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17時、東京・新橋。ゴルフ部出身の女将の店で

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午後5時の東京・新橋。ネオン街には生ぬるい風がそよいでいる。帰るにはまだ少し早い。飲んで帰ろうと、駅とは逆の方向へ商店街をぶらついた。半年ほど前、電通時代の同僚に連れて行かれた店を思い出した。刺身も新鮮で鶏もうまかった。女将の感じもよかったな。あそこは。

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地下1階の居酒屋、半年ぶりに訪ねた

その地下1階の居酒屋の、達筆で書かれた看板をスポットライトが照らしていた。どうやら店はもう開けているようだ。

「あらー、原田さーん、来てくれたのお?うれしーっ」。

半年前に1度来ただけなのに、名前を覚えてくれているあたりに、才覚を感じる。40代前半に見える女将は博多の出身で、日体大ゴルフ部にいたと前回、来た時に聞いた。客の目をじっと見つめながら話す小悪魔タイプ。アイアンは200ヤード飛ばせそうな背格好だ。

元・新体操リボンの選手さおちゃん

居酒屋のアルバイト女性

店内にほかに客はいなかった。眉をきれいにそろえた若い板前のほかには、20歳だという華奢なエプロン姿の女の子がいた。石原さとみに、似てなくもない彼女を女将がさっそく紹介してくれた。

「原田さん、この子サオちゃんね。イントネーション間違えないでね。あら、やだ!アハハハ!ごめんね。サオ!」

この昭和の体育会的な接客が酒に合う。自分のほかに客がいない店で、コスパが悪い客とレッテルを貼られるのもシャクだ。そして若い板前さんにも、サオちゃんにも手持無沙汰な時間は気の毒にも感じた。普段よりハイペースでビール、山崎ソーダ、白州ソーダとあおった。

白いワンピース姿の女将が隣に座った。そして、赤ワインのボトルを開けた。「ごまさば」と「地鶏の炙(あぶ)り」を8割方平らげた絶妙のタイミングだ。これも女将の気遣いなのだろう。

「原田さん、うちはね。従業員みんな体育会系なの。サオちゃんも元新体操のリボンの選手でね。全国大会にも出たの。ね、サオちゃん!」

ぎこちない笑顔でサオちゃんは言った。「は、はい。補欠でしたけど…」。女将のボトルが半分ほどあいた。気の利いた会話もできず、スマホとにらめっこして独り飲みをしている一人客を、ふびんに思ったのだろうか。女将がかすれた低い声で今度はこう切り出した。

例のアレ、見せてあげて!

「サオちゃんさぁ、原田さんに例のアレ、見せてあげて!」。座敷のテーブル拭きにまわっていたサオちゃん。
びっくりした様子のあと、顔を赤らめてうなずいた。えっ?何?何が始まるの?

突然の女将のフリに、びっくりしたのはこっちも同じだ。ただサオちゃんの表情に、これから起こるただならぬ「何か」を感じ取った。気恥ずかしさから、胃に入れたばかりのウイスキーが体中の毛穴から噴き出した。

目の前、1.5m先で始まった「演技」

サオちゃんが息を「フーッ」と吐いた。そして、女将とも、自分とも目を合わせず、ゆっくりゆっくり脚を上げた。8分丈のレギンスのような、タイツのような。薄手の黒い布地に包まれた脚は、185度ぐらいに反り返り、止まった。

目の前。1.5メートル先で即席の演技が始まった。「うゎー、す、すごいねー。さすが元アスリート!」。照れ隠しもあって、そんな言葉しか出なかった。情けない。ほかに気の利いた事も言えず、オーバー気味に手をたたくしかなかった。

少し間をおいて、サオちゃんが脚をおろすと、女将はどや顔でこう言った。「はい、原田さんチップ!」。

吸いかけのマルボロゴールドを銀の灰皿に押し付け、会計した。会計とは別に、おそらくこの店の時給の3倍のチップを、カウンターに置いてきた。プライスレスな経験をしたと思うことにした。

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