バレーボール男子のイタリア・スーペルレガで2024-25シーズン、14季目を迎えているミドルブロッカー、マッテオ・ピアノ(34)=パワーバレーミラノ=はモデナ時代、そして昨季までの4シーズンは日本代表・石川祐希(28)のチームメートだった。石川の素顔が垣間見えるSNS投稿で日本のファンにもよく知られた選手だ。ミラノ8季目でキャプテンとしてチームを率いるピアノは、1年契約である今シーズンを最後に引退することを公言している。2024年11月24日、約9,000人の観客を動員したウニポル・フォーラムでのペルージャ戦のあと、現在の心境を尋ねた。
モデナで3冠、2016年リオ五輪で銀メダル
スーペルレガ第9節は2024年11月24日、無敗ペルージャが逆転でミラノを1-3で破った。試合後の大にぎわいのコートで、やっと落ち着いた様子のピアノに声をかけた。
「あ、君か!」
筆者が日本人中高生の通訳として帯同した、この夏のパワーバレーミラノ公式キャンプのゲストがまさしくピアノだったのだ。ミドルブロッカーを指導する彼のデモンストレーションに日本人選手も参加したために通訳としてコートに立ち、日本人グループと一緒に写真を撮ってくれたとはいえ、あの短い時間で覚えていてくれたとはうれしいサプライズだ。
「もちろん覚えてるよ。RAI(イタリア国営放送)のインタビュー?まだ始まってないからいいよ。何から話そうか」と優しい笑顔を浮かべた。
日本人の間では、ミラノで石川選手と仲良しだったイメージが強いピアノだが、長年イタリアに住む筆者はイタリア代表で活躍する彼の姿のほうが印象が強い。
彼のキャリアは2008年、地元ピエモンテ州アスティでA2からスタートした。ピアチェンツァでのA1を経て再びA2のチッタ・ディ・カステッロへ、移籍年にA1昇格に導いた。2013年には初のイタリア代表となり2016年リオデジャネイロ・オリンピックではジャンネッリ、コラーチ(ペルージャ)、ユアンタレーナ、ザイツェフ(モンツァ)などと共に銀メダルを獲得。そして2014〜17年には名門モデナでスクデット、コッパ、スーペルコッパのタイトルを手にし、2017年以降は今もプレーするミラノへと渡った。
ユーキってどんな人?「面倒なヤツ」
2024年11月24日のミラノーペルージャ戦後、イタリア国営放送RAIにインタビューを受けるピアノ(左)と石川=いずれも中山写す
ピアノが日本ファンに特に知られるようになったのは、2014-15のモデナ、2020-2024のミラノで石川とチームメートだったからだろう。とりわけミラノでは4シーズンも共に過ごし、投稿の多いピアノのインスタグラム・ストーリーに石川が頻繁に登場した。プレー以外の石川の素の表情が見られるとあって、それが目的でピアノをフォローした人も多いのではないだろうか。
ユーキってどんな人?と聞いてみると、笑いながら「Rompicoglioni(面倒くさい奴、うっとうしい奴の意のスラング)」と答えた。「書いていいの?」と聞くと、ノーノー、と打ち消した後で「すごくいい奴。長く一緒にいて、たくさんのことを一緒にしてきた。こうしてまた会えるのはとてもうれしいよ」と顔をほころばせた。
実際、その時に行われたイタリア国営放送RAIでの2人のインタビューでもその関係性が見てとれる。今までも幾度もなく行われた試合後の共同インタビューだが、今回は初めて違うユニフォームを着て行われた。
ピアノと離れて寂しかった?とRAIのバレーボール看板実況担当コラントーニ氏にまず聞かれると、「まぁちょっとだけだけど」と答える石川。そこに「めちゃくちゃ寂しかったって言え~!」とピアノがツッコミを入れる。
その後、ピアノはファンタスティックな人物と答えると、ピアノは「幸運にも彼と10年前に出会い、共に成長した間柄だけに、こうして一流の選手になった姿を見られるのはとてもうれしい」「コートの中でも外でも一緒に楽しんで、SNSにもたくさん投稿させてもらったのが懐かしい」「ユーキは純真な人。自分のプレースタイルを確立し、全世界から模範とされるのもそこだと思う」と感慨深げに語る。最後にピアノに捧げる日本語を、の問いに石川は「最高」と答え、そのイタリア語訳を聞いたピアノは感激して石川を腕の中に抱き寄せた。放送では2分弱に編集されていたが、実際の撮影は10分近くかかっただろう。インタビューが終わるのが名残惜しそうに見えたほどだ。
普段カメラの前では口数も多くなく真面目な雰囲気の石川だが、ピアノと一緒だと表情も、声のトーンも、話し方も、肩の力が抜けた素の姿があふれ出る。やはりピアノとは本当に気が置けない関係のようだ。
2021年、ミラノはCEVチャレンジカップで優勝した=Matteo Piano 公式Instagramより
稀有なコミュニケーション能力、26歳で主将に
自分自身でどんなキャプテンだと思う?の問いに、自由で思っていることをダイレクトに伝えるキャプテン、と答えたピアノ。ちょうどその時、昨シーズンまでミラノに在籍したペルージャのロセルが満面に笑みを浮かべてピアノにあいさつにやって来た。
「俺がどんなキャプテンか聞かれてるんだけど、お前も答えてよ?」とはしゃぐようにピアノが尋ねると、「力不足だね!」と笑いながら一刀両断した。3人で爆笑した後すぐに「うそうそ、すばらしいキャプテンだよ」と訂正するロセル。石川とのインタビューでも、ロセルとのやり取りでも、ピアノと話す人は決まって饒舌になり、笑いが止まらない。誰もが楽しくなり、つい冗談を言ってしまう、それがピアノの人柄が成せる業なのだ。
実際に2017年、ミラノの会長フサロ氏はこの人柄を見込んで、キャプテンとしてピアノを呼んだ。バレーボールはサッカーなどのメジャースポーツに比べ、特に大都市ミラノではニッチなスポーツであるがゆえ、ストーリーを語り、プレー以上に笑顔と人柄で地元民にバレーボールをアピールする人物が必要だった。プロスポーツ選手では稀有なコミュニケーション能力に長けた人物であり、新しいミラノのシンボルにふさわしい人物が、マッテオ・ピアノだった、という訳だ。
まだ26歳だったピアノは自身のSNSで「新しい冒険にちょっと不安だった」と告白したが、これまでの彼のプレーヤーとして、またキャプテンとしてコート内外での活躍は言わずもがな。そして今季の契約更新の際、若い新しいメンバーが入ってくるクラブに彼の存在が不可欠だと残留を誰よりも熱望したのもフサロ会長だった。(下に記事が続きます)
夢は今も昔もポップスター
2024年6月、チームよりも早く自身のSNSで2024-25がラストシーズンだと公言した=Matteo Piano 公式Instagramより
8季目の1年を契約更新した時、ピアノはラストシーズンだと公言した。その理由を聞くと「愛する人たち、いつも支えてくれる人たち、みんなにはちゃんと言っておきたい、そう思ったから」と答えた。プロとして16年、ミラノでの8年を締めくくる最後のシーズンの目標は、個人としてはいつコートに呼ばれても準備万端で最良のプレーをすること。チームとしてはランキングでできるだけ上を目指すことだと言う。 今季、ミラノはピアノ以外に中堅のミドルブロッカーをそろえたこともあり出場機会は少ないが、背番号11がコートに入ると観客が沸き、チームがぐっと引き締まる。コート外にいても常にチームメイトにアドバイスや激励を送るなど、欠かせない存在であることは間違いない。
そして、そのプレーヤーとしての最後のシーズンを過ごしている今の心境を聞いてみると、「あまり考えないようにしているよ、考えると……(感傷的になってしまう?の筆者の問いに)うん、そうだね」と微笑んだ。
インタビューの時に周りが騒がしいと気づくと、「カーラ、あっちへ座って落ち着いて話そう」と肩を抱いてコート端に連れて行ってくれたのも、「君」ではなく「Cara(カーラ)」と親しい人向けの言葉を使ってくれるのも、ロセルを巻き込んでインタビューを盛り上げてくれるのも、全てが自然であり、嫌味がない。女たらしならぬ、人たらし。誰もが好きにならずにはいられない、そんな人だ。
そんな彼の夢は小さいころから、そして今も「ポップスター」だ。実際に彼のSNSを見ても観劇にコンサート、本の出版、ファッションブランドとのコラボと、その活動は幅広い。それでも「バレーボールはいつでも僕の舞台、将来も何かしらの形でかかわっていく」と語る。
やはり彼には、キャプテンマーク付きの11番のユニフォームが一番似合う。あと数か月、彼のラストダンスをしっかりと見届けたい。
ペンスポニュースレター(無料)に登録ください
スポーツ特化型メディア“Pen&Sports”[ペンスポ]ではニュースレター(メルマガ)を発行しています。「へぇ」が詰まった独自ニュースとスポーツの風を届けます。下記のフォームにメールアドレスを記入して、ぜひ登録ください。
\ 感想をお寄せください /
コメント一覧 (1件)
いつもインタビューを本当にありがとうございます。
ピアノキャプの人柄が良く伝わってくる内容で、仕方のない事ですが、石川選手とチームが別になってしまったのが寂しいです。少しの時間でも、2人が楽しそうなところを見ていると、今シーズンでの引退も本当に本当に寂しい限りです。他の選手たちからも慕われている事がわかる記事を、以前何かで読んだ事がありました。みんなから愛される人ですよね。今シーズンを怪我なく、そしてピアノキャプが思い描く形で過ごせますように願っています。
中山さんもイタリアでご苦労も多いかと思いますが、お身体に気をつけてくださいね。
これからも中山さんの記事を楽しみにしております。