ハンドボール日本選手権男子決勝は2023年12月17日、豊田合成とトヨタ車体で行われ、29-28で豊田合成が勝利し、大会4連覇を成し遂げた。豊田合成はなぜ接戦を勝ち切れるのか?なぜアクシデントがあっても乗り越えられるのか?ハンドボールライター・久保弘毅が選手のコメントと共に振り返る。
最初に流れをつかんだトヨタ車体
豊田合成とトヨタ車体の対戦は、いつももつれるイメージがあります。3月の日本リーグプレーオフ決勝では、7mスローコンテストの末に豊田合成が勝利を収めました。12月2日の日本リーグも合成が勝ちましたが、34-33と1点差でした。DFの強度が高い両チームのぶつかり合いは、今回もクロスゲームになりました。
前半の立ち上がりはトヨタ車体ペース。エースの吉野樹、打てる司令塔・北詰明未の得点などで、車体が5-2とリードしました。吉野の少し右側から決めたミドルシュートに、北詰のパスフェイクからのカットイン。どちらも「らしい」シュートでしたが、裏を返すと合成のDFが「らしくない」時間帯でもありました。
豊田合成、水町の強打で勝ち越し
その後DFを立て直した合成は、キャプテン古屋悠生の7mスローで9-9の同点に追いつきます。22分には途中出場の水町孝太郎のミドルが流しの下(右利きの水町から見てゴール右下)に決まり、1点勝ち越し。若いころは力任せに打っていた豪腕・水町ですが、アキレス腱断裂を乗り越えた7年目の今季は、的確にシュートを打ち分けています。「もうベテランなので、相手の嫌がるプレーを続けたい」と、クレバーな判断と再現性にこだわりを見せます。いつもはワイルドなひげを生やしている水町ですが、NHKの全国放送がある日本選手権の決勝では、いつもキレイに剃って臨んでいます。
合成が前半15-14。車体は点差以上の苦しさ
水町の相手とコンタクトしながらのシュートもあり、前半は15-14。合成のリードでハーフタイムに入りました。1点差のスコア以上に、車体は苦しい試合展開です。準決勝のジークスター東京戦でもあった「点の入らない時間帯」が、予想以上に早く来てしまった感じです。
後半開始直前に、車体の門山哲也チームディレクターが檄を飛ばします。「もっとできるだろ!俺たち、やってきたんだから」。ラース・ヴェルダーヘッドコーチが就任した今季、車体は選手個々の出力が上がりました。ラースヘッドの指示を通訳する門山チームディレクターの言葉にも、単なる翻訳以上の気迫が込められていました。
バラスケスをサイズで守る
後半7分19-19で、合成のヨアン・バラスケスの強打を、車体の櫻井睦哉がシュートブロック。長いリーチで止めました。大型のライトウイング櫻井は、レフトバックのバラスケスの対面になる右の2枚目で奮闘していました。マークを受け渡さずに脚でついていく守り方で、バラスケスのシュートを防いでいました。長身の櫻井が2枚目に入ることで、ライトバックの渡部仁が攻撃に集中しやすくなり、攻守のバランスが整います。櫻井が負傷でベンチに下がった時も、通常は左側でプレーする富永聖也が右の2枚目に入りました。車体の選手起用から「バラスケスに気持ちよく打たせない」意思表示が伝わってきました。
残り5分切って合成26-25。ミスをカバーし、流れを引き寄せる
後半25分を過ぎて26-25。合成1点リードの場面で、車体のGK加藤芳規がサイドシュートをセーブ。独特のガッツポーズで雄叫びを上げます。シュートをとめられた合成の新人・石嶺秀は動揺したのか、そのあとのプレーでもミスが出てしまいました。試合が大きく動きそうな場面です。
しかし合成の選手たちは冷静でした。両チーム最多の9得点を挙げた車体・渡部のクロスからのシュートを、GK中村匠がセーブします。「1点差のゲームでは、悪い流れをいかに早く断ち切るかが大事。1回止めれば、2点差にできるチャンスが訪れる。接戦を勝てるのは、悪いプレーをしても、誰かがバランスを取ってくれるから」と中村は言います。味方が失格になっても「大丈夫。たった2分間だよ」と声をかけ、次のプレーに集中できるのが、中村の強みです。
キューバの超人・バラスケス連続得点、MVPに
中村のセーブに呼応するかのように、バラスケスの連続得点が飛び出します。長い腕をしならせ、流しに引っ張り(右利きのバラスケスから見て左側のコース)に打ち分けて、28-25とリードを広げました。合成の田中茂監督は「ヨアン(・バラスケス)は途中、DFとの間合いが近くなっていたり、イライラしたりしたところもあったが、冷静になってプレーで返してくれた。さすがプロだな。いい流れになった」と、この日のMVPを絶賛していました。
合成の古屋「チームワークで補った」
キャプテンの古屋は、新人のミスを全員でフォローし、突き放した場面をこのように表現していました。「ひと言でいえばチームワーク。勝ちたいからこそ、お互いをカバーし合えるし、立て直せる。あの場面で石嶺も気持ちを切り替えていたと思うし、だから自分たちも次にやることを考えられました」。
合成の試合、団体競技の妙
チーム最年長の出村直嗣も、同じライトウイングの石嶺をベンチから大声でサポートしていました。「代わりに出た選手が調子が悪くても気にならないし、選手交代で流れが悪くなっても気にしていない。そんなことをいちいち考えていたら、目の前のボール、目の前のOF、目の前のDFに集中できない。合成のベンチを見てください。ベンチは全員で、コートに立っている選手を全力で応援しています。『なんであいつが出てんねん?』みたいな感情は一切ないですよ」。若手にポジションを奪われないよう、必死で練習しつつも、試合になればコートに立った若手を全力で支える――。最年長の出村を筆頭に、外国人も含めて人柄のいい選手が揃った合成だからこそのチームワークです。
豊田合成の試合を見るたびに「ハンドボールって団体競技なんだな」と感じます。団体競技だから個人の責任があいまいになるのではなく、お互いがフォローしあって、悪い流れを素早く断ち切れるから、団体競技は面白いのです。昨年の日本選手権での大ケガから約1年ぶりに復帰したベテランの小塩豪紀は言います。「これから人が変わっても、末永く強いチームであり続けたいですね」。豊田合成は日本選手権の連覇を4に伸ばしました。修羅場をくぐり抜け、チームワークはさらに強固なものになっていくでしょう。
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