ハンドボール女子日本代表(おりひめジャパン)は2024年4月の世界最終予選で敗れ、パリ五輪には届かなかった。中心メンバーだった相澤菜月や中山佳穂が2024シーズンはドイツに移籍するなど、それぞれが次の夢に向かっている。秋山なつみもそのひとりだ。2022年からハンガリー1部で2シーズンを過ごし、来季は同じハンガリーのソンバトヘイに移籍する。オフで一時帰国中の秋山に2024年6月、「ハンガリー体当たり」を聞いた。今回は下編で、海外で感じたハンドボールへの向き合い方、暮らしについて紹介する。
試合中に床ボコッ、隣の体育館で続行
久保:言葉だけに限らず、海外では大変なことの連続かと思います。ハンガリーで記憶に残る出来事はありますか?
秋山:公式戦の最中に、体育館の床に穴が開いたんですよ。味方のバックプレーヤーがロングシュートを打ちました。DFに当たられながらのシュートで、体勢が悪くてヒザから落ちたんですよね。その時にヒザで体育館の床を突き破りました。
久保:秋山さんはその時、どうしていましたか?
秋山:私は攻防チェンジで、ベンチにいるDFの選手と交代するために走っていました。だから穴の開いた瞬間は見ていません。ふとコートを見たら、穴が開いていて、ヒザから落ちたチームメートが、血をダラーッと流していました。幸いにも破片が刺さったとかではなく、ヒザから出血しただけでしたけど。
久保:めったにない経験ですね。老朽化した体育館だったのですか?
秋山:キレイな体育館ですよ。たまたま、当たり所が悪かったみたいで(笑)
久保:イレギュラーなことにも慣れてきましたか?
秋山:最初は色々とテンパっていましたけど、その時は「まあ、試合が止まっても、大丈夫やろ」って感じでした。床に穴が開いて中断した3~40分後には、真向かいにある別の体育館に移動して、残りの試合をやりました。
久保:みなさんタフですね。
秋山:どんなハプニングがあっても、自分のプレーをできるようにしていきたいし、言葉が少しわかるようになってきたからこそ、自分だけじゃなくてチームメートに助ける声をかけられたらいいなと思っています。(下に記事が続きます)
オフは家族と過ごすハンガリー選手
久保:ハンドボール以外にも、ハンガリーの文化などで、日本との違いを感じる部分はありましたか?
秋山:ハンガリー人はとても家族を大切にするんです。キスヴァルダの町にプレーしにくるけど、オフになったらみんな家族や恋人のもとに帰ってしまう。日本の時みたいに、友達と連れ立って、オフに遊びに行くってことはなかったですね。
久保:日本なら寮生活で、オフにみんなでお寿司を食べに行ったりとかはありますけど。
秋山:オフはみんな家族や彼氏、地元の友達などと一緒に、自分の時間を過ごす。それがハンガリーのメーンのスタイル。あくまでも「ハンドボールは生活の一部」って感じです。
久保:「生活のすべてをハンドボールに捧げる」日本とは違いますね。
秋山:文化も違えば、生活も違う。今はめっちゃ自由ですよ。
久保:自由を満喫していますか。
秋山:今までが悪かった訳ではないですけど、今までは限られた場所で、その中から出ていませんでした。決められたことをずっとやるのは、ある意味楽だし、しんどいけどできる。その枠の外に出たら自由で、何も制限がない。でも自由だからこそしんどい。自由だから、全部自分でやらないといけない。マニュアルが決まっていたら「これさえ守ればいいじゃない」で済むところを、その枠がなくなると判断が求められます。自由になればなるほど難しいのかなと思います。 (下に記事が続きます)
ごほうびは週末にコーラ少し
久保:急に自由になりすぎて、はっちゃける女子選手も、日本ではたまに見受けられます。
秋山:別にはじけてもいいんですけど、スポーツをするにあたって、やることはやらなきゃいけない。門限がないから、本人の自由になる。門限が決まっていたら、食事の管理がしやすかったりする。それぞれにメリット、デメリットはありますけど、自由になればなるほど、自己管理が難しくなりますね。
久保:お酒は好きでしたっけ?
秋山:大好きです!
久保:即答ですね。
秋山:お酒は好きですけど、自分では絶対買わないです。試合が続くし、体調管理とかを考えていたら、お酒なんて飲む暇がないし、飲んだら飲んだで疲れるし、必要ないのかなと。
久保:ハンガリーにおいしいお酒は?
秋山:ありますよ。ワインにビールに、いっぱいあります。たまに余ったお酒をもらったりもしますけど、1年ぐらい冷蔵庫に置きっぱなしになっていました。お風呂上がりに一杯とかはないです。お酒の代わりにコーラを飲んだりしますけど、それも試合後とか、週末の練習が終わったあとのごほうびに少しだけです。
久保:引退するまでストイックな生活が続くのでしょうか。
秋山:年齢を重ねたらわからないですけど、今のところは、引退してもそんな気分にはならないと思います。 (下に記事が続きます)
3季目は、もっと深く
久保:これからハンガリーで3年目のシーズンが始まります。新しいチーム(ソンバトヘイ)、新しい環境で、どういったことをやりたいですか?
秋山:英語もハンガリー語も勉強しないとと思っているんですけど、自分に強制してしまうとできなくなるので。それよりも「人を助けたい」とか「もっとコミュニケーションを取りたい」と思って語学を勉強して、頭の中で整理して出せるようにしていけたら、ハンドボールもそうですし、ハンドボール以外でもチームメートを助けたり、異国の人たちとも交流を深めていけるんじゃないかな。現地での生活ももっと豊かになるんじゃないかな。もっと若かったら「もっとハンドボールだけに集中して」となるでしょうけど、今は視点を少し変えて、もう1年ハンガリーでやってみようと思っています。
久保:パリ五輪の世界最終予選も終わって、代表活動も一区切りつきました。それでも海外でプレーを続ける意味があるんですね。
秋山:日本に戻ってもいいけど、ハンドボールをすることは好きだし、契約もしてもらえているし、これほどありがたいことはないですよね。代表のことはひとまず置いておいて、今は「ヨーロッパでハンドボールを楽しめたらいいな」という気持ちに切り替わりました。もう1年契約が取れたら、多分やりたいと思うでしょうし、これからも自分のやりたいことをやるだけです。
久保:新しいシーズンも活躍を期待しています。
秋山なつみ(あきやま・なつみ) 1994年7月23日生まれ、京都府出身。洛北高~大阪体育大学~北國銀行~キスヴァルダ(ハンガリー)~ソンバトヘイ(ハンガリー)。身長161㎝、左利き。ポジションはライトウイング。右サイドからの決定力は国内有数。早い段階から日本代表に選ばれていたが、代表ではなかなか1番手になれず、殻を破る意味もあって2022年度のシーズンからハンガリーへ渡る。キスヴァルダで2年プレーし、2024年度のシーズンからソンバトヘイに移籍した。2024年4月のパリ五輪世界最終予選メンバー。
海外でプレーするハンドボール女子日本人
海外でプレーするハンドボール女子日本人選手は、筆者が把握している範囲にはなるが、下記の通り10人以上いる(2024-2025シーズン)。
- 相澤菜月(ドイツ1部・チューリンガー)
- 中山佳穂(ドイツ1部・ツヴィッカウ)
- 佐々木春乃(ドイツ1部・ドルトムント)
- 秋山なつみ(ハンガリー1部・ソンバトヘイ)
- 三原綺乃(ハンガリー1部・キスヴァルダ)
- 渋谷優衣(フェロー諸島・ネイスティン)
- 中村桃子(フェロー諸島・STiF)
- 亀谷さくら(フランス1部・ブザンソン)
- 藤田明日香(ルーマニア1部・ヴィストリシャ・ナサウド)
- 細江みづき(スペイン1部・モルヴェドレ)
- 岩渕いくみ(韓国・SKシュガーグライダーズ)
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