充実の布陣で、2025-2026リーグH女子優勝候補の一角に挙げられている熊本ビューストピンディーズ。今シーズンのOFを統率するのが、スペイン帰りの細江みづき(32)だ。以前日本にいた時はベンチメンバーだったが、スペインで大きく成長。今ではスタートから試合に出て、攻撃をコントロールしている。彼女の成長と、内面の充実ぶりを、多くの人に知ってもらいたい。
三重バイオレットアイリスでは「起爆剤」

スペインに渡る前の細江みづきは、身体能力が高く、脚力を生かしたプレーが持ち味だった。日本体育大学の辻昇一監督にトップDFを教わっていたこともあり、5:1DFのトップで動き回る姿には華があった。鮮やかなパスカットからのワンマン速攻で会場を沸かせる。攻撃では主にライトバックに入り、キレのいいフェイントで1対1を抜いていく。当時の櫛田亮介監督(現・中部大学男子監督)は、今風に言うと「ゲームチェンジャー」の役割で細江を起用していた。長時間使うと粗が出るが、短時間でインパクトを残すにはうってつけ。ベンチからの起爆剤になり、チームを盛り上げていた。
目立ちたい、でも中身が

しかし当時の細江は、やや詰めの甘い選手でもあった。パスカットからの速攻だったり、鮮やかなカットインですり抜けたあと、あっさりとシュートを外してしまう。そういう部分も含めて「みづきらしいね」と言われてしまう選手だった。
性格は無邪気でお調子者。大きな目をキラキラさせて、カメラを見つけたらすぐに寄ってくる。目立つことが大好きで、「インタビューしてください!」と売り込んでくるのだが、いざ取材となると、芯を食った答えが返ってこない。言いたいことがまだ整理されていないのか、こちらの問いと細江の答えがなかなか噛み合わない。
スペインに渡る直前、細江は後輩の岩見佳音(現GKコーチ)に「密着映像を撮ってほしい」と依頼した。岩見は一日中細江を追いかけ、ビデオを回したが、チームメイトと絡む場面はいつもグダグダで終わってしまう。長時間撮影したにもかかわらず、あとで映像を見直した岩見は「撮れ高がない」と頭を抱えていた。
とにかく目立ちたいけれど、やっていることは成り行き任せ。ノープランでぐいぐい前に出てくる感じは、ルー大柴の芸風にも似ていた。(下に記事が続きます)
「必ず海外でプレー」2020年に成就

とはいえ、海外に行く時はしっかりと準備していた。長期休暇のタイミングでハンガリーやドイツに渡航するなど、下調べに余念がなかった。最終的にはエージェントを通じて2020年シーズン、スペインのロカサ・グラン・カナリアとの契約が決まった。当時から細江は「いつか必ず海外でプレーするんだ」と公言していた。チーム内ではレギュラーではなくても、「必ず行ける」と信じて疑わなかった。
セルフイメージが萎縮しないところが、細江の長所なのかもしれない。当時の三重バイオレットアイリスはメンタルトレーニングを導入し、いい意味での「勘違い力」で躍進していた。その象徴とも言える一人が細江だった。根拠のない自信でいい。自信の卵をそこに置けば、あとは結果という名の鶏が生まれて、また次の卵を産み落としてくれる。根拠のない自信から生まれた一歩が、スペインでの5年間となり、細江みづきのハンドボール人生を大きく変えた。
32歳、熊本で「司令塔」

2025年6月、熊本ビューストピンディーズが細江の獲得を発表した。得点力不足に苦しむ熊本が、攻撃のオプションを増やすために細江と契約した。求められる役割は司令塔。セットOFが手詰まりになりがちな熊本の攻撃陣を統率し、全体の得点を伸ばしていけるか。32歳になった細江にかかる期待は大きかった。
「日本に戻るんで、また取材してください」と、細江は相変わらず人懐っこい。「中身が充実していたら、話を聞きますよ」と言ったら、「(スペインでの5年間で)中身が詰まり過ぎてはみ出ています」と返ってきた。果たしてプレーや内面は成長しているのだろうか。昔を知る人間からすると、期待半分、不安半分といったところである。(下に記事が続きます)
開幕スタメン、スペイン流さく裂

2025年9月の開幕戦(大阪ラヴィッツ戦)。昨季までの正センターだった須田希世子がケガをしたこともあり、細江はスタートから出場した。熊本の最初の攻撃で、細江は自らのカットインで得点を挙げる。2025~26年シーズンの熊本のファーストゴールは細江だった。「最初は絶対、自分で決めようと思っていた」と話すあたりが、実に細江らしい。
自己主張の強さは相変わらずと思っていたら、そのあとの細江は上手に周りを生かしていく。特にピヴォットのグレイ クレア フランシスへのパスが見事だった。様々なバリエーションで、ピヴォットにパスを落としていく。昨季までの熊本は、ピヴォットにパスを落とせる選手が米澤綾美ぐらいしかおらず、国内最強の攻撃型ピヴォットのグレイが「宝の持ち腐れ」になっていた。細江が加入したことで、グレイが生きる。グレイだけでなく、宇野史織らがピヴォットに入った時にも、パスが落ちるようになった。チームにとって大きなプラスで、何よりも細江がピヴォットを生かせるようになっていたのが、大きな驚きだった。
「スペインでは毎年違う人とプレーしていたので、その人の特徴であったり、何が得意なのかを早く察知して、試合で出させてあげるよう心がけていました。それがプレーメーカーの役割だと思っています。『この選手が入った時には、こうする』と考える力は、向こうでついたのかな」
自分で行くところは積極的に1対1を仕掛け、周りの選手のよさも引き出す。5年前の姿からは想像もつかないほど、細江は「いい司令塔」になっていた。
課題は「当たられないDF」への慣れ

2025年9月23日、古巣の三重バイオレットアイリスとの対戦では、細江はあまり調子がよくなかった。それでも苦しい時間帯をしのいで、最終的にチームを勝たせている。
「久しぶりの(三重県の)鈴鹿は変わりすぎて……。古巣相手という意識はあまりありませんでしたが、楽しくプレーはできました。日本のあまり接触しないDFに、私がまだ対応できていないので、そこが課題かな。私がスペインで求められていたのは、ステップシュートからの1対1だったり2対2。スペインは1対1や2対2でゴリゴリと接触するので、パスだけで捌く場面がほとんどありませんでした。日本の接触しないDFに対するパスゲームは、シーズン中に修正していこうかな」
スペインのハンドボールはとにかく1対1の強さが求められる。パス回しの美しさで勝負するデンマークなどとはスタイルが違うし、当たりの強さは日本とは比べ物にならない。細江も5年間で、かなりスペイン仕様になったようだ。(下に記事が続きます)
あくまでも人生の一部

メンタル面でも、スペインで学んだことが生きている。いつも前向きな細江も、スペインに渡った当初は落ち込むことが多かったという。
「私が『試合でミスったな~』と落ち込んでいるのに、スペインの子はミスしても落ち込まない。なんなら試合後に踊っていたりするんです。そういう姿を見ていたら『なんで私、悩んでいるんだろう?』と思ったりしたし、チームメイトも『大丈夫。あなたのせいで負けたんじゃないから』と声をかけてくれました。スペインの明るさ、考え方に助けられた部分はありましたね」
「スペインの考え方は、ハンドボールはあくまでも人生の一部。ハンドボールのために生きているのではなく、人生を豊かにするためにハンドボールをやっている。だからハンドボールで人生が崩れるようなら、やめた方がいい。ハンドボールが楽しいから続けているだけだし、別にミスをしても死ぬ訳じゃない。そう励ましてもらえたのがよかったですね」
ハンドボールは人生の一部。ミスをしても死ぬ訳じゃない。一部の言葉だけを切り取って伝えられても、なかなか日本人には響きにくい。根本的な考え方を理解したうえでもう一度聞けば、腑に落ちる。
ハンドボールは人生の一部だから、練習は長時間にならない。ハンドボールの上手な選手が王様で、下手な人間には発言権がないといった気質にもならない。試合は試合で一区切り。反省はするが、失敗を日常生活に引きずらずに、上手に気分転換して、このあとの生活を充実させていく。ハンドボールはあくまでも、人生を豊かにするためのツールのひとつ。だが試合になれば100%全力でぶつかっていく。練習も限られた時間で100%集中する。そういうメリハリがあるから、その場その場での切り替えも自然とできるようになる。 (下に記事が続きます)
人生謳歌、チーム変える予感

もともと海外向きだった細江のメンタリティは、スペインでさらに磨きがかかった。
「スペインの水は、思った以上に自分に合っていましたね。思った以上にスペイン人になって帰ってきました(笑)。これからも、みんなにいい影響を及ぼせるようにがんばります」
いい選手になって、日本に帰ってきた。それ以上に人間として中身が充実してきた。言葉よりもプレーで、プレーだけでなく人生を謳歌する姿で、チームを変えてくれそうな予感がする。
細江 みづき(ほそえ・みづき) 1992年12月10日生まれ、岐阜県下呂市出身。166センチ。ポジションはセンター。岐阜県立益田清風高校~日本体育大学~飛騨高山ブラックブルズ岐阜~三重バイオレットアイリス~ロカサ・グラン・カナリア(スペイン)~サンホセ・オブレロ(スペイン)~BMモルベドレ(スペイン)~熊本ビューストピンディーズ。元々身体能力が高く、1対1の強い選手だったが、スペインでの5年間で大きく成長し、司令塔らしさを身につけて帰国。2022年にはヨーロピアンカップで優勝している。
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