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【ビーチハンドボール】豪州在住のDF森田恭子、「本場の技を日本で」の情熱

ビーチハンドボールの森田恭子
全日本ビーチハンドボール選手権でプレーする森田恭子(右)=2023年9月、久保写す
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体育館ではなく砂浜でプレーするビーチハンドボール。日本ではまだ競技人口が多くありませんが、攻撃(OF)側が有利で、得点が入りやすいスポーツです。「だからこそディフェンス(DF)が大事」だと、豪パース在住のDF・森田恭子は力説します。愛知県碧南市で2023年9月、開かれた全日本ビーチハンドボール選手権にも豪州から駆けつけ、本場の技と経験を惜しみなく披露しました。彼女の情熱を紹介します。

目次

豪・パースから全日本選手権へ。中部空港からビーチ直行

ビーチハンドボールの森田恭子
2018年の全日本ビーチハンドボール選手権より(後方が森田、久保写す)

森田恭子を初めて見たのは、2018年の全日本ビーチハンドボール選手権(愛知県碧南市)でした。手足の長い女子選手が遅れてやってきて、眠そうな顔をしていたのが印象に残っています。

なんでこんなに眠そうなんだろう。それとなく聞いてみると、森田は豪州から中部国際空港に到着して、そのまま会場の碧南ビーチに駆けつけたというのです。森田が暮らす豪州西部のパースと日本の時差は1時間。とはいえ長距離移動で疲れもあるでしょう。それなのに森田は灼熱の太陽のもと、DFでハードワークしていました。

豪州で教員をしながらプレー

ビーチハンドボールの森田恭子
西オーストラリアでの練習風景(写真は本人提供)

その後もビーチハンドボールで森田と会う機会がありました。日本での大会なのに、結構な頻度で遭遇するのです。眠そうだったのは初対面の時だけで、長旅の疲れがなければ陽気でおしゃべりです。話をするうちに、すごい人だと分かってきました。

森田は香川県の出身で、高校卒業後に豪州に渡りました。パースにあるエディス・コーワン大学を卒業し、現地で教員をしているとのこと。豪州でビーチハンドボールに触れ、大柄な選手を守るにはどうすればいいかを日々考えながら、トレーニングに励んでいるというのです。

元日本代表・中谷と2016年、ゴールドコーストで出会う

森田と中谷が初めて出会った、2016年の豪州での大会(写真は本人提供)

なぜ日本まで来るようになったのか。時は2016年にまでさかのぼります。ビーチハンドボールの日本代表だった中谷香織(KUNOICHI)がふらっと単身で参加したゴールドコーストの大会で、森田とチームメイトになったのです。お互いに「日本人がいる!」と意気投合し、そこから交流が生まれました。旅館のアルバイトでお金を貯めて、豪州の大会に1人で飛び込んでいく中谷。豪州の大学を出て、現地でプレーを続ける森田。日本のビーチハンドボールは、こういう偶然、出会った選手の熱い思いによって発展してきたのです。

それ以降も森田は、日本の大会や練習会にもこまめに顔を出すようになります。日本のビーチハンド仲間も増えました。「恭子さん、オーストラリアって、四国でしたっけ」と言われるくらい、まるで国内のような頻度で日本にやってきます。「日本でビーチハンドボールをするために、オーストラリアで仕事をしています」と言う森田は、とても楽しそうでした。

長いリーチいかしたDFの達人。2019年、日本代表ならず

ビーチハンドボールの森田恭子
2019年の日本代表セレクションでは、DFで存在感を示した(写真中央が森田、久保写す)

森田のすごみを改めて感じたのが、2019年の日本代表セレクション(千葉・富浦海岸)でした。豪州からやってきた森田は、長いリーチを活かしてシュートを防ぎます。ビーチハンドの言葉でいう「シャット」の技術が抜群でした。きちっと両腕をそろえて、シュートコースを制限しています。素人が見ていても「こっちのコースをDFが消しているから、GKは残りのコースだけ絞ればいいのか」とわかるくらい、理にかなったプレーをしていました。

渡航費用の問題などもあり、森田は日本代表には選ばれませんでした。セレクションで一番上手いDFをしている選手が選ばれないなんて……。なんとも釈然としない選考会でしたが、森田は「ビーチハンドでは点を取るのと同じくらい、DFのスキルも重要です。日本のビーチハンドが、DFで盛り上がれるようになるといいですね」と言っていました。自分のDFにプライドを持っているから、ちょっとやそっとでモチベーションが下がることはありません。

コロナ禍をへて2023年、「日本通い」再び

ビーチハンドボールの森田恭子
森田(写真左)のお気に入りの一枚。2020年の豪州での大会で、決勝進出を決めたシャット(写真は本人提供)

その後コロナ禍があり、豪州と日本を気軽に行き来できない時期が続きました。コロナ禍がようやく落ち着いた2023年7月頃、森田から連絡がきました。

「9月の全日本ビーチに、大阪のチームで出場します。恭子のDFが衰えたと言われないよう頑張ります」。

国際線の飛行機を電車のように乗り回す、森田恭子が2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権に戻ってきました。豪州に留学経験のある竹村大地監督が作ったチーム「ラコルタ大阪」に、縁あって参加するとのことでした。

ラコルタ大阪で全日本ビーチ出場。元日本代表の望月が相棒

望月(写真左)と森田(右)がシャットに跳ぶ!==2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権で(久保写す)

ラコルタ大阪は結成2年目で、ほとんどがビーチ初心者。一緒に練習する機会もなかなか作れません。森田は練習の動画を逐一チェックして、グループLINEでアドバイスを送ってきました。

「練習の動画だけでなく、ヨーロッパ選手権の動画を一緒に見て、考え方を共有してきました。海外の選手は相手に当たられた時のアピールが上手いんです。『こういう風に当たられたら、こういうゼスチャーをしよう』なども含めて、DFでやることを意思統一してきました」

森田にとって頼もしい相棒もいました。元日本代表の望月ちひろです。ビーチの代表歴の長い望月は、以前は日本で一番強いチーム・SWAGのキャプテンを務めていました。その後は「ひとつのチームにこだわらずに、日本全体で強くなるのが大事」と考え、今回はラコルタ大阪でエントリーしました。森田と望月。ビーチハンドの理論を伝えられる2人が、若き初心者集団に入って、どんな化学反応を起こすか。楽しみになってきました。

全日本ビーチ初戦、相手はKUNOICHI

ビーチハンドボールの森田恭子
ルーズボールへの反応、体の入れ方もピカイチ=2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権で(久保写す)

全日本ビーチの初戦で、森田のいるラコルタ大阪はKUNOICHIと対戦します。KUNOICHIの星野美佳が開いた体験会がきっかけで、ラコルタ大阪は2022年に作られた経緯があります。ある意味「師弟対決」とも言えるでしょう。

第1セットは10-7でKUNOICHIが取りました。第2セットで森田はDFを修正します。

「前半は、ウチのシューターが横から当たられているのに反則を取られなくて、なかなか点が入らない展開でした。だから後半は守りを変えました。これを日本のレフェリーにも見てもらいたい。これがビーチハンドですよ」

ビーチハンドボールは選手が審判も兼ねることが多いのですが、今大会はインドアの往年の名レフェリーが来てくれていました。ありがたい話ですが、世界のビーチの基準と異なる笛もあり、選手がフラストレーションをためるシーンが、今年は何度もありました。そこで崩れずに修正できる森田はクレバーです。

森田の修正もあって、2セット目はハイスコアながら20-17でラコルタ大阪が奪い返しました。真ん中の若い小田華を、経験豊富な森田と望月が挟むDFラインも機能しました。森田は「体力はガールズ(20代の選手)の方があるから、勢いでやってもらって、あとは私と望月の経験でなんとかする。1本でも守れたら勝ちなんで」と、2セット目の出来に納得の様子でした。

シュートアウトでGK馬塲活躍。2-1で劇的勝利

ルーズボールへの反応、体の入れ方もピカイチ=2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権で(久保写す)
対KUNOICHI戦で勝利が決まった瞬間、GK馬塲に全員が駆け寄る=2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権で(久保写す)

セットカウント1-1になった場合、ビーチハンドボールではシュートアウトで決着をつけます。GKからの送球をフィールドの選手がキャッチして、ワンマン速攻のような形で得点を競います。勝負するのは5名ずつ。5名で決まらなければ、サドンデス方式で決まるまで続きます。

ここで大活躍したのが、ラコルタ大阪のGK馬塲悠里花。ビーチを始めてまだ1年もたっていない小柄なGKが、相手のシュートを3本止めて、チームを勝利に導きました。「最後の1本は、味方が外した直後だったので、自分が止めなきゃとすごく集中してプレーできました」。

5人目のシュートを馬塲が止めた瞬間、優勝したかのような大騒ぎになりました。第3セットは6-4でラコルタ大阪が取り、準決勝に進出しました。森田は言います。「歴史ある全日本ビーチで、ちゃんとしたDFを表現することに意味があります」。創設2年目のラコルタ大阪は翌日の3位決定戦にも勝ち、歴史ある大会にその名を刻みました。

森田、DFの真髄伝える

全日本ビーチハンドボール選手権での森田恭子
仲間とともに勝利を喜ぶ森田=2023年9月、全日本ビーチハンドボール選手権で(久保写す)

2024年のパリ五輪では、ビーチハンドボールは追加競技に採用されませんでした。でも近いうちに五輪競技になる可能性を残しています。いろんな人が気軽に楽しめるのが、ビーチハンドボールの魅力。インドアとまた違った面白さがあり、やればやるほど奥が深い競技です。森田恭子はビーチハンドボールの魅力とDFの真髄を伝えるべく、これからも豪州と日本を行き来するのでしょう。

「恭子さん、オーストラリアって、四国でしたっけ?」

抜群のフットワークはこれからも続きます。

ビーチハンドボールとは ゴールキーパー(GK)1人とコートプレーヤー(CP)3人の計4人でプレーする。交代は自由。GKと同じユニフォームを着た「スペシャルプレーヤー」が攻撃参加するので、常に4対3の攻撃側有利で試合が行われる。スペシャルプレーヤーのシュートや、スカイプレー(空中でパスをもらって打つ)、スピンシュート(空中で一回転するシュート)などの創造性の高いシュートは2点になるのが大きな特徴。近い将来の五輪競技を目指している。試合は1セット10分で、2セット先取したチームの勝ち。お互いに1セットずつを取った場合、第3セットはシュートアウト(サッカーのPK戦を、ワンマン速攻のような形で行う)で決着をつける。

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