2023年11月4日、5日に大阪府堺市で開かれた第21回全日本車椅子ハンドボール競技大会で、初出場のKnockü SC(以下ノッキュー)が2冠を達成しました。障害者のみで戦う4人制と、健常者も交えて戦う6人制の両方で優勝したのです。ここでは主に6人制での戦い方にフォーカスします。戦い方のベースになるのが、圧倒的なチェアスキル。車椅子を自分の足以上に使いこなす、これまでの日本のハンドボールにはないプレースタイルを紹介します。
車椅子アスリート・諸岡晋之助
ノッキューは東京と千葉を拠点とするパラスポーツの団体で、車椅子ハンドボールだけに限らず様々なパラスポーツとつながりがあります。今回のメンバーもほとんどが車椅子バスケットボール経験者です。エースの諸岡晋之助は、東京・明星高でハンドボール部でした。大学でもハンドボールを続けていましたが、交通事故で左下肢麻痺、右上肢障害になりました。その後は車椅子バスケットボールに転向し、日本代表候補合宿にも呼ばれるまでに成長しています。ハンドボールとバスケットボールの両方を知っているのが諸岡の強みです。ちなみに全国障害者スポーツ大会の東京都代表キャプテンにも選ばれています。
諸岡は「生活のすべてを車椅子バスケに捧げている」と公言する生粋のアスリート。試合前のアップでは逆立ちをするなど、鍛え方が違います。もちろん車椅子の操作(チェアスキル)も抜群です。35m×20mのコート上を素早く動き回り、攻守にわたってハードワークします。諸岡だけに限らず、車椅子バスケ経験者の圧倒的なチェアスキルが、ノッキューのストロングポイントです。
中盤でプレスをかけて、ボールを奪う
車椅子を自在に操作できると、どういうDFができるのでしょうか。ボールを前に運ばせないプレスDFが可能になります。相手がスローオフでパスを回そうとしても、ノッキューの選手がマークについているから、パスを出せません。コートの中央付近で圧をかけ、ボールを奪うDFは、これまでの日本の車椅子ハンドにはない光景でした。対戦相手は「1チームだけ違う競技をやっているみたい」と驚いていました。
DF伊藤優也、ギリギリのプレーで圧
ノッキューのタイトなDFを象徴するのが伊藤優也です。脊髄損傷があるためボールを強く投げられませんが「僕が生き残るにはDFしかない」と、誰よりも激しくディフェンスします。審判とコミュニケーションを取りながら、ギリギリのプレーで相手に圧をかけていきます。
本来ハンドボールは「バス停を自分の家に毎日1cmずつ近づける」ような競技です。審判と会話しながら「ここまでやってもいいんですね」とその日の基準にアジャストし、自分たちが有利になるよう試合を運ぶスポーツです。そういうギリギリの攻防が、車椅子ハンドボールでも見られました。
ノッキューは高い位置でプレスをかけますが、ずっとマンツーマンで守る訳ではありません。適宜マークを受け渡して守るゾーンDFです。諸岡は「ゾーンで守る場合は、コート上の全員が一定水準以上のチェアスキルがないと、システムが破綻します」と言っていました。フットワークでミスマッチが起こらないよう、障害の重いローポインターでも、障害の軽いハイポインターを守れる力が求められます。
また伊藤は「車椅子ハンドは車椅子バスケ以上に、相手に位置を取らせたらいけないスポーツ」と言っていました。車椅子ハンドボールでは健常者も多く参加し、腕が振り切れる状態になると強烈なシュートが飛んできます。シュートを気持ちよく打たせないためにも、DFがより一層重要になってくるというのです。
車椅子バスケの考え方を応用。やられ方の質を高める
ノッキューは個人のチェアスキルだけでなく、チーム全体でも意思統一がしっかりしていました。2022年「日本車いすバスケットボール選手権(天皇杯)」でベスト5に選ばれた森谷幸生は、チームメイトに「やられ方の質を高めよう」と言い続けてきました。打たせてはいけない選手を守って、捨てていい選手にはある程度打たせてもOKと割り切る考え方です。
車椅子バスケットボールでは、障害の重いローポインターにわざと打たせるようなDFをします。勝負がかかっているから、そこはシビアにならざるをえません。今回のノッキューは、相手の女子選手を捨てて、エース級をとことん守る作戦を徹底しました。決勝のすわろ~ず戦を終えた森谷は「試合をやるなかで、DFの精度が上がっていった。決勝が一番守れたんじゃないですか」と、手応えを感じていました。6人制の決勝戦の動画はこちらをご覧ください。
激しいプレスDF、スクリーンに弱点
ノッキューのプレスDFが猛威を振るった大会でしたが、どんなDFシステムにも弱点はあります。準決勝のVeleno戦では、相手のスクリーンプレーに苦労しました。Velenoはほとんどボールに触らない藤田桜子がスクリーン役に徹したことで、ノッキューのプレスDFをかいくぐり、得点を量産できました。藤田は「『止め役』は女子選手の役割。先回りして相手を止めて、仲間に『行っておいで』と道をつくってあげるのが仕事です」と言っていました。こういうクレバーな選手が増えてくると、プレスDFも「諸刃の剣」になります。お互いの研究の成果が、来年以降に見られるといいですね。日本の競技レベルも上がります。6人制準決勝の模様はこちらです。
森谷「チェアスキル伝えたい」
2023年の全日本車椅子ハンドボール競技大会は、ノッキューの登場で飛躍的にレベルが上がりました。今後は愛好家と車椅子アスリートのすみ分けを考える必要もありますが、お互いの交流は続けていきたいところです。森谷は言います。「僕たちも聞かれたら、自分の持っているチェアスキルを隠すことなく伝えたいし、逆にみなさんから車椅子ハンドのことをもっと教えてもらいたい。お互いが協力しながら、日本の車椅子ハンドを一緒に作り上げていけたらいいですね」。
車椅子ハンド世界選手権でのメダルめざして
車椅子バスケ経験者のチェアスキルをうまく活用できれば、車椅子ハンドの世界選手権でメダルを取れる可能性は十分にあるとのこと。輝かしい未来のために、みんなで手を取り合って、日本の車椅子ハンドボールをよりよいものにしていきましょう。2022年の世界選手権決勝、ブラジルーエジプト(4人制)の映像はこちらから。
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