2025年6月15日のリーグHプレーオフファイナルで、ブルーサクヤ鹿児島は北國ハニービー石川を下し、リーグH初代女王となりました。15年ぶりにプレーオフを制したチームをまとめたのが、最年長のキャプテン河嶋英里(33)。若い頃から「いい選手」でしたが、10年の時を経て「いいキャプテン」になりました。
サイドからの切りの動きは一級品

河嶋英里は大阪体育大学を卒業し、2015年に三重バイオレットアイリスに入団した。櫛田亮介監督(現中部大学男子監督)の就任した年に、新人で入った河嶋は、1年目からレフトウイングのポジションをつかんでいる。
河嶋の得意技のひとつが、サイドから切る動きだった。6mライン際を切って、ダブルポスト(ピヴォット)になる動きは、ウイングの選手なら誰でもできる。しかし河嶋の動きは、ただ移動するだけではない。行く先々で、攻撃の連鎖を起こしていく。バックプレーヤーがパスを受けるタイミングに合わせて裏を走るから、DFは前と後ろの両方が気になって動けない。味方のパスとクロスするように走り、時にはスクリーンをかけて2対2を作ったりするから、DFは河嶋に寄らざるをえない。そうこうしているうちに、ライトウイングの池原綾香が余り、高確率でサイドシュートを決めるのが、当時のバイオレットの得点パターンだった。
櫛田監督はいつも「いい攻撃をすると、必ず右サイド(ライトウイング)が余る」と言っていた。左側の河嶋で攻撃の波を起こして、チーム随一の得点源である池原が右側で仕留めるパターンは、理想の形と言っていい。スコアには残らないが、河嶋は攻撃の起点であり、セットOFを整えるうえで欠かせない選手だった。(下に記事が続きます)
「お前は何もない。だからがんばれ」

河嶋は大阪体育大学時代、恩師である楠本繁生監督に「お前は何もない。だからがんばれ」と言われていた。厳しい言葉ではあるが、これも楠本監督流の愛情に満ちた表現である。河嶋は足が速くないし、高く跳べる訳でもない。シュート力は人並みで、身長も161㎝しかない。突出した武器がないからこそ、人よりも考えてプレーをしないと生き残れない。河嶋は楠本監督の言葉を胸に刻み、気の利いたプレーヤーになれるよう心がけてきた。サイドからの切りだけでなく、2次速攻のボール運びで全体をコントロールしたり、DFで牽制を入れたり、細かい部分での工夫を忘れなかった。
河嶋の気の利いたプレーを見て、「洛北高校(京都)出身者っぽい」と言う人も多かった。判断力を重視し、自分が死に役になっても周りを生かす仕事ぶりは、確かに洛北OGのプレースタイルに似ている。「でも本当は夙川学院(兵庫)出身なんですよね」と、河嶋は笑う。自分に求められるプレースタイルを追求するうちに、いつの間にか「らしく」なっているのが、河嶋の隠れたすごみなのかもしれない。(下に記事が続きます)
「私に出番はあるんですかね?」

三重でレギュラーに定着していた河嶋だったが、5年目に後輩の團玲伊奈にポジションを奪われてしまう。フィニッシャーだった池原綾香はその後デンマークに渡り、日本人で初めてヨーロッパチャンピオンズリーグに出場した。池原に代わる新たな得点源を探していた櫛田監督は、2年目の團を抜擢する。爆発的な走力があり、気迫をみなぎらせてゴールに向かう團は「スピードスター」と呼ばれ、チームの顔になった。弾き出される形となった河嶋は、働き場所を求めてソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(現・ブルーサクヤ鹿児島)へと移籍した。
ブルーサクヤに移籍したものの「私に出番はあるんですかね?」と、河嶋は不安そうだった。当時のレフトウイングのレギュラーには田村美沙紀がいた。トリッキーな逆スピンシュートなどで魅せる天才肌の田村と比べると、河嶋にはわかりやすい武器がなかった。その後もブルーサクヤは笠泉里、作田神音と、大学球界で名の売れたレフトウイングを獲得している。笠は長身で、3枚目を守れるDF力がある。作田には純正のレフトウイングらしいスピードとシュート技術がある。
河嶋は見る人によって評価が違ってくる選手だ。ハンドボールの巧さを重視する人からすれば、玄人好みな「いい選手」だが、個の強さを求める指導者からすると「1対1が弱い選手」に映ってしまう。強力な一芸を持ったライバルに囲まれて、河嶋は自分らしさをアピールできずにいた。(下に記事が続きます)
リーダーシップを期待される

風向きが変わったのは、河嶋にとって9年目となる2023年度のシーズン。宋海林(ソン・ヘリム)ヘッドコーチが就任し、河嶋をスタメンで起用する機会が増えた。田村は引退したものの、笠と作田は若くて伸び盛り。この状況で、なぜ30歳を過ぎた河嶋をレフトウイングのメインに据えたのか。宋ヘッドは「河嶋はDFで気が利くし、なによりもリーダーシップがある」と、河嶋の「無形の力」を評価していた。若き才能が揃うブルーサクヤで、ベテランの河嶋は貴重な存在ではあるが、河嶋にリーダーシップがあるのかと言われると、少々疑問があった。10代から賢い選手ではあっても、チームの先頭に立って引っ張るタイプではなかった。「名脇役」とは言われてきたが、キャプテンシーや求心力はあまり感じられなかった。
2024年度のシーズンになると、宋ヘッドはチーム最年長の河嶋をキャプテンに指名した。そこまで河嶋のリーダーシップに期待しているのかと驚かされたが、河嶋自身が一番驚いているようだった。
「自分でも『こんなキャラだったっけ?』とビックリしています。高校時代のチームメートに『キャプテンをやるんだ』と言ったら、『えーっ! 想像できん!』と言われました。(バスケットボールをしていた)中学時代はゲームキャプテンを任されたことはあっても、当時の監督からは『絶対にチームキャプテンは任せられない』って言われていましたし」(下に記事が続きます)
チームの課題はリーダー不在

ブルーサクヤ鹿児島には服部紗紀、笠井千香子、金城ありさといった、日本を代表するテクニシャンが揃う。だが、いずれもプレーで引っ張るタイプであって、リーダー気質ではない。またブルーサクヤは個々の能力が高いのに、自分たちの力を発揮できずに終わることが多い。優勝候補に名前が挙がっても、ここ一番であっさりと負けてしまう。2024年5月のプレーオフ準決勝では、序盤に9-1とリードしながら、オムロン(熊本ビューストピンディーズ)に大逆転を許した。2024年12月の日本選手権決勝では、香川銀行シラソル香川のロングシュートを最後まで止められず、27-34の大差で敗れている。「こういうことが起こらないように」と、キャプテンの河嶋は周りに声をかけながら、チームをまとめていった。
ベンチからでもチームをまとめる

年が明けた2025年から、宋ヘッドはDFの大型化を図り、青麗子や笠をDFの中心に置いた。河嶋はベンチを温めることが多くなったが、ベンチからでもキャプテンの仕事をまっとうした。「後輩たちがのびのびとプレーできるように、ベンチからでも声をかけて、周りに気を配るのが自分の役割。ブルーサクヤは和気あいあいで、個人技はあるけれど、キャプテンシーのある選手が少ない。そこは一番年上の私がサポートして発言していきたい」と、役割に徹していた。チームの足りない部分をさりげなく埋めるのが、河嶋の真骨頂。コート上だけでなく、チーム全体の足りない部分までカバーできるベテランになっていた。
2025年6月のプレーオフ準決勝では、香川銀行相手に前半19分で5-12とリードを奪われたが、キャプテンの河嶋は冷静だった。「日本選手権の決勝みたいに、攻め手がない、守る手立てがないといった状況ではなかったんで。今回はいつもの動きができていないだけ。ヘリムさん(宋ヘッド)も自分たちのモチベーションを出せるように、タイムアウトを取らずに我慢していたので、私はベンチから盛り上げて、雰囲気づくりから心がけました。こっちは初戦で、香銀は昨日勝って勢いがあるから、苦しくなるのはわかっていました。それも含めて結果どおりなので、準備してきたことが出せました」。最終スコアは32-29で、ブルーサクヤの逆転勝ちだった。(下に記事が続きます)
優勝の瞬間はコートで

翌日のプレーオフ決勝の北國ハニービー石川戦では、後半29分に河嶋の出番が巡ってきた。レフトウイングに入った河嶋は、DFの裏を走る。得意の切りの動きを見せていたが、宋ヘッドがタイムアウトを取ったため仕切り直しとなった。「らしい」プレーを見せられなかったが、27-25で勝利し、河嶋は優勝の瞬間をコート上で味わった。
「一人ひとりが色んなものを背負いながら、必死でプレーする姿を見ていたら、終了5分前ぐらいから涙が出てきました。今日の決勝も不安がなかったとは言えないけれど、後輩たちが不安や緊張に打ち勝ち、コート上で戦えていました。今シーズンは走り込みを多く取り入れ、バックチェック(戻り)の意識も高めてきました。素直な子が多いチームなので、戻りの徹底を含めて、全員が共通認識を持ってプレーできていたと思います。練習への取り組みは、試合にも出るんだなと、今日改めて感じました。ハンドボールは、チームワークのあるチームが勝つ。全員が生き生きしていて、一人の得点を全員で喜べていたと思います」
河嶋にとっては、日本リーグ時代から数えて10シーズン目で初めての優勝。プレータイムは短くても、数字に残らない部分でチームを支えた河嶋の功績は大きい。チームに足りないところを補ううちに、33歳のベテランはいつのまにか「真のリーダー」になっていた。何も持たない選手が「今、私に何ができるのか」を突き詰めた結果が、自身の成長と日本一につながった。
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