ハンドボールの各ポジションに求められる役割、技術を、2024年9月に発足した国内トップリーグ・リーグHで活躍する選手のプレースタイルとともに紹介します。第7回はゴールキーパー(GK)。たった1人でゴールマウスを死守するポジションですが、ディフェンス(DF)やベンチ、他のキーパーと助け合いながら、阻止率を上げていきます。
下屋奏香(熊本ビューストピンディーズ)ロングシュートに強い

DFの枝(ディフェンダーの挙げた腕)と合わせながらロングシュートを止めていくのが、GKの基本です。DFが流し(右利きのシューターの場合、GKから見て左側)を消してくれたから、GKは引っ張り(同右側)のシュートを捕るというように、役割分担していきます。
花村美香(三重バイオレットアイリス)は、ロングシュートを線で捉える感覚の持ち主。ロングシュートの軌道に体を入れて、両手でペチペチと叩き落とすのが得意技です。今季はチームのDFが不安定なせいか、花村のキーピングも安定しないのが気がかりです。下屋奏香(熊本ビューストピンディーズ)は地味だけどよく止めるGK。DFとの連携や修正に長けているので、先発で出て試合を落ち着かせます。今季から正GKになった榊真菜(HC名古屋)もディスタンスシュートに強いタイプ。長年HC名古屋のゴールを守ってきた瀧澤瞳子(昨季限りで引退)と似たタイプで、瀧澤の指導もあり一本立ちしました。(下に記事が続きます)
前田優(熊本ビューストピンディーズ)ノーマークシュートに強い

立体的なDFを仕掛けると、ノーマークで打たれるリスクが上がります。またDFが崩れた時にも、ノーマークシュートが増えてきます。そういう状況でもバチンと1本止めてくれるGKがいると、チームが盛り上がります。
友兼尚也(大同フェニックス東海)はノーマークシュートに強いため、大同伝統の5:1DFとの相性がいいGK。大同で言えば、久保侑生GKコーチもノーマークに強く、大同の5:1DFの最後の砦になっていました。矢村裕斗(ジークスター東京)もノーマークに対する強さが武器。限られた出番で爪痕を残します。
前田優(熊本ビューストピンディーズ)は2年目に急成長。北林健治GKコーチが言うには「スタートはDFとの連携が巧みな下屋で試合を作って、途中からノーマークで仕掛けられる前田で勝負する」のが、今季の使い分けだとか。瞬発力があるので、ハイライト動画の常連になりつつあります。
神谷美名(三重バイオレットアイリス)は3年目で、ノーマークに強い特徴を出せるようになってきました。姉の神谷怜名(元飛騨高山ブラックブルズ岐阜)もノーマークに強かったですね。少し荒削りな動きで仕掛ける感じが、神谷姉妹の特徴です。
川島豪(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)大胆な駆け引き

ノーマークに強いGKのなかでも、動きで勝負するタイプは特に絵になります。前に出たかと思ったら、後ろに下がったりと、相手を惑わせ、術中にはめていきます。
笠野未奈(アランマーレ富山)は、メリハリの利いたキーピングでノーマークを止めます。シュートが来ない段階ではある程度流しておきながら、シュートが来るとわかったら長い手足でダイナミックに詰めていきます。DFが崩れた時に強いタイプなので、後半で一発逆転を狙う場面で重宝します。
川島豪(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)は2024年8月に日本代表に初めて呼ばれて、チャンスをつかみました。代表のゾラン・ジョルジッジGKコーチの指導がはまり、大胆に仕掛ける特徴が際立ってきました。法政二中(神奈川)では軟式野球部のエースだった「遅咲き」ですが、運動能力とのびしろがあります。法政二高(神奈川)が2017年に高校三冠を達成した時のGKでもある高橋海(大崎オーソル埼玉)は、高校では川島の1学年先輩。前に出ると見せかけて下がったりといった大胆な駆け引きが、大崎に入ってからは影を潜めていましたが、今季は「らしさ」を取り戻しつつあります。「チームを勝たせるGKになりたい」と、普段の取り組みから意識しているナイスガイ。後輩の川島に負けていられません。 (下に記事が続きます)
下馬場燦(香川銀行シラソル香川)勝負の節目に強い

ノーマークに強い特性が洗練されていくと、勝負の節目を制するGKになれます。退場者が出た時間帯や、味方のミスから逆速攻を食らった時など、ピンチの場面で1本止めて、場の空気を支配します。
中村匠(豊田合成ブルーファルコン名古屋)がピンチに強いのは有名です。退場者が出たり、ちぐはぐな判定で7mスローになったりした時に、集中力が一段と高まります。ここで簡単に点を取られたら、嫌な流れになりそうなのを理解しているのでしょう。節目での阻止率が群を抜いています。
下馬場燦(香川銀行シラソル香川)も勝負の節目を理解しているGKです。本人は「ノーマークにちょっと強いだけですよ」と謙遜していましたが、止めるべきところはDFとの連携で止めつつ、ピンチの場面でのノーマークをバチンと止めて、相手の息の根を止めます。ゲームの流れを感覚的に読めている選手です。下馬場の「勝負強さ」という無形の財産があったから、香川銀行は2024年12月の日本選手権で初の日本一になりました。
鈴木梨美(アランマーレ富山)7mスローに強い

究極のノーマークシュートが7mスローです。サッカーのPKと同じで、圧倒的にGKが不利な状況です。だから7mに強いGKでも、安定して数字を残すことは難しく、シーズンによっては阻止率が1割台に落ちるケースもあります。
家田幹太(ジークスター東京)は、長い手足で7mスローを止めまくります。今季は目立った成績を残せていませんが、「家田と言えば7mスロー」のイメージが強い選手です。
鈴木梨美(アランマーレ富山)はシーズンの折り返しを過ぎても、7mスロー阻止率が5割超えのハイアベレージをキープしています。7mスローを含めた「節目の1本」に強い選手で、「GKを替えてすぐの1本目が大事」という菊池啓太GKコーチの考えを、プレーで表現できています。犀藤菜穂(北國ハニービー石川)は7mスローを止めて、ニコニコの笑顔で盛り上がるまでがワンセットです。(下に記事が続きます)
邉木薗結衣(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)身体能力抜群

昔の高校界の名将は「GKはでかくて運動神経の鈍いヤツがええ。早く動きすぎないから」と言っていました。今では運動神経のいいGKが多くなり、アクロバティックなキーピングで会場を沸かせています。
運動能力の高いGKの走りとも言えるのが甲斐昭人(ジークスター東京)です。甲斐の登場以降、運動能力の高いGKが日本に増えました。岩下祐太(ジークスター東京)も、高い運動能力を誇るGKです。身のこなしだけでなく、自分の立ち位置を俯瞰で感じ取る力があるから、身体能力任せにはなりません。西原雄聖(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)、島袋翔(琉球コラソン)の沖縄コンビは、同学年でともに腕を競い合った仲。2人ともやや小柄ですが、抜群の反応とスローイングで、チームを勢いづけます。
邉木薗結衣(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)は高い運動能力を生かして、ノーマークシュートを阻止します。大の字ジャンプをかわされたあとに、もうひと跳びしてセーブするなど、超人的なジャンプ力が持ち味です。いい意味でDFを信じすぎずに、ロングシュートを反応でセーブする感性も優れています。
原口宙輝(安芸高田わくながハンドボールクラブ)ファイター

闘志を前面に押し出すGKは、チームの士気を高める存在です。同じ1本のセーブでも、流れを変えるだけの付加価値があると言っていいでしょう。
原口宙輝(安芸高田わくながハンドボールクラブ)は闘志あふれるプレースタイルが持ち味。俊敏に動いて、吠えて、パスを出して、アップテンポな攻撃を志向するわくながの起点になります。身長がちょっと足りない以外は、GKに必要な要素を兼ね備えた選手です。雄叫びで有名なのが加藤芳規(ブレイヴキングス刈谷)。連続セーブでピンチを救い、ベンチに向かって吠えるまでが、一つの様式美。ベテランになっても変に恰好をつけることなく、毎回全力で叫んでいます。衣笠友貴(富山ドリームス)は見た目どおりの「大阪の兄ちゃん」みたいなキャラで、盛り上げ上手。小柄な桑原美紗季(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)は、限られた出番でもファイトする姿勢を見せてくれます。(下に記事が続きます)
関口勝志(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)データ重視

同じ選手と何度も対戦していると、シューターの傾向が見えてくるので、GKが有利になります。特に勝負どころでは、相手の癖が出やすくなります。相手の性格も含めて、ベテランのGKはデータをフル活用して止めています。
関口勝志(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)は大きくておっとりした性格もあり、若い頃はよくも悪くも「つかみどころのない」GKでした。ところがリーグでの対戦データが蓄積されて、30歳を過ぎてからは年を追うごとに勝負強いGKになりました。「大事な場面ほど、データが物を言うんですよ」と関口は言います。39歳になった今でも、いつの間にか相手を絡め取るようなキーピングで、唯一無二の存在感を放っています。
宝田希緒(ブルーサクヤ鹿児島)は若くしてデータの鬼です。学生時代からのキャリアがあるので、同年代の選手に強さを発揮します。當野勢十郎(アルバモス大阪)はデータというよりも、チームの戦い方に忠実なGK。銘苅淳監督が決めた「こういう守り方で、こういうシュートに追い込もう」という戦術に沿って、余計なエゴを見せずに、最後までやり通します。
岡本大亮(ブレイヴキングス刈谷)ヨーロピアンスタイル

本場ヨーロッパのGKは洗練されています。長い足を顔の高さまで上げて、ダイナミックなキーピングで会場を沸かせます。海外の動画を手軽に見られる機会が増えたこともあり、ヨーロッパのGKを真似る選手も増えてきました。
岡本大亮(ブレイヴキングス刈谷)は、顔の高さまで足を上げる止め方が代名詞。ユニフォームの着こなしもヨーロッパ風で洗練されています。2025年1月の世界選手権では阻止率が20%台で終わったとはいえ、内容のあるキーピングを見せていました。世界で止めるGKまで、あと一歩のところにきています。坂井幹(大崎オーソル埼玉)は国際仕様のGK。初見の相手が多かったり、DFが崩された時に、いいパフォーマンスを発揮します。(下に記事が続きます)
フレヤ・ハマー(アランマーレ富山)圧倒的サイズ感

ハイコーナー(ゴールの両上隅)に手が届く大型GKは、世界では当たり前。長い手足でゴールマウスをカバーされたら、シューターの打てるコースがほぼなくなります。
身長186㎝のフレヤ・ハマー(アランマーレ富山)はデンマークの強豪・オーデンセの第3GKでしたが、実力は十分にワールドクラス。サイドシュートでは頭の上のボールに両手を閉じて対応し、相手を手詰まりに追い込みます。こういう大型GKとの対戦は、リーグH全体のレベルアップにも役立つでしょう。アランマーレは本当にいい補強をしました。
泉幸歩(大阪ラヴィッツ)は176㎝の身長以上に、長い手足が映えます。今季は要所で止めているので、勝てるGKに近づいてきました。189㎝の今井寛人(安芸高田わくながハンドボールクラブ)は、近い将来日本代表に選ばれておかしくない逸材。スローイングに課題はあるものの、もっと実戦経験を積ませてほしい選手です。順調に育てば、かつての志水孝行(元湧永製薬)のような支配力を持ったGKになれるでしょう。194㎝の楢山修平(安芸高田わくながハンドボールクラブ)、190㎝の野上遼真(アースフレンズBM)、177㎝の舟久保朱音(北國ハニービー石川)も、恵まれたサイズで勝負できるGKです。
榎和奏(イズミメイプルレッズ広島)変則的な捕り方

セオリー通りの捕り方は大事ですが、それだけでは試合に勝てません。ちょっと気の利いたシューターが相手になると、完全に後手に回ってしまいます。そこでセオリーとは違う変則的な捕り方が大事になってきます。
榎和奏(イズミメイプルレッズ広島)は賢い選手なので、人とは違った捕り方で勝負します。セオリーではエースに打たせないように守りますが、榎の場合はわざとエースに打たせるようにDFを整備して、あえてエースと勝負します。いいシューターでも、何本も打っていくうちに「今日はもう打てるシュートがない」状態に陥ります。エースはそれでも打たないといけない役割なので、打てば打つほど榎の術中にはまります。一見相手のペースのようで、実は榎がコントロールしているという、高度なGK戦術を得意としています。個人で配信しているラジオからも、榎の賢さ、視野の広さはよくわかります。(下に記事が続きます)
田口舞(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)スライディング

スライディングは簡単そうで、実は意外と難しい技術です。柔軟性はもちろんのこと、膝カックンのように力を抜くコツがわかっていないと、とっさの場面で使えません。
スライディングが美しいのは、リーグH女子最年長の田口舞(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)です。柔軟な股関節を生かして、下のボールを足で止めます。長年リーグでプレーして「田口は下に強い」とみんなわかっているはずなのに、なぜか田口に下のシュートを捕られてしまう――。そんなシーンを何度も見てきました。ちょっと考えすぎたり、ハイコーナーが苦手だったりといった弱点も、時間をかけて克服し、円熟の境地に達しています。榊真菜(HC名古屋)、千葉夏希(三重バイオレットアイリス)の若い2人は、170㎝オーバーの上背があるのに、スライディングを得意としています。
馬場敦子(北國ハニービー石川)スローイング

GKは速攻の起点。アメフトのQB(クオーターバック)のようなGKがいてくれると、速攻のパス出しで簡単に数的優位を作れます。
GKのスローイングなら、馬場敦子(北國ハニービー石川)が日本の女子のナンバーワン。ディスタンスシュートを両手でキャッチして、ロングフィードでワンマン速攻に持ち込みます。攻守の切り替えの早さは、須東三友紀(旧姓寺田・GKコーチ)から馬場敦子へと受け継がれた、女王北國の伝統です。碓井鈴果(香川銀行シラソル香川)もパス出しのいいGK。低く鋭いライナーパスで、味方の速攻を後押しします。
中村匠(豊田合成ブルーファルコン名古屋)、原口宙輝(安芸高田わくながハンドボールクラブ)の福岡大学OBは、スローイングのよさでも有名です。特に中村匠は、左手でもかなりの遠投能力を誇ります。中村光(レッドトルネード佐賀)、島袋翔(琉球コラソン)は速攻が大好きなGK。大道滉平(ゴールデンウルヴス福岡)は、コートの横40mをライナーで届かせる強肩の持ち主です。
宮城風太(豊田合成ブルーファルコン名古屋)優秀な2番手

メインのGKの調子が悪い時に、サッと出てきて仕事をしてくれる頼もしい存在。強いチームには必ず、優秀な2番手GKがいます。あまりエゴを出さず、飄々としたタイプが、2番手に向いているような気がします。
2024年12月の日本選手権決勝では、宮城風太(豊田合成ブルーファルコン名古屋)が存在感を示しました。絶対的守護神・中村匠が当たらず、最大7点ビハインドだった試合を、2番手GK宮城が阻止率5割越えの大活躍で延長戦に持ち込み、勝利しました。合成の選手層の厚みを象徴するような存在です。小峰大知(レッドトルネード佐賀)は、同業者からの評価が高い2番手GK。確かな位置取りと面を崩さないキーピングで、淡々と試合を立て直してくれます。
犀藤菜穂(北國ハニービー石川)、鈴木梨美(アランマーレ富山)は2番手にしておくにはもったいないくらいの力をつけてきました。大山めい(ブルーサクヤ鹿児島)、山本春花(イズミメイプルレッズ広島)は、途中出場で場の空気を変えてくれます。
白築麗子(HC名古屋)メンター

GKは孤独なポジションですが、ベンチからの声があるから戦えます。経験豊富なベテランGKの言葉は、若いGKやDFにとって「天の声」です。
白築麗子(HC名古屋)はベンチに置いておくと何かと重宝するベテラン。ちょっと考え込みがちな榊真菜のよき相談役でもあり、出番があったら7mスローを2本連続で止めるなど、チームに落ち着きをもたらします。田口舞(ザ・テラスホテルズラティーダ琉球)がベンチに下がった時は、若い廣田美月の話し相手になっています。フレヤ・ハマー(アランマーレ富山)はプレーだけでなく、コーチングも一級品。スタメンで出場した時の情報をもとに、ハーフタイムでは「私はこうやって止めたよ」と、他のGKに伝えていました。相手の弱点を探る意味でも、スタートでハマーを使う価値があります。
木村昌丈(レッドトルネード佐賀)は試合の流れを見ながら、常にしゃべり続けています。DFを整備するだけでなく、流れを読んだ木村のひと言が、チームのレベルアップにつながっていると、ベテランの酒井翔一朗も言っていました。中村匠(豊田合成ブルーファルコン名古屋)は「人生のメンター」と呼びたくなるような声かけで、常に味方を励まします。どんなに試合が荒れても、負の感情を出すことなく、メンタルトレーニング的に正しい言葉を発し続ける姿は、ある種の悟りの境地です。
以上がGKの役割、特徴です。次回は最終回。ディフェンダーについてまとめます。






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