2023-24シーズン、イタリア・セリエAへ挑戦したバレーボール女子日本代表の石川真佑(23)。通訳サポートとして間近に見てきた筆者によるイタリア挑戦記連載の第3回をお送りする。フィレンツェでの日々が3か月たった2023年12月、両親が初めて渡伊して石川の試合を観戦した。そしてミラノでは家族そろって兄・祐希の試合も観戦、充実した年末年始を送る。年明けからチームは3連勝するも、石川は新たな苦悩の中にいた。
前半最終戦でMVP…でもインタビューにパニック
「火曜の練習前にカルロ(パリージ監督)が言っていたこと、マユは何か分かってそう?」
ミラノ戦(12月16日、第12戦)後の翌週、筆者の初勤務日にキャプテンのジュリアが訊いてきた。昨シーズン・プレーオフ2位のミラノ相手に負けたとはいえ、内容は悪くないように思えたこの試合、それに満足しているかのような雰囲気にパリージ監督は「ブチ切れ」。スラングが飛び出すことも構わずチームを叱咤した監督の気持ちは、言葉は分からずとも石川にもよく伝わっていた。
前半最終試合である次のクーネオ戦(12月23日、第13戦)では監督が落としたかみなりが効いたのか、アウェーで2-0の劣勢からチームは生まれ変わったように息を吹き返す。タイブレークの末に勝利をつかみ取り、チームは8位に浮上してコッパ・イタリアへの出場権も得たうえに、石川は2回目のMVPに選ばれた。自宅の国営スポーツチャンネルでキャプテン・ジュリアのインタビューを見ていた筆者に、日本のマネジャーからチャットメッセージが入る。
「こっちでは日本語でインタビュー答えてます」
「えええ!?いったい何語で聞かれたんですか!?」
マネジャーが見ていた有料チャンネルのVolleyball Worldでは、MVP表彰後の石川にイタリア語でインタビュアーが突撃。無理だとたじろぐ石川にチームマネジャーのヴァレンティーナが割って入ったものの、最後はヴァレンティーナがイタリア語を英語に訳して、日本語でいいからメッセージを、となったらしい。MVPはすばらしいけれど、一言も話せないなんて…。あとで石川に聞くと、まさかのインタビューに頭が真っ白になり、完全にパニックに陥ったそうだ。しかしこれではあまりにももったいない。筆者は年明けからのイタリア語レッスンの内容を見直すことにする。(下に記事が続きます)
初イタリアの両親が見守るスカンディッチ戦
クーネオ戦後にフィレンツェに戻り、やっと両親と再会。筆者に相談して決めたレストランやお土産屋が買える店などを回り、数日ながらしばし親子水入らずの時間を過ごす。そしてクリスマス翌日は後半戦の第1戦、相手は各国ナショナルチームメンバーをそろえる強豪で、ホームアリーナが同じスカンディッチだ。
フィレンツェ・ダービーは、シーズン初戦と同じくスカンディッチがストレート勝ちを収めた。イタリア代表で202㎝のアントロポヴァをブロックでシャットするも、試合後は「全然ダメでした」と落ち込む石川。しかし、日本ではよく試合会場を訪れていた両親にとっては初めてのイタリアでの観戦で、母は「選手とファンがとても近くて、日本と会場の雰囲気が全然違う」とうれしそうに語り、そんな環境で堂々とプレーしている娘を誇らしそうに見つめていた。(下に記事が続きます)
兄・石川祐希に相談したこと
年明けまで試合はないものの、調整の練習が続く年末。一足先にミラノに入った両親を追いかけ、12月30日には初めて兄・石川祐希の試合を観戦した。国営スポーツチャンネルで中継で見た兄と並ぶ石川、そしてその時期に収録されたTV番組を見ても、とても恥ずかしそうにしている様子が印象的だった。
イタリアに来てすぐのころ、よく皆から質問されたことの1つが「ユーキとは連絡とってるんでしょ?」だった。イタリアでは性別が違う兄弟も含めて家族の仲はとても良く、電話やチャットでの会話はもちろん、一緒に出掛けることも珍しくない。そんな皆の期待に反し、石川の答えはことごとく「ノー」。「イタリアでのプレーだけでなく、イタリア語も上手な兄から習得の秘けつなども聞けるだろうに、いったいどうして」と皆は不思議がるが、中学より実家から離れてバレー強豪校へ通い、兄と10年以上も一緒に暮らしたことがないうえに、石川はもともと人に相談するタイプでもない。当然と言えば当然のことだった。
しかし1月の初旬、ヴァレンティーナから来季についてどう思っているかとチャットで訊かれたときのこと。どう答えてよいか迷っていた石川だが、「お兄ちゃんにどうしたらいいか聞いてみたら…」と始まる返事を送ってきた。それまで筆者が個人的に聞いたときも「全く連絡取ってません」と答えていた石川だが、迷った時に頼りになるのは、やはり経験豊富な兄だったようだ。
兄のイタリア語を手本に猛特訓
クーネオ戦後のインタビューでは日本語でしか対応できなかったため、イタリア語レッスンでは簡単なインタビューにイタリア語で答えられることを新たな目標とした。インタビューと言っても難しいことを聞かれるわけではなく、ほとんどの場合は試合の感想を聞かれるだけ。英語で対応する外国人選手もいる中、簡単なフレーズでもイタリア語で答えられればファンが喜ぶのは間違いないし、イタリアリーグでやっていくには必要不可欠なことだ。筆者がまず始めたのは、お手本となるインタビュー動画探し。まずは耳を慣らし、また他の選手がどんなことをしゃべっているのかを知るためだ。
ここでも頼りになったのはセリエAも9年目、インタビューもイタリア語で受け答えする兄の石川祐希である。
イタリア人の応答では言い回しなどが高度すぎるし、非ネイティブ、特に東欧と南米の選手はイタリア人並みにしゃべるので参考にならない。その点、兄は平易な単語を使ってシンプルな文章ながらもしっかりとインタビューに答えている。すぐに使える単語と例文の宝庫だ。イタリア語を学ぶ誰もが苦労する性別も、兄が使う男性形を女性形にすることで復習ができる。一文ごとにストップして聞き取りした後、文章の解説と単語の復習、女性形での言い換えなどを繰り返した。
年明け3連勝でも石川「何かがうまくいってない」
年明けのピネローロ戦そしてベルガモ戦は、対角を組むドイツ代表リナと共に20得点以上を記録し、表向きプレーは順調なように見えた石川。しかしベルガモ戦後、オフ明けの火曜の夜に初めて「監督に相談したい」とメッセージを送ってきた。「スーパー」と呼ばれるレフトへの速いトスが、どうもうまく合わないのだ。セッターのイラリアにはもう少し高くと伝えているものの、高さなのか速さなのか原因は分からないが、打点が低くなってブロックにつかまりやすくなってしまっていると言う。もう1日待てば筆者の勤務日にもかかわらず、それを待たずにメッセージを送ってきたのは「今週中に修正したい」から。夜も22時近くになっていたがパリージ監督にメッセージを送ると、「明日の練習前にマユとイラと私とで話をしてみよう、うまく伝わらなかったら君がいる木曜に助けてくれ」と、数分で返事が返ってきた。
3人での話がうまくいったのか、筆者がいる木曜は同じ話題にはならず、チームはその週末のトレンティーノ戦(1月21日)にも3-0で勝利する。年明けから3連勝とチームは好調をキープし、よい雰囲気のまま筆者の週明け初勤務日の練習が始まろうとしていたそんな時、パリージ監督が石川と私を手招きした。
「まだ何か、うまくいかないことがあるんじゃないの?」
石川の異変に気付いていたのは、またしてもパリージ監督だった。石川は「何かがうまくいってないと感じているが、それが何かは分からない」と話すにとどまったが、その4日後には真意を突き止められることになる。
石川 真佑(いしかわ・まゆ)2000年5月14日、愛知県岡崎市生まれ。ポジションはアウトサイドヒッター。中学校からバレーボールの名門校へ進み、下北沢成徳高等学校では1年生からレギュラー入りし、全国大会と国体で2冠を達成。卒業後はVリーグの東レアローズに入団し、同年より日本代表としてU20の世界選手権とアジア選手権で優勝とMVP受賞、東京五輪にも出場。2023-24シーズンはプロ選手としてイタリア・セリエAのイル・ビゾンテ・フィレンツェに加入。今季は総得点でチーム2位の351得点を挙げる活躍だった。身長174㎝と小柄ながらも、多彩な攻撃とサーブ、安定した守備が持ち味。
イル・ビゾンテ・フィレンツェ[IL Bisonte Firenze] イタリア女子バレーボールチーム。1975年にVolleyball Arci San Cascianoとしてチームを創設し、2004年に革製品メーカー Il Bisonte がメーンスポンサーとなる。2014年にセリエAに昇格、2022年にフィレンツェに本拠地を移す。2023-24シーズンの今季はセリエAの14チーム中10位(11勝15敗)でレギュラーシーズンを終えた。
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