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【ハンドボール】本場ドイツ1部チームを中学生10人体験、得たものとは

参加した中学生10名は、ドイツでの3試合の他に様々な体験をした=2025年2月、ドイツ西部グンマースバッハで(写真提供・牟田歩、以下すべて)
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ハンドボールの本場、ドイツ・ブンデスリーガ1部の名門チーム・グンマースバッハで、日本の中学生が様々な体験をする――。ハンドボール好きからしたら夢のようなツアーが、2025年2月16〜25日に行われました。ツアーを企画したのは、競技経験ゼロの牟田歩さん。なぜこんなツアーが実現したのでしょうか。

目次

競技歴がないから、常識にとらわれない

グンマースバッハのグジョンジグソン監督(写真左)と牟田さん

久保:牟田さんの経歴などを教えてもらえますか。

牟田:僕自身はハンドボール経験がなくて、教員になってハンドボール部の顧問を引き受けてから、ハンドボールの魅力にどっぷりはまりました。勤務していた中学校がトヨタ車体(ブレイヴキングス刈谷)の近くだったので、当時車体にいた銘苅淳さん(現アルバモス大阪監督)にも良くしていただきました。その後ハンドボール部のない学校に異動になり、学校教育のジレンマを感じたりすることなどが重なって、「地域の子供たちにスポーツ教室やハンドボール教室をやれないかな」と思うようになり、教員を辞めてハピネス・スポーツクラブKOTAを立ち上げました。

久保:ちなみに学生時代はどの競技を?

牟田:野球でした。野球に限らずスポーツ全般が好きで、新婚旅行ではバルセロナのカンプノウにサッカーを見に行ったりもしました。当時から海外志向が強かったのが、ベースにあるのかもしれません。

久保:愛知のスポーツクラブから本場ドイツに、どうやってつながっていったのでしょう。

牟田:最初はハンドボール教室として週1回からスタートしていくうちに、子供たちに「もっと上手になりたい」欲が出てきたので、2023年4月に新たに小学生チームを立ち上げました。僕自身も指導方法をもっと学びたいと思い、ハンドボールの本場ドイツに行ってみたいと考えていました。すると偶然にも、ドイツでスポーツ留学の会社を営む秋山重來さんを紹介してもらうことになりました。秋山さんのツテをたどったところ、ブンデスリーガ1部のグンマースバッハが受け入れてくれるという話になり、1日だけですけど、グンマースバッハの練習を見に行けることになりました。2023年9月のことです。 

久保:偶然とはいえ、名門グンマースバッハと最初からつながるあたりは、引きが強いですね。 

牟田:グンマースバッハでは、トップチームのグジョンジグソン監督やアカデミーの責任者のボウルマンさんとお話して「今度もし日本からチームを連れてくることがあったら、連絡して」と言っていただきました。おそらく社交辞令でしょうけど、その言葉を真に受けて、行動に移しました。

志を持った中学生10名

今回のチャレンジツアーに参加した10名と牟田さん
今回のチャレンジツアーに参加した10名と牟田さん

久保:それにしても夢のような話を、よくぞここまで形にしました。 

牟田:世界のトップチームと関わる経験、財産を独り占めするのは、日本のハンドボール界にとってもよくない。色んな人が経験した方が、日本のハンドボールが発展すると思ったので、日本中から中学生を募集しました。

久保:今回は何人がドイツに行ったのでしょうか。 

牟田:愛知など7都府県の中学生10人です。2025年2月16日から10日間のツアーで、8日間、ドイツ西部のグンマースバッハに滞在しました。プレー動画、オンラインでの三者面談、あとは実績を見て、選考しました。特に本人のパーソナリティを重視しました。ハンドボールにかける思いや、なぜ世界に出ていきたいのかを、自分の言葉でしゃべれる子が、今回は集まりました。志の高い子が多くて、「世界で活躍したい」という子もいましたし、秋田県の子は「今回ドイツで練習方法を学んで、チームに還元して、秋田のハンドボールを盛り上げたい」と言っていたり。4人兄弟の長男の子は「僕に家族の時間とお金がかかっているから、いずれ世界に出て、その恩返しをしたい」と言っていました。

久保:牟田さんの「独り占めしない」に共鳴してくれた子が集まったんですね。

牟田:みんなハンドボールが大好きだったので、仲良くなるのは早かったですね。ドイツの子とも積極的にコミュニケーションを取れていました。

育成年代からピヴォットを育てる

事前合宿では、中部大学の櫛田亮介監督から、ピヴォットを使った縦の2対2を教わった
事前合宿では、中部大学の櫛田亮介監督から、ピヴォットを使った縦の2対2を教わった

久保:全国から集まった10人で、どのようなチーム作りをされましたか。

牟田:ドイツに行く前に、中部大学で事前合宿を行いました。中部大学の櫛田亮介監督(元三重バイオレットアイリス監督)からは「即席チームだからこそ、よりどころを作ろう」と言っていただき、ピヴォットを使った2対2を中心に教わりました。ピヴォットの2対2を準備しておけたから、ドイツに行っても「やっぱりピヴォットだよな」と感じることができました。日本の小、中学生では、ピヴォットが後回しにされがちですよね。そうなるとピヴォットを使えない。ピヴォットを守る練習ができていない。ドイツの試合では、フリーになっていなくてもピヴォットにパスを落として、ゴリゴリと退場を誘発する。それを育成の段階からやっています。

久保:日本ではベテランの指導者でも「小、中学生にピヴォットを教えるのは難しい」と悩んでいます。 

牟田:どうしても勝ちたいから、バックプレーヤーやウイングに人材を置きがちですが、それでは先につながらない。アカデミーの責任者のボウルマンさんも「ピヴォットは時間がかかるから、小学生から時間をかけて育てていく」と言っていました。ドイツでは、一番優秀な指導者が小学生世代を教えています。ハンドボールを始めたばかりの子たちに、ハンドボールの楽しみや魅力を伝えるのが一番難しいので、そこを最も優秀なコーチが受け持っています。

環境にいかに適応するか

練習では、グンマースバッハのホームアリーナを使わせてもらった
練習では、グンマースバッハのホームアリーナを使わせてもらった

久保:ドイツに行ってから、子供たちはどうでしたか。

牟田:中学生だからなのか、適応が早かったですね。今回中学生を連れて行ったのは、早い段階で世界を見せてあげたかったからです。僕の教育哲学ではないですけど、日本に凝り固まっているよりは、早い段階で世界に飛び出して、現地の人と交流してほしい。それが刺激になって、語学を勉強するのもいいし、ハンドボールで世界を目指すのもいいし、別に選手で大成しなくても、そこで身につけた経験や語学の力で、将来世界で活躍できるようなビジネスマンになってもいいだろうし。中学生は一番感受性が鋭い時期なので、中学生でやりたいなというのがありました。

久保:最近はやりのエコロジカルアプローチではないですけど、環境への適応は大事です。

牟田:ドイツでは優秀な生徒は飛び級できます。スポーツだけでなく、学校の勉強でもそうです。優秀な選手は、上のカテゴリーでやることで、どう生き残るかを考えていきます。「環境にいかに適応するか」ですよね。若い子の方が、環境に適応するのが早いなと感じました。審判の笛に慣れるにしてもそうです。2025年1月の男子世界選手権を観 見ていても、日本の選手は判定に慣れるのに時間がかかっているように見えました。

対等な人間関係とは?

肩を組んで、みんな仲良し。現地の選手ともすぐに打ち解けた
肩を組んで、みんな仲良し。現地の選手ともすぐに打ち解けた

久保:指導者と選手はフラットな関係だったでしょうか。

牟田:ハンドボールだけでなく、ヨーロッパの社会に根づいている文化ですよね。お互いを尊重しあうというか。グンマースバッハとの最初の合同練習で、アカデミーのポルトガル人のコーチがこんなことを言っていました。「この間の試合に負けた時に、お母さんに慰めてもらいに行った選手がいた。泣いたり集中できていない選手は、ここにいる資格はない。出口はいつも開けてあるから、いつでも出て行って構わない」と。それでも練習にまだ集中できていない選手がいたので、練習終わりには「今日は君と君が集中できていなかったよ。君たちにプロに上がる資格はあるのか? 明日から切り替えていこう」と言っていました。

久保:対等な関係とはいえ、育成年代からなかなかシビアですね。

牟田:そのミーティングのあとに、注意された選手はコーチの隣に行って、お互いに肩を組みながら話していました。「今日は集中できていなくて、申し訳ない。明日から頑張るから、見ていてくれ」と言っていました。コーチは「今日の君が本当の君ではないことはわかっているよ。明日からちゃんと見ておくからね」と言っていました。これが対等なんだなと感じました。日本ならコーチが一方的に上から叱るイメージがあるんですけど。

久保:日本ではまずお目にかかれない光景ですね! 

コーディネーションの重要性

育成年代でコーディネーションを重視しているから、ドイツの選手は大柄でも身のこなしがいい
育成年代でコーディネーションを重視しているから、ドイツの選手は大柄でも身のこなしがいい

久保:他にドイツで驚いた出来事はありましたか。

牟田:衝撃を受けたのはマット運動です。グンマースバッハのアカデミーでは、自分の体を使いこなせるように、体操の先生を呼んで、週1時間は体操のトレーニングをしています。体操の先生は、オリンピック代表を育てる名トレーナーです。それとフィジカルトレーニング。中学生の年代から重いおもりを持ち上げるのではなく、正しい姿勢作り、ケガしにくい体の使い方、最低限の重量を使ったトレーニング、スピードトレーニングを、週2時間~2時間半は必ずやると言っていました。

久保:マット運動は、日本の子たちもやりましたか。

牟田:一緒にやりましたが、日本の大きい子は側転できなかったです。ドイツの強みはサイズやパワーだと言われがちですけど、裏では体の使い方、ケガ予防のトレーニングをちゃんとやっているんです。アカデミーに14歳で196㎝の細い子がいたんですけど、その子も器用に側転できていました。自体重を操るトレーニングをやっているから、筋力がついた18歳以降の伸びが凄いのでしょうね。グンマースバッハのアカデミーは、ドイツ協会から表彰されるくらい優秀で、アカデミーでの育成に力を入れています。

1人の人間を育てる

グンマースバッハのアカデミー責任者・ボウルマンさん(写真右)と牟田さん
グンマースバッハのアカデミー責任者・ボウルマンさん(写真右)と牟田さん

久保:必要な時期にコーディネーションを教えるなど、育成の方針がしっかりしていますね。

牟田:グンマースバッハのアカデミーで感銘を受けたのは、1人の人間を育て上げる哲学があるところです。ハンドボール選手である前にグッドガイを育てる。ほとんどの人がトップチームの選手になれません。これだけ人数がいても、トップチームに上がれるのは1人か2人。ほとんどの選手はハンドボール選手になれずに辞めていきます。だからグッドガイを育てないといけない。プレーを教える以上に、目を見てあいさつするとか、時間を守る、仲間を大切にする、自分勝手なことをしないとか、そういう教育はしっかりやっていると、アカデミーのコーチは言っていました。

久保:日本の部活でも同じようなことを言っていますが、何かが違います。

牟田:そこは上下関係の問題かな。日本なら監督や親がやらせる。向こう(ドイツ)はあくまでも対等だから、言って、やれる子は残る。人間としてしっかりしている子が残っている。そういう印象です。「ヨーロッパは体育館で松ヤニが使えるからいいよね」といった末端の情報に振り回されがちですけど、本質は環境です。コーチのライセンス制度、選手の飛び級といった環境や、さらには教育だったり、根底にあるのはお互いをリスペクトする対等な関係。それらをすっ飛ばして、末端の情報だけで議論するのは違うと思います。

現地の学校で、同年代のドイツ人と触れ合う

現地校の図工の時間に参加。ドイツの学生と協力して課題に取り組んだ
現地校の図工の時間に参加。ドイツの学生と協力して課題に取り組んだ

久保:ハンドボール以外の触れ合いも大事にされてきたかと思います。

牟田:グンマースバッハという町が人口5万人ぐらいの小さな町で、クラブチームは地元の人に愛されているクラブチームです。町を歩いていても危険なこともなく、とても過ごしやすかったです。プログラムのコンセプトとして「世界とつながる」「世界の人と交流する」というのもあったので、現地校の訪問をプログラムに組み入れました。

久保:現地校というのは?

牟田:ドイツに住んでいる中、高生が通う学校です。英語と図画工作の2コマに参加させてもらいました。ドイツではドイツ語と英語の両方をしゃべれるよう教育しているので、授業では英語で話していました。図工ではドイツ人2人と日本人2人のグループを作ってもらって、「紙20枚を使って、重りに耐えられる橋を作れ」という課題を体験しました。向こうの生徒とも自然にコミュニケーションを取っていましたね。

久保:これも貴重な体験ですね。 

牟田:ハンドボールキャンプに行くと「俺はハンドボール選手だ」と勘違いしてくる子が出てくるんですけど、そうじゃない。君たちは学生で、世界の学生は2か国語を操って、こういう教育を受けているんだよ。それをどう感じ取るか。勘違いしないでほしいんですよ。

久保:他にもグンマースバッハとラインネッカーの試合をホームで見たり、ドイツ5部でプレーしている太田幹人選手の話を直に聞いたり、現地で3試合したり、ケルン大聖堂を観光したりと、盛りだくさんでした。

牟田:試合の方は、1試合目は相手をリスペクトしすぎて、ビビり散らかしていました。気を引き締めて臨んだ2試合目はいい試合になりましたが、シュートを決め切れず負けました。3試合目では、子供たちも力を発揮してくれました。

これからもチャレンジを続けていく

試合を重ねていくうちに、日本の中学生も自分の力を発揮できるようになった
試合を重ねていくうちに、日本の中学生も自分の力を発揮できるようになった

久保:受け入れ側の反応もよかったみたいですね。

牟田:貴重な経験ができましたし、グンマースバッハも日本人チームを受け入れるのは初めてだったみたいで、「日本人選手は熱心に質問してくれたし、私たちにとってもいい経験になった。来年以降も続けていこう」と言ってくださいました。

久保:質問ができるのは頼もしい。

牟田:特にGKの2人が、GKコーチにたくさん質問していました。つたない英語ながらも「こういう状況では、どういう風に止めますか?」と、積極的に聞いていたのも好印象だったみたいです。現地校の校長先生も「日本人が来ることはめったにないので、来てくれるのは大歓迎。また来年も」と言ってくださいました。 

久保:このチャレンジが続くことで、何かが大きく動きそうですね。

牟田:世界に出るなら早い方がいい。大学を出てからでは遅すぎます。これからは若い選手を早い段階で世界に送り出すのが、僕の仕事かな。僕一人の力では日本のハンドボールは変わらない。だったら、早い段階で選手を海外に送り出した方が、日本のハンドボールは強くなるんじゃないかな。この役割は僕にしかできないと思っています。

牟田 歩(むた・あゆむ)1982年9月6日生まれ、埼玉県出身。学生時代は主に野球をしていたが、順天堂大学卒業後に中学校でハンドボール部の顧問になり、競技経験ゼロのハンドボールにのめり込む。愛知県の正規教員で15年ほど勤務したのち退職。2019年12月、愛知県幸田町を拠点に「ハピネス・スポーツクラブKOTA」を創設する。2023年4月にはスポーツクラブから発展した小学生チーム「ハピネス・ハンドボールクラブ」を結成。同年9月にドイツ・ブンデスリーガ1部のグンマースバッハを視察し、この衝撃を中学生にも体験してほしいと願い、2025年2月には第1回のドイツハンドボールチャレンジツアーを行った。ツアーの詳細をまとめたインスタグラムはこちら

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