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【パリ五輪閉幕】日本勢が健闘 金メダル20個で米、中に次ぐ3位

スタッド・ド・フランスで開かれた2024年パリ五輪閉会式で、旗手を務める女子やり投げの北口榛花と男子ブレイキンの半井重幸=2024年8月11日、写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ
スタッド・ド・フランスで開かれた2024年パリ五輪閉会式で、旗手を務める女子やり投げの北口榛花と男子ブレイキンの半井重幸=2024年8月11日、写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ
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パリの聖火が消えた。第33回の夏季五輪となったパリ五輪は2024年8月11日午後9時(日本時間12日早朝午前4時)からパリ近郊サンドニのスタッド・ド・フランスで閉会式が行われ、3週間近くにわたった全競技が終了した。東京五輪(33競技339種目)より1競技10種目少ない32競技329種目が実施され、200を超える国と地域を代表する選手と、36人の難民選手団(EOR=équipe olympique des réfugiés)、国として参加が認められなかったロシア、ベラルーシの31人の中立選手(AIN=Athlètes Individuels Neutres)を合わせ、約1万1千人の選手が参加した。Pen&Sports [ペンスポ]も現地取材した。日本勢は金20、銀12、銅13の計45個のメダルを獲得した。次回の夏季五輪は2028年に米国ロサンゼルスで開かれる。

目次

レオン・マルシャン4冠、大会の顔に

大会中、仏大衆紙Le Parisienの一面を飾ったレオン・マルシャン(右)とテディ・リネール
大会中、仏大衆紙Le Parisienの一面を飾ったレオン・マルシャン(右)とテディ・リネール

パリ五輪を通じて個人で最多のメダルを獲得したのは、競泳の22歳、レオン・マルシャン(フランス)だった。200mバタフライ、200m平泳ぎ、200m個人メドレー、400m個人メドレーで圧倒的な強さを見せつけて勝ち、大会4冠に輝いた。パリでは彼のレースを放映する飲食店や街頭のテレビに人だかりができ、熱狂する場面に何度も出くわした。柔道100キロ超級金メダルのテディ・リネール(フランス)とともに、パリ五輪を盛り上げたまさに今大会の「顔」だった。

体操の男子では五輪初出場の日本の20歳、岡慎之助選手が金メダルが個人総合、種目別の鉄棒、団体の3冠を達成する快挙を達成。同じく体操の女子ではシモーン・バイルス(米国)が個人総合、団体総合、種目別の跳馬を制し、大会3冠に輝いた。陸上女子のシファン・ハッサン(オランダ)は女子マラソンで金メダル、1万メートルと5000メートルで銅メダルと、強行日程のなかロードとトラックで3つのメダルを獲得する離れ業をやってのけた。

日本勢健闘、金20個の目標クリア

409選手がエントリーした日本選手団は金メダル20個を獲得し、過去最多だった2004年アテネ大会の16個を上回った。メダルの総数45個も2016年リオデジャネイロ大会の41個を超えた。大会が始まる前、日本オリンピック委員会(JOC)は「金メダル20、総数55」という目標を掲げていたが、金メダル数で目標に達したことで、日本選手団全体としては健闘したと言っていいだろう。ただし、団体球技のメダルはゼロだった。

日本の金メダル20個は米国の40個、中国も同数の40個に次ぐ国別メダルランキング3位だった。4位は18個のオーストラリア、5位は15個の開催国フランスが続いた。(下に記事が続きます)

レスリングで最多11個、フェンシングも躍進

日本が獲得した競技別のメダルは以下の通り。

競技金-銀-銅メダル獲得数
レスリング(8-1-2)
柔道(3-2-3)
体操(3-0-1)
スケートボード(2-2-0)
フェンシング(2-1-2)
陸上(1-0-0)
ブレイキン(1-0-0)
卓球(0-1-1)
競泳(0-1-0)
セーリング(0-1-0)
近代五種(0-1-0)
飛び込み(0-1-0)
スポーツクライミング(0-1-0)
バドミントン(0-0-2)
馬術(0-0-1)
ゴルフ(0-0-1)

日本のメダル量産に最も貢献したのが13人出場して11個のメダルを獲得したレスリングだ。全6階級でメダルを獲得した女子はもちろんのこと、これまで苦戦を強いられてきた男子グレコローマンで、1984年ロサンゼルス五輪以来となる金メダルを文田健一郎、日下尚の2人が獲得したことで世界を驚かせた。レスリングはこれまで五輪の肥大化によって、幾度も五輪の実施競技から除外されることがIOCで検討されては、瀬戸際で免れてきた競技。日本はそのレスリングに助けられた。(下に記事が続きます)

IOC(国際オリンピック委員会)日本語版公式Xより

金メダル2つを含む5個のメダルを獲得したフェンシングの躍進も目覚ましかった。日本選手が初出場した1952年のヘルシンキ大会からパリ大会前までにフェンシングが獲得したメダルはわずか3つだったが、この大会だけで5つの大爆発。外国人コーチを招聘した長期的な強化が実っている。

陸上のマラソン以外の種目で初となる金メダルを獲得した陸上女子やり投げの北口榛花は、パリ五輪閉会式では急きょ、日本選手団の旗手を務めたほど、MVP級の活躍だった。

また、セーリングでアテネ大会以来20年ぶりのメダルとなった銀メダリストの岡田奎樹・吉岡美帆組をはじめ、近代五種で日本勢初メダルの銀メダルを獲得した佐藤大宗、水泳・飛び込みの男子高飛び込みで日本勢で初めて銀メダルを獲得した17歳の玉井陸斗、さらに馬術で日本にとって92年ぶりのメダルとなる銅メダルをもたらした総合馬術団体など、五輪以外では注目されることが少ない競技でも日本勢がここぞという活躍を見せた。

メダルには届かなかったが、男子バレーの日本代表は準々決勝で強豪イタリアを追い詰める死闘を繰り広げて世界のバレーファンの心をつかんだ。(下に記事が続きます)

振るわなかった競泳陣

一方、振るわなかった競技もいくつかある。陸上は北口の金メダル一つというのは物足りないし、バドミントンや卓球は期待が高かった分、もっとやれたのではという思いがある。そんななかでも、とりわけ、競泳の状況は深刻だ。メダルに手が届いたのは、男子400m個人メドレーで銀メダルの松下知之だけ。2012年ロンドン大会では11個、2016年リオデジャネイロ大会では7個を獲得したが、東京五輪では開催国でありながら、メダルは3個に留まり、今回はさらに失望させられた。

かつて平泳ぎでアテネ、北京大会の五輪2大会連続2冠を成し遂げた北島康介さんのような絶対的な選手はいない。パリ五輪では男子7人、女子は3人しか個人種目の決勝に進出できなかった。

パリ五輪本番のプールの水深が国際規格から80センチ浅いことを選手らが大会直前の公開練習で初めて知ったり、リレーの予選を終えた後、翌日にある決勝が当日にあると選手が勘違いしていたり。4年に一度の勝負をかけた準備をしているとは思えない、首をかしげるような報道も相次いだ。

世代交代、強化体制の整備、選手の意識改革。振るわなかった競技は、パリ五輪で結果を残したレスリングやフェンシングの競技団体から、成功するためには何が必要か学ぶことも必要ではないか。

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