ハンドボールのリーグH男子・ブレイヴキングス刈谷で2024-2025シーズンまでプレーしていた藤本純季(36)が、2025-2026シーズンからリーグH女子・HC名古屋のコーチに就任しました。肩書上は「コーチ」ですが、他に指導するスタッフはいないので、実質はチームの指揮官です。藤本コーチ体制で大きく変わりつつある、2025年度のHC名古屋。上編に続く下編では、リーグH開幕から日本選手権までの足取りを紹介します。
開幕から快進撃
2025年9月6日のリーグH開幕時点で、HC名古屋は藤本純季コーチ体制で行くことが決まっていました。しかし藤本コーチが所属するトヨタ車体とHC名古屋との間で、契約に関する最終調整が終わっていなかったため、正式発表がないままシーズン突入となりました。チーム側からも「新監督就任の記事は少し待ってほしい」との要望がありました。
そうこうしているうちにシーズンが進み、HC名古屋は開幕から快進撃を続けます。中断前までのリーグHでは5勝2敗の3位。10月の国民スポーツ大会では、愛知県代表として3位入賞。藤本コーチ就任の効果が目に見える形で表れていました。12月の日本選手権で、藤本コーチ直々に「『藤本コーチ』という書き方でしたら、書いてもらっても構いませんよ」との言葉をもらったので、このタイミングでの特集となりました。(下に記事が続きます)
初戦でOF大爆発

愛知県名古屋市の枇杷島スポーツセンターで行われた2025年9月6日の開幕戦で、HC名古屋は序盤から攻撃が機能しました。今季司令塔に抜擢された樋口玲於奈が、ポジションチェンジから左のアウトスペースを割ってチーム初得点。続いてはケガから復帰したエースの井桁晴香が、ミドルシュートを引っ張り(右利きの井桁から見て左側)に叩き込んで2点目。リーグ開幕に合わせて調整してきた井桁が戻ったことで、名古屋の得点力は大幅にアップしました。藤本コーチは「やっぱり井桁がいてくれると違うよね」と、エースの復帰を喜んでいました。
樋口玲於奈、位置取りで勝つ

新生・名古屋の目玉は、センターの樋口です。藤本コーチのフリーOFの考え方をいち早く吸収し、開幕戦からコート上で表現できていました。アウト割りで一度チャージ(オフェンシブファウル)になってからは、位置取りを即座に修正。ポジションチェンジで真ん中から左のワイドポジションに移動し、三重DFの1枚目と2枚目の間に立ちます。DFと被らない位置から、真っすぐにゴールめがけて突進。DFが寄ればレフトウイングの植松莉子にパスを出すし、寄らなければそのままゴールを狙います。
樋口は言います。
「藤本さんから、位置取りについて細かく教わっています。DFの正面に入るのはナシ。DFとずれた位置を取ることで、判断がとても簡単になって、プレーの精度が上がりました。シンプルだから、やっていてとても楽しいです」
リーグHのハイライトでも紹介されていた後半10分のプレーは、まさに樋口の言うとおり。樋口がDF2枚を引きつけて、バックパスで植松を余らせ、サイドシュートに持ち込みました。門山哲也(現チームディレクター)、津屋大将(引退)と「位置取りで勝つ」のはトヨタ車体(ブレイヴキングス刈谷)のよき伝統。昨季までブレイヴキングス刈谷でプレーしていた藤本コーチから奥義を伝授された樋口は、今季大ブレイクしています。
全員いいところ出た

その後も名古屋の勢いは止まりません。前半29分には、三重にミスが出たところで、ライトウイングの夏堀郁音がすかさず速攻に飛び出し、得点を決めました。「速攻に出られたのはたまたま。それよりも自分たちに『こんなに(点を取れる)力があるんだ』と驚いた試合でした」と、夏堀は自分たちのデキにビックリしていました。
後半に入ると、ベンチメンバーが大活躍。期待の左腕・塚邊美夏がクロスからロングシュートを叩き込み、レフトバックに入った屋田菜美が流しの上(右利きの屋田から見て右上)にピンポイントでロングを決めるなど、お祭り状態でした。藤本コーチも「全員のいいところが出ましたね」とニッコリ。37-25という、誰もが想像しなかった大差をつけて、三重バイオレットアイリスを下しました。(下に記事が続きます)
MVP樋口怜於奈、ゲームを支配

ホームゲーム初戦のMVPに選ばれたのは、この日9得点のセンター樋口でした。ただ点を取るだけでなく、速攻でもセットOFでもボールを配り、ゲームそのものを支配していました。「今はハンドボールをやっていてとても楽しいんですよ。藤本さんが来て、短期間でOF、DFともに賢くなれた気がします。こういう駆け引きが楽しいじゃないですか」と、樋口はウキウキしていました。
駆け引きのひとつの例が、後半15分のプレーです。三重が苦労して、ようやく森本方乃香で1点を挙げた直後に、名古屋はクイックスタートを仕掛けて、樋口で点を取り返しました。その間わずか6秒。相手を勢いづかせない、正しいクイックスタートの使い方でした。
日本選手権、ブルーサクヤ鹿児島に善戦

藤本コーチのもと、全員がシンプルに賢くプレーできるようになったHC名古屋は、その後も内容の伴った白星を重ねていきます。2025年10月の国民スポーツ大会では、愛知県代表として3位入賞を果たしました。リーグHは中断期間前で5勝2敗の3位。まだ全チームと一巡していないとはいえ、初のプレーオフ進出(5位以内)へ向けて、好位置につけています。
そして2025年12月の日本選手権準々決勝で、HC名古屋はブルーサクヤ鹿児島と対戦しました。この日のHC名古屋は7人攻撃が効果的で、鈴木姫ららが切ってダブルポスト(ピヴォット)になる動きから得点を伸ばしていきます。藤本コーチは「6対6がうまくできなかったので、セカンドプランで7人攻撃が多くなりました」と言います。とはいえ大柄な鈴木の切る動きを意識させながら、田沼美津希からピヴォットの佐藤那有にパスを落とすなど、理想的な攻めができていました。
また右にずらしながら、最後はライトウイングの夏堀で仕留める形もよく決まり、後半16分で20-16と4点差をつけてリードしていました。2025年9月のリーグ戦では、26-24でHC名古屋が勝っています。相性のよさもあり、名古屋がそのまま勝ち切るのではないか。そんな雰囲気が漂い始めました。(下に記事が続きます)
7対5で勝負に出るも

しかしブルーサクヤ鹿児島もこのまま終わりません。途中からピヴォットに入った長身の青麗子にボールを集めて、じわじわと点差を縮めていきます。序盤から好調だったライトウイング夏堀のシュートにも、GKの宝田希緒が合わせてきました。
後半25分、22-20と追い上げられた場面で、藤本コーチは指示を出します。相手に退場者が出て、CP(コートプレーヤー)が5人の時間帯で、あえて7人攻撃で勝負に出ました。ミスしたあとのリスクよりも、7対5で絶対に点を取ろうという選択です。藤本コーチは「あそこでもう1点取れば試合が決まる。勝負の際(キワ)だと思って、7対5で勝負をかけました」と言います。しかし右サイドからのシュートが止められ、突き放すことができませんでした。(下に記事が続きます)
「57分まで勝ち試合だった」

その後同点に追いつかれたHC名古屋は、延長戦で力尽き、26-31で敗れました。この試合に勝ったブルーサクヤ鹿児島は、その後も粘り強く戦い抜き、日本選手権で優勝しました。もし、この試合でHC名古屋が勝っていたら、目標だったベスト4だけにとどまらず、初優勝の可能性があった訳です。藤本コーチは「57分までは勝ち試合でしたね」と、悔しそうな表情でした。
「OFもDFもいい集中力で戦えていましたけどね。昨年まで下位のチームがここまでやれたのは自信にしてもいいが、こういうところで勝ち切れないと『惜しかったね』で終わってしまう。ここを乗り切るために、一人ひとりがもうひと皮むけないといけないし、チーム全体の厚みをつけていかないと。僕自身も、ああいう競った展開で早めにメンバー交代をさせてあげるとか、もっとアイデアが出ればよかった。選手はよく頑張ってくれている。勝たせるのが僕の仕事なので、申し訳ないな」(下に記事が続きます)
年明けからが本当の勝負

藤本コーチが就任してからの半年で、HC名古屋は確実に変わりました。でも、まだまだ勝ち慣れていないチームであることも事実です。コンスタントにベスト4に入るためには、勝負の節目を制する強さが必要になります。
今季の女子は、飛び抜けて強いチームがありません。プレーオフ出場の5枠を巡って、星の潰し合いが予想されます。藤本コーチとともに成長を続けるHC名古屋は、厳しい試合を勝ち切れるでしょうか。リーグ再開直後の3試合で、対戦相手が一巡します。1月24日のアランマーレ富山戦から始まり、イズミメイプルレッズ広島、熊本ビューストピンディーズを相手にどう戦えるかが、見どころとなりそうです。
藤本 純季(ふじもと・じゅんき)1989年3月23日生まれ、熊本県出身。都呂々中学~熊本市立千原台高校~早稲田大学~トヨタ車体(ブレイヴキングス刈谷)。現役時代のポジションはレフトウイング。柔らかく腕がしなるシュートフォームとハンドボールIQの高さで活躍し、2015年度から3年連続で日本リーグ(現リーグH)のベスト7に選ばれた。2017年度は0.733でシュート率賞を受賞。30代でバックアップに回ったが、時にはピヴォットやトップDFでプレーするなど、役割に応じて渋い働きを見せていた。ポコチャのライブ配信でも人気者で、オリジナルソングを2曲リリースしている。2025年6月のプレーオフを最後に現役引退。2025年7月からHC名古屋でコーチを務める。

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