選考会にあたる2021年の日本選手権では、五輪の参加標準記録を突破しながら決勝でフライング失格して五輪出場を逃した苦い過去がある。
そんな危うさの反面、いい意味での意外性があるのが村竹の魅力だ。山崎一彦コーチは「ここぞというときの集中力、爆発力。はまった時の一発がラシッドの魅力」と話す。
世界陸上へ弾み
強力なライバル不在の国内レースで、今季世界ランキング2位の12秒92をマークした村竹。2025年8月28日のダイヤモンドリーグ(DL)ファイナル(スイス)では世界のトップ選手との直接対決で改めてどんな走りをするか、真価が問われる。そして、すでに出場内定している東京での世界選手権(9月13日開幕・国立競技場)でメダル獲得を目指す。世界陸上における男子短距離勢の最高成績は、2003年パリ大会男子200メートルでの末續慎吾選手の3位(銅メダル)だ。
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好記録の舞台、また福井
村竹の日本記録誕生の舞台となった福井県営陸上競技場は8年前の2017年9月9日、当時東洋大の4年生だった桐生祥秀(日本生命)が男子100メートルで、日本選手初の9秒台となる9秒98の日本新記録(当時)を樹立した高速トラックとして知られる。それにちなんで、翌2018年から競技場の愛称が「9.98スタジアム」となった。1967年に開場したが、2018年の福井国体に向けて大型ビジョンが設置されたことで風の流れが変わり、記録が公認されない追い風参考記録(秒速+2.0)の頻度が減った。ホームストレートで秒速2.0m以内の程よい追い風が吹くことが多く、特にスプリント種目と相性がいい。
村竹ラシッド(むらたけ・らしっど)2002年(平14)2月6日、千葉県松戸市生まれ。跳躍競技の経験があるトーゴ人の父を持ち、小5年から陸上を始める。混成競技で鍛え、走り幅跳びも8mジャンパー。千葉・松戸国際高校3年時に全国高校総体男子110M障害優勝。20年4月に順大に入学し、2学年先輩の泉谷駿介の影響もあって競技力が伸びた。2024年パリ五輪では日本選手として初の五輪ファイナリストとなり、5位入賞。身長179センチ。


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