スポーツ特化型メディア”Pen&Sports”[ペンスポ]に初めて、パリ五輪を目指すアスリートが寄稿してくれました。セーリングの男女混合種目「ナクラ17級」の渡部雄貴(わたなべ・ゆうき)選手と 植田実(うえだ・みのり)選手のペアです。ナクラ17級は2016年リオデジャネイロ五輪から採用された種目で、五輪種目最速の時速約50キロのスピードが出るヨットです。
「男女混合種目」は五輪のトレンド
二人もめざす「男女混合種目」は、2016年リオデジャネイロ大会、2021年東京大会で一気に拡大した近年の五輪のトレンドでもあります。国際オリンピック委員会(IOC)が提唱する「ジェンダー平等」の流れが反映した格好です。
東京五輪では陸上、水泳・競泳、柔道、アーチェリー、トライアスロン、卓球、射撃の7競技で、団体やダブルスなどで「男女混合」が初採用。リオデジャネイロ五輪から実施されていたバドミントン、テニス、セーリングのナクラ17級を含めると10競技11種目が実施されました(下表参照)。
さらにパリ五輪では、セーリングの470級が男女別から男女混合に統合されて1種目になります。
陸上の競歩でも男女混合リレーが採用されることが決まっています。男女1名ずつの25チームが参加。マラソンと同じ42.195kmを4つの区間に分けてリレーする形式となり、男子、女子、男子、女子の順につなぐ概要が、世界陸連(WA)から4月に発表されています。
東京五輪で実施された「男女混合種目」
競技 | 種目 |
---|---|
★陸上 | 1600mリレー |
★競泳 | 400mメドレーリレー |
★柔道 | 団体 |
★アーチェリー | 団体 |
★卓球 | 混合ダブルス |
★トライアスロン | リレー |
★射撃 | エアライフル団体 |
★射撃 | エアピストル団体 |
バドミントン | 混合ダブルス |
テニス | 混合ダブルス |
セーリング | ナクラ17級 |
マイナーの課題「発信力」で克服
渡部選手が寄せてくれた原稿を紹介する前に、まずは2人の活動をご紹介しましょう。
二人はYukiとMinoriの名前のイニシャルをとってYM Sailing Team として活動中。競技力を磨きながら、セーリングの普及や支援の輪を広げるために、SNSやラジオなどを通じて独自の情報発信をしています。スタジアムやアリーナ(体育館)で行なわれる競技と違って、セーリング競技は海で行なわれるため、なかなか観客やファンの目に触れにくい。広告・宣伝効果も他競技に比べて低い。だから支援が受けにくい。そんなセーリングならではの課題を自分たちの「発信力」で変えていこうと、2人は精力的に活動しています。従来のセーリング選手とは少し違った、ユニークな発想と行動力を兼ね備えたセーラーでもあります。
渡部雄貴(わたなべ・ゆうき) 愛媛県松山市出身の28歳。 9歳のころセーリングの体験教室でセーリングに出会い「風だけで進む」魅力に取りつかれ競技を始める。 愛媛県内のセーリングクラブの第1期生として活動しながら、中2で日本代表に選抜される。 弓削商船高等専門学校でも競技を続けながら、1年間休学してセーリング強豪国のニュージーランドへ留学。ニュージーランド代表として国際試合で総合3位入賞を果たす。 山口国体(2011年)は3位入賞。現在は瀬戸内ジョイクルーズ株式会社の支援を受け、植田とパリ五輪を目指す。
植田実(うえだ・みのり) 兵庫県西宮市出身の28歳。 9歳でバレーボールを始め、大学まで打ち込む。関西大学第一高校で関西選抜、関西大学では全国ベスト16。大学を卒業後、プルデンシャル生命保険株式会社に勤務。共通の幼なじみを通じて渡部が植田に「五輪目指せるとしたらどうする?」とLINEを送信。 5年勤めたプルデンシャル生命保険を退社し、抜群の運動神経と恵まれた体格を活かせるナクラ17級で五輪を目指すことを決めた。
「リトル・ユウキ」のビッグな夢
渡部選手と、ペンスポ編集長の原田亜紀夫は元SailGP日本チームの「チームメート」の間柄でした。
2020年3月、オーストラリアのシドニーで初めて会った時には、原田がSailGP日本チームの広報、渡部選手はヨットの整備やマネジメントを担当するショアクルーでした。SailGPにはヨットの上でウインチを巻くセーリングクルーの笠谷勇希選手がいて、チームに二人の「ユウキ」がいました。そのため、渡部選手はチーム幹部から「リトル・ユウキ」と呼ばれていました。そんなリトル・ユウキはいま、まだ五輪種目になって間もない「ナクラ17級」でパリ五輪出場というビッグな夢を追いかけているのです。
渡部、植田組は神奈川県の江ノ島を拠点に活動しています。2023年6月にはスペインに遠征してトレーニングをこなし、現在は一時帰国中。8月3日からは世界選手権に出場するため、オランダに出発します。
オランダで開催される8月の世界選手権では9つの国枠が決まります。渡部、植田組はもちろんベストを尽くしますが、ここはかなりの難関。2人が最も照準を合わせる大会は12月にタイで開かれるアジア選手権です。渡部選手は「万全の状態で臨みたいです」と話しています。
渡部選手はなぜセーリングを続けるのか。そしてなぜオリンピックにこだわるのか。ここからは彼が寄せてくれた原稿を一部抜粋します。
【寄稿】夢をあきらめきれない:セーリング ナクラ17級 渡部雄貴
リオ五輪から採用された男女混合種目「ナクラ17級」で、東京五輪を目指していました。当時は別のペアと海外を転戦し、結果が出ない時期が続き、苦戦していました。それでもなんとか国内ランキングトップになりました。ところが、元所属先がスポーツ事業から撤退。東京五輪出場は叶いませんでした。
夢をあきらめきれず、2024年のパリ五輪を目指すと決意しました。2020~2022年は「海のF1」と呼ばれる「世界最速のヨット」SailGPで優勝賞金1億円を懸け、世界を転戦する日本チームのサポートに入り、経験を積みました。クラウドファンディングで資金を募り、ヨット購入に充てることができました。
現在は神奈川県の江ノ島を拠点に渡部・植田の男女ペアで活動しています。東京五輪からは船がさらに改良され、水中翼によって水面から 浮いた状態で疾走するまで進化しました。スピードは時速50キロにまで達し、五輪種目のなかで最速のヨットです。
ブラジルサッカーのように、海に囲まれた日本にセーリング文化を
なぜオリンピックにこだわるのか。それはヨットや海、自然の魅力をもっと多くの人に伝えたいからです。スポーツの力はやっぱり大きい!東京五輪を観て感じました。僕はやっぱりスポーツをやるならセーリング選手もテニス選手くらいの地位を得て、夢のあるスポーツ、文化になればいいなと思い、活動しています。
ブラジル人がサッカーを楽しむ様に、海に囲まれた日本でセーリングを気軽に楽しめるスポーツにしたい。ヨットは向かい風ですら前に進む力に変える事が出来る。だからこそ、逆風の時があっても逆手にとって前進するための力に変えて行きたい。
壁にぶち当たって行くのも変化(進化)するためのチャンスだと思います。五輪(スポーツ)というフェアな場を通して「チャレンジし続ける事の大切さ」を伝えて行きたい。僕はこのスポーツで様々なメッセージを発信して行きたいんです。
企業へのプレゼン、補助金申請…アスリートもビジネスマン
オリンピック挑戦の活動を通して「アスリートは社会人としてのスキルが必須」なんだと学びました。オリンピックに向けたスポンサー企業へのプレゼン、報告会資料作成、PR活動、補助金申請、経費精算などに加えて、アスリートに必要な筋トレ、食トレ、海上練習、海外選手との情報交換、船の整備などが必要でした。
マイナー競技であるがゆえにやる事は沢山ありますが、勉強の日々です。 事務作業にかなりの日数を費やすこともあります。思い描いていた「よし!これで毎日練習出来る」という状況とは程遠いもので、何をするにも多くの壁があるんだと実感しています。
本当に毎日が勉強です。 活動予算書を作って提出したある日、「この資料だと、どこまでを資産計上し損金で落とせるかパッと 見で明確ではありません」と指摘された事がありました。頭の中は「?」マーク。 今となっては意味が理解できるのですが、当時の自分にとって「いつ処理するか前もって仕分けして欲しい」という意味は全く分からず、苦労する時が多かったです。
「〇〇大会で優勝!」だけでは足らないスポンサー探し
練習後にパソコンを開いて資料作成しながら寝落ちした事もありました。活動を継続させていくために悩むことが多いです。通常は「〇〇大会で優勝!」など、競技で残した実績がスポンサードされる大きな要因になると思うのですが、セーリングはマイナー競技なだけに、それだけでは足りません。アスリートとしての知名度や人気、そしてSNSでの影響力やビジネス面の価値など、競技力以外の魅力に価値を感じてもらえるような選手にならなければならないのだなと気づきました。
多くのメディアで取り上げて頂きながら地道な広報を続けて少しずつファンを増やしていくことが、今後に繋がると信じて活動しています。
セーリング競技者だからこそ、海の魅力伝えたい
日本財団が行った「海と日本人に関する意識調査」(2022年)では、15歳~69歳で「海に親しみを感じる」と答えた人は2022年は37%で、2019年と比べると7ポイント減少となっています。海を舞台にする者として何とかしたい!そんな思いもあり、セーリング競技者だからこそ知っている海の魅力を積極的に発信しようと思っています。
五輪のセーリング競技とは 帆(セール)の表面を風が流れる時に発生する揚力を使って、刻々と変化する風向きや波の状況をとらえながら小型のボートを操り、海上の決められたコースを回って着順を競う。複数の艇が一斉にスタートするため、コース取りなどの戦術が重要。
パリ五輪のセーリング競技は全10種目。使用するセールボートの種類によって種目が分かれる。
・470級(混合)
・49er級(男子)
・49erFX級(女子)
・レーザー級(男子)
・レーザーラジアル級(女子)
・RS:X級(男子・女子)
・カイトボーディング(男子・女子)・ナクラ17級
ナクラ17級とは 全長5.25mの艇体が2本平行に並び、それぞれの艇体の中央部からは下に水中翼が伸びる。水中翼は内側に「く」の字型に曲がる。高さ9メートルのマストに最大で3枚のセールを展開する。水中翼で艇体を海面から持ち上げ、条件がそろえば、速度は時速50キロほどに。2人乗り。男女混合種目で、かじを握るスキッパーとクルーの役割を男女1人ずつで分担して操船する。多くのヨットは一つの艇体にマストとセールを装備するが、ナクラ17級のように艇体を二つ持つ双胴船を「カタマラン」と呼ぶ。
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