愛知県豊田市総合運動公園体育館で2025年8月9日、豊田市ハンドボール協会主催の小・中学生向けのハンドボール講習会が開かれました。講師は豊田市出身の菊池啓太GKコーチ(アランマーレ富山)。若くしてヨーロッパの育成システムを熟知した菊池コーチが、小・中学生の各年代で必要なスキル、考え方を伝えました。
リーグH最年少コーチで、GK指導のスペシャリスト

愛知県の豊田市ハンドボール協会には、元女子日本代表のGKだった西みどりさん(元シャトレーゼ。旧姓村山)がいます。西さんが中心になって動いていることもあり、豊田市はGK指導が充実しています。2025年8月9日に行われた小・中学生向けの講習会では、西さんの教え子でもある菊池啓太GKコーチ(アランマーレ富山)が講師を務めました。2024年1月のペンスポの記事でも紹介したように、菊池コーチはリーグHでのプレー経験はありませんが、ドイツ・ブンデスリーガにコーチ留学するなど「指導のプロ」として生きている27歳です。今回はGKだけでなく、CP(コートプレーヤー)も同時に指導していました。
小学生はGKに特化しすぎない

午前中は小学生が対象でした。最初のキャッチボールでは、GKもCPも一緒になって、片手キャッチや利き手と反対側の手を使ったパスなどを練習しました。菊池コーチは言います。
「こんな動きはGKに必要あるのかと思うかもしれませんけど、必要です。小学生の段階ではGKだけでなく、CPの練習もして、ハンドボール選手としての土台を作ることが大事です」
オフ・ザ・ボールの動きと空間へのパス

続いて菊池コーチはCPを指導します。教えたのは3人一組のランパス。ただしボールが2つあって、パスを出した選手(=ボールを持っていない選手)が常に3人の真ん中に来るようにクロスします。慣れない動きに、小学生は苦戦していました。さらには相手にパスを出すのではなく、前方のスペースにパスを出してクロスするパターンも練習していました。
左右両方からシュートが来るかもしれないミニゲーム

最後はGKとCPが合流して、ミニゲームが行われました。コートの真ん中を線で区切り、CPは右半分と左半分でそれぞれ3対3をします。ただし3対3は真ん中の線を越えてはいけません。こういう制約をつけることで、GKは「どっち側からシュートが来るか」を判断しないといけません。状況によっては、左右両方からシュートが飛んでくる可能性もあります。「そういう場合は、GKはどっちかに絞ってくださいね」と菊池コーチは言います。両方追いかけると、どっちのシュートも捕れなくなります。割り切って捕れる方だけに集中すれば、1本は確実に止められます。実際のゲームではありえない設定ですが、「選択する能力」を鍛えるにはいいトレーニングです。
この選択能力が、大人になってからの「ゲームリーディング」につながってきます。試合の流れを読む。相手の攻撃を先読みする。そういった感覚を、小学生の段階から遊び感覚で養えるよう、ヨーロッパではトレーニングに組み込んでいるのです。(下に記事が続きます)
小学生はカオスのなかでも動けるように

小学生の部を終えて、菊池コーチが種明かしをしました。
「今回やった練習は、フランスのU12のメニューです。日本だと小学生の年代は形にこだわりがちですが、小学生の年代は形でやるよりも、カオス(混沌)のなかでも動ける人材を育てることが大切です。また子供達に考える余白を作ってあげることが大事です。いきなり答えを示すのではなく、自分で考える時間を作ってあげることが、考える土台作りになります」
フォーメーションで「それらしく」やれば、小学生年代では勝ててしまうかもしれません。でも、それでは先につながりません。「この年代は勝つことよりも、将来への土台作りが大事です」と、菊池コーチは力説していました。
捨てる。割り切る。捕るべきシュートを捕るための考え方

「カオスのなかでの対応」と言われて、先ほどのミニゲームの意図がより明確になりました。左右両方から攻めてくるような「混乱した状況」でも、優先順位をつけて、捕れるシュートを確実に捕っていけば、大崩れすることはありません。安定して高い阻止率をキープするための「選択」と「割り切り」。このあたりは野球のバッティングにも似ています。来る球すべてに反応するのではなく、狙い球を絞って、打たなくていい球を捨てることで、結果的に打率が上がります。日本歴代最高のGKと言われた橋本行弘さん(元Honda)も「GKは野球のキャッチャーっぽいけど、実はバッターに近い」と、以前話していました。(下に記事が続きます)
1対1はオフ・ザ・ボールの動きで抜く

午後は中学生向けの講習会。中学生対象となると、それぞれのポジションに特化した指導が増えてきます。菊池コーチはCPの1対1を細かく指導していました。
「1対1ではボールを持ってから相手を抜こうとするのではなく、オフ・ザ・ボールの動きで相手をかわします。DFの正面にあえて入った状態から、パスをもらう方向に踏み出せば、半身ずれた状態が作れます」
フランスは攻守に「1対1の強さ」で世界一になった国ですが、近年は1対1のミスの多さもあり、優勝から遠ざかっています。そこを改善するために、オフ・ザ・ボールの動きに着目した指導方針に変えたと、菊池コーチは最新事情を説明していました。
球を上に保持して先に通す

半身ずれた状態から間を割っていく際に重要なポイントも、菊池コーチは伝えていました。
「相手を抜くときには、ボールを上に保持して、先にボールを通してあげる。体は抜けきらなくても、先にボールを通してあげれば、次のプレーが可能になります。ここからサイド(ウイング)にもパスを出せるし、ポスト(ピヴォット)にもパスを落とせるし、そのままカットインでシュートにも持ち込めます」
ボールを先に通すことで、背中側でDFをすり抜けるような動きになります。この動き、小松市立高校(石川)伝統のフェイントにも似ていませんか? 古橋幹夫前監督が編み出した古武術的な動きが、フランスの育成年代で教えられているとは驚きでした。(下に記事が続きます)
細長い面を作ってサイドシュートを捕りにいく

GKの指導では、サイドシュートの捕り方を菊池コーチがレクチャーしました。
「まず面の定義をしましょう。両手と両方のつま先の4つを結んだ四角形を『面』と考えます。これはフランスの指導方法なんですけど、サイドシュートに対しては『細長い面が必要だ』と言われています。すべてのサイドシュートに対応しようとすると、しゃくりやループシュートなどもあって対応しきれません。すべてを追いかけ回して不安定になるよりも、細長い面を作って、右か左かに全力に移動すれば、30%は捕れるかなという考え方です。GKに一番求められるのは安定性。阻止率0%だと意味がないので、30%ぐらいは捕れるよう、割り切って右か左に細長い面のまま移動します」
両手を上げるなら見える範囲に

またサイドシュートに対する構えは「自分の目で見える範囲に手を上げておくと、メリットが多い」と、菊池コーチは言っていました。
「目で見える範囲に手を上げておけば、一歩踏み出したときに、手も自然とついてきます。面を崩すことなく、サイドシュートに向かっていけます。両手を少し内側に向けておけば、弾いたボールが自分の前に転がりやすいから、速攻につなげられます」
「サイドシュート2点」の試合で仕上げ

最終的にはGKとCPが合流して、6対6のゲームで仕上げました。ただしサイドシュートの得点は2点です。こういうボーナスがあれば、CPはサイドシュートを打とうとします。GKは講習会で習った止め方を数多く試せますし、「まずはサイドシュートを確実に止めよう」と優先順位をつけて考えることができます。すべてのシュートを追いかけ回すのではなく、シュートが来そうなところを先読みして、「このシュートだけは確実に捕る」といった取捨選択の練習にもなります。
日本では何でもかんでも反応できる「リアクションのいい子」が「天才GK」ともてはやされがちですが、ヨーロッパでは「狙い球の絞り方」を若い年代から鍛えているのですね。「中学の部は、フランスのU14のメニューをやってみました」と、菊池コーチは言っていました。(下に記事が続きます)
ドイツとフランス、育成スタイルの違い

これまではドイツの練習方法で教えることが多かった菊池コーチ。今回はあえてフランスの練習方法を試しました。
「大まかな違いを言えば、ドイツは選手個々に合わせて『0から1を作り出す』スタイル。フランスはある程度の正解を決めておいて『その枠のなかでのアレンジは個人の自由』。ゴールから逆算していくスタイルです」
フランス1部の強豪を指導

以前取材した講習会よりも、明確な答えを提示していたのは、フランスの指導を意識していたからでした。フランス式を試した理由については「8月12日からフランスのチームに出張指導に行くことになりました。フランス女子リーグ1部2位のBrest Bretagne Handballです。トップチームとU20の指導だけでなく、フランス代表の育成組織にも行けるので、実際に見る前にフランスの指導スタイルを確かめておきたかったんです」とのこと。27歳で世界から声がかかるのは、物凄いことです。
フランスで得た知識はアランマーレ富山に還元するだけでなく、報告会などで積極的に発信したいと言っていました。いつも30代に間違えられがちな菊池コーチですが「僕もまだ27歳なんで、指導者としてもっと成長していきます」と意欲を見せていました。どんな土産話が聞けるか、今から楽しみです。
菊池 啓太(きくち・けいた)1998年生まれ、愛知県豊田市出身。豊田市立前林中、中部大学春日丘高(愛知)では全国大会に出場。愛知教育大で指導者の道を志し、卒業後に1年間ドイツに留学。Regionalliga Nordrhein(ブンデスリーガ4部)でアンダーカテゴリーの指導を実地で学んだ。2022年からリーグH女子のアランマーレ富山のGKコーチに就任。1年目からGKの阻止率を改善し、就任以来3年連続でプレーオフに出場している。指導の内容が見られるInstagramは、フォロワー数が12,000人を超えた。
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