ラグビーの東芝ブレイブルーパス東京が創設4年目のリーグワンで史上初の連覇へ突き進む。昨季、前身のトップリーグ時代を含めて14シーズンぶりの王者に返り咲いたチームは、今季もレギュラーシーズンを15勝2敗1分の安定した戦いぶりで1位突破。2025年5月24日(土)のプレーオフ準決勝(東京・秩父宮)でレギュラーシーズン5位、今季東芝が2戦2勝しているコベルコ神戸スティーラーズの挑戦を受ける。6月1日の決勝(国立競技場)で挑む2連覇へ、負けられない一戦だ。
このところの進境著しい「強い東芝」の復権。それと同時に目を引くのが、他に類を見ないブレイブルーパスの「チームブランディング」の浸透だ。「猛勇狼士」「接点無双」。目指すチームスピリットを言語化することから始めた3年越しの「改革」に、ファンもスポンサーも、チームの成績もついてきた。歯車がかみ合い出した独自路線のブランディングには、ラグビー界には珍しい「クリエイティブディレクター」の存在が欠かせなかった。
試合開始5時間前に秩父宮入り
5月10日。東芝ブレイブルーパス東京から任を受けるクリエイティブディレクターの松尾卓哉(54)は、午前8時前に秩父宮ラグビー場に入った。開門の2時間50分前、試合開始の5時間前だ。ホストゲーム当日、松尾は試合演出、進行管理を一手に取り仕切る。
大型ビジョン下のスタンドにはチームスピリットを表す「猛勇狼士」の巨大文字の横断幕が広がる。「猛勇狼士」は3年前、「世界有数のユニークなラグビークラブに」というコンセプトでチームが再出発するにあたり、松尾が考案し、東芝ブレイブルーパス東京に採用された「造語」だ。勇狼はブレイブルーパス(オオカミ座)。『士』は紳士、『侍』を意味する。選手はプレーだけでなくグラウンド内外で紳士たるもの、そして侍精神を持った武士である、という意味を込めたものだ。
グラウンドでの取材中、前夜から降り続いた雨がぱったり止んだ。万一のために用意した雨除け用テントをもう使わないと最終判断した松尾は取材を中断してスタッフに携帯電話で指示を飛ばす。「いま雨がやんで、この3年間、すべての東芝のホストゲームで雨が降らなかった。これってすごくない?」と笑った。東芝ブレイブルーパスはその日、1万290人を集めた観客の前で横浜キヤノンイーグルスに快勝、自力でレギュラーシーズン1位を決めた。
テレビCMのヒットメーカー
松尾の本業はCMプランナー兼コピーライター。広告の企画制作とディレクションのプロフェッショナルだ。大手広告代理店勤務を経て、現在は自身が代表を務めて15年目になる株式会社17(ジュウナナ)をベースにこれまで1千本以上のテレビCMを世に送り出してきた。カンヌライオンズ国際広告祭で複数回の受賞歴もある。近年ではお笑いタレントの山口智充さんと子どもたちのユーモラスな掛け合いが話題になった「東急リバブル」のシリーズCMや「chokoZAP」「ピザーラ」「IHI」の企業広告も手掛けた。

音で感じてほしい臨場感
「秩父宮は午前9時からスピーカーで音が出せるので、試合開始までにスタジアムDJの声や音楽がスタンドのお客様にちゃんと届くか、ディレイ(遅れ)がないかリハーサルで入念に音響チェックするのも一つの仕事なんです」
15秒や30秒のCMで消費者を振り向かせるのが本職の松尾が東芝ブレイブルーパス東京に関わるようになって、アイデアが形になった一つの例に「リアル・グラウンド・サウンドシステム」がある。
ラグビー選手の鍛えぬかれた体がぶつかり合う「ドカッ」という音や選手の発する「ウッ」という声までも集音マイクとスピーカーを駆使して、スタンドのファンに届ける仕掛けだ。
秩父宮での試合は観客席が比較的近いこともあって導入していないが、特に味の素スタジアムや等々力競技場など、ホストゲームでもグラウンドとスタンドの間にトラックを挟んで距離がある場合に、ファンに好評を博している。
「どうやったらラグビーを面白く観てもらえるかを考えたとき、ラグビーの『音』は一つのキーになる」と松尾は説く。
アップテンポの音楽を流して盛り上げるチームが多いなか、あえて静寂を作り、鍛えられた肉体のぶつかる臨場感にフォーカスした。「ある意味、相撲と同じ。呼び出しの『ひが~し~』という声、拍子木の音、立ち合いの張り手の音が桟敷席にリアルに響くように」
音と言えば、東芝のホストゲームの選手入場の際、府中市の武蔵国府太鼓・響会の花道太鼓の真ん中を両チームの選手たちが駆け抜けて試合に入る演出ももうすっかり定番だ。
リアル・グラウンド・サウンドシステムや「花道太鼓」は、松尾がこれまでチームに提案して受け入れられた数々のプランの枝葉に過ぎないが、「もし自分が観客だったら、ファンだったら、ラグビーを初めて観戦するひとだったら」というフィルターを通してプランを考える手法は、広告ヒットメーカーならではの感性が生きているようだ。
きっかけは星野プロデューサー
そんな松尾がチームに関わるきっかけは何といっても2022年7月、東芝ブレイブルーパス東京のプロデューサーに星野明宏(52)が就任したことだった。星野と松尾は大手広告代理店、電通の1995年入社同期だ。
2002年に電通を辞めた星野は大学院での学びのあと、教師になって、静岡聖光学院中学・高等学校のラグビー部を全国大会常連校に押し上げた。しかも、その後は同校の副校長、校長も務めた異色の経歴の持ち主だ。
ラグビーU17・U18日本代表監督を経て、静岡県ラグビー協会の法人化にも尽力したあとの人生の後半戦を「日本のラグビー界に貢献していく」と決めた星野は、親会社から分社化したばかりの東芝ブレイブルーパス東京のフロントに飛び込んだ。そんな星野がチームブランディングの助言者、推進者として白羽の矢を立てたのが松尾だった。(下に記事が続きます)
「ひるまずに立ち向かう」
一方の松尾自身も2004年に電通を辞めている。SO、FBとして福岡・鞍手高時代に県8強に食い込んだ元ラガーマン。慶大時代にも同好会でラグビーを続けた。
「体が小さい体重60キロ代の自分がフルバック(FB)の時、巨大な相手がトップスピードの時にタックルに行く。その恐怖に打ち勝つこと、ひるまずに立ち向かうこと、仲間を信じてパスを出すこと、自分がチームを引っ張ること。ラグビーから学んだことが、その後の人生でも生きている」と振り返る。
今でも東大阪花園ラグビー場である冬の風物詩、全国高校ラグビーを毎年、テレビ観戦することは「魂の浄化」だという。「高校生たちが全力で、涙流しながらプレーするのを観て、昔の自分を思い出す。大人になった自分はいまも涙流すくらい真剣に、仕事しているだろうかと問い直す」のだという。
星野と松尾。そんな異才がラグビーを通じて30年後にまたつながった。
松尾は振り返る。「星野が東芝ブレイブルーパス東京のプロデューサーに就任してすぐ、1回試合を見てくれと言われて観た。味の素スタジアムであったサントリー・サンゴリアス戦。そのあと、自分だったらこうした方が楽しい、こう変えるという改善点を20数か所レポートにして提出した。そうしたら、じゃあ、クリエイティブディレクターをやってくれ、と言ってもらえて」「ラグビーにかかわれる、お手伝いができるなんてこんなにうれしいことはない」。星野のオファーに松尾はクリエーティブディレクター拝命を即決した。リーグワンのチームで、バレーボールやバスケットボールなど他競技の演出実績がある代理店やプロダクションに外注することはあっても、個人のクリエイティブディレクターをアサインし、コンセプトづくりからチームのブランディングを包括的に伴走させるのはレアケースだ。

当初は不評だった「和風」テイスト
ただ、創部70余年の「東芝」の伝統に新たな改革のエッセンスを加える当初のチームブランディングは多難だった。出身国やバックグラウンドが違う選手がチームに多数いて、国際的にも多様性の象徴スポーツでもあるラグビー。松尾の提案のなかから、薫田真広GMらがチームOBにも諮ってチームスピリットと定めた「猛勇狼士」には、一部の選手から「ダサい」という声が漏れ、東芝本社からも「なぜ和風なのか?」というネガティブな声も聞かれた。
試合中の応援コール「ブレイブ、ブレイブ、ブレイブルーパス!ワオー(オオカミの鳴き声)」も松尾の「作品」だが、当初はファンから「はずい(恥ずかしい)」「大の大人が、ワオー!なんて気が狂ったみたい」などと失笑されたこともあった。それが今はどうだろう。秩父宮ラグビー場ではスタジアムDJの音頭に先駆けて、自然発生的にコールが飛び交う。「子どもが楽しそうに叫び始めて、大人もそれに続いて叫んで、非日常を楽しむ。狙い通り」と松尾は笑う。

「世界有数のユニークなクラブ」の理念に立脚
この3年、東芝ブレイブルーパス東京がブレずに独自路線のブランディングを継続してきた背景には「世界有数のユニークなラグビークラブになろう」というソリッドな理念があるからにほかならない。求めているのは強さだけでなく唯一無二のチーム。日本を飛び越えて世界で有数のユニークなラグビークラブになるというその信念が、新しいものが阻まれがちなノイズをかき消してきた。
クリエイティブディレクターの松尾も救われた。「ネガティブな反応があるということは、『強い表現』の裏返し。でも選んでいただけなければ、それは世に出ていかない。それを荒岡義和社長、薫田真広GM、釜沢事業運営部部長、星野プロデューサーたちは『やってみましょう!』と素直に聞いてくれた。懐が深いというか、東芝はフロントにも胆力があった」

クラブハウスに金星の準備
東京・府中市にある東芝ブレイブルーパス東京のクラブハウスの壁には5月15日、2024年シーズンの星型のフレームが設置された。優勝すればそれが金色に塗りつぶされる。トッド・ブラックアダーHCの「今から選手を鼓舞したい」というたっての希望だったといい、薫田GMから松尾に相談があり、松尾はその設置に立ち会った。

「いままで、プロ野球の阪神ファンが優勝して道頓堀に飛び込んだり、連敗してやけ酒したりする気持ちが分からなかったけれど、東芝ブレイブルーパス東京に3年関わった今ならわかる。負けると、次の週の精神状態に影響する」と松尾。プレーオフからは興行権はチームから離れ、日本ラグビーフットボール協会とジャパンラグビーリーグワンの主催となるため、準決勝、決勝当日は「試合演出」のミッションはなし。「猛勇狼士」の連覇を信じて、スタンドから全力で声援を送る。

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