21時、東京・後楽園。一人の女性に声をかけられた

その日、北海道音更町から東京に来ていた友と後楽園の「新三陽」で一杯やっていた。あの王貞治さんが愛した街中華だ。もやしそばで〆て21時の閉店まで居座った。店を出ると東京ドームでONE OK ROCKのコンサートがちょうど終わったタイミング。大勢のファンでドーム周辺がごった返した。

本郷在住20年、ここはオレの出番

壱岐坂下の信号待ちで40代後半に見える女性から声をかけられた。「愛知から車でコンサートに来たんですけど、車を停めた場所がわからなくなって。〇〇パーキングってどこかわかりますか？」

本郷在住20年。ここは俺の出番。でも、女性が駐車したというそのパーキングは近くに同じ名前で多数点在。第〇〇パーキングと数字を覚えていないと場所が特定できない。日が暮れて景色も変わり、コンサート帰りの雑踏も彼女の方向感覚を麻痺させたのか。

「さっきタクシーをつかまえて、運転手さんに5,000円払うからそれらしき駐車場に連れて行ってと頼んだんですが」「近すぎるし、よくわからないからって断られた…。明日は朝8時半から仕事で‥」。半べそ顔。見るからにパニクっていた。

ポケットに何かねじ込まれた

ドームまで来た道も、人の流れについてきたからよく覚えていないという。でも「ランチは叙々苑で一人焼肉を2万円分食べたんです。冥土の土産に‥」。唯一の手がかりが途中立ち寄った「叙々苑」という。

推定体重約90キロのその女性。北海道の友と近くに2軒ある叙々苑のうちの叙々苑ミーツポート店の方向にとりあえず向かう。その道すがら「ワンオクのアパレルはサイズが小さくて着られないけど、思い出に買いました‥」と言った。

そうしているうちに、叙々苑のある円柱形のビルから坂を100m上がった先にそのパーキングは見つかった。声をかけられて15分ほどが経っていた。

「本当にありがとうございました。ワンオクから元気をもらったのに、まさかの迷子になって、動転しました」。

その時ポケットに何かねじ込まれたと感じて、見ると10000円札。全力で返そうとしたがその女性は、立体駐車場に足早に消えた。

友と山分けするのも無粋な気がして。本郷の老舗スナック「キャンドル」が見えた。2人で飲み直そうと、スーパーニッカのボトルを入れた。