それは突然で、一方的な別れだった。日本ハンドボール協会(JHA)は2024年2月9日、2017年から男子日本代表を率い、昨秋にはパリ五輪の出場権をもたらしたアイスランド出身のダグル・シグルドソン監督(50)から辞意を伝えられたと発表した。辞意は1本のメールで、協会にとっては何の前触れもない「寝耳に水」の申し出だったという。パリ五輪目前の男子ハンドボールに動揺が広がっている。
協会は後任の選任に着手
日本ハンドボール協会(JHA)は9日、「シグルドソン監督との契約期間はオリンピックパリ大会終了後までにもかかわらず、2月3日に突然本人より、オリンピックの開催を待たずに男子日本代表監督を辞任し他国の監督に就任したい旨の意向が伝えられました」と公表。さらに「JHAではこの辞意を受け、契約に基づき適切に対応をしてまいりますと共に、現在協議・検討をしております後任の男子日本代表監督の選任に関しましては、決定次第お知らせします」と発表した。
「弁護士を連れてクロアチアに」の報道
一方、クロアチアの現地メディアは今週「アトランタとアテネ五輪で金メダルを獲得しているクロアチア男子のヘッドコーチにアイスランド人のダグル・シグルズソン氏がなる可能性がある」と報じた。さらに「クロアチアの情報筋によると、シグルドソン氏は弁護士とともにザグレブ(クロアチアの首都)を訪れた」という情報も添えた。
現時点でパリ五輪出場を決められていないクロアチアは3月に五輪最終予選(ドイツ)を控えているが、2月6日にゴラン・ペルコヴァツ前監督を解任している。クロアチアのメディアによると、シグルドソン氏はなおザグレブに滞在中で、契約の正式合意には至っていない模様だ。クロアチアはシグルドソン氏に年俸30万ユーロ(約4800万円)を確保しているとされるが、シグルドソン氏の希望との間に隔たりがあるとの報道もある。
日本代表監督の契約がパリ五輪終了後まで残っているのになぜこのタイミングの辞意なのか。答えはシグルドソン氏の心の中にあるが、いくつかの情報をつなぎ合わせると、彼の辞意の背景が少しずつ見えてくる。
「ミッション完了」とFacebookに
昨年末の2023年12月28日、シグルドソン氏は自身のFacebookを更新した。自身が日本代表監督に就任した当時の日本ハンドボール協会副会長兼専務理事だった蒲生晴明氏との写真を掲載した。そこにはこんな書き込みがある。
パリでのオリンピック出場資格は可能だと信じていたガモさん。 また会えてうれしい。
シグルドソン監督のFacebookより
パリ五輪本番まで契約上、彼のミッションは続いていたが、シグルドソン氏は昨年末の時点で「ミッション完了(達成)」とFacebookに綴った。彼の中では、アジアで勝ち抜き、36年ぶりとなる日本の自力での五輪出場権獲得こそが最大の「ミッション」だったのがわかる。
これは筆者の主観だが、「私の仕事は終わった」とも読めなくもない。パリ五輪出場権を獲得した満足感が感じられる反面、日本がパリ五輪でメダル争いすることが現時点の日本のレベルでどれほど難しいかも当然、彼自身が感じている。一方でシグルドソン氏の指導者としての「市場価値」はいまピークに近い。パリ五輪後のことを考えると、次の身の振り方をそろそろ考え始めていたに違いない。
日本代表就任時、シグルドソン氏は記者会見でこう語っていた。「私の目標はまずアジアでトップ3に入ること。それから、エジプトやチュニジア、ブラジル、アルゼンチンなどの非ヨーロッパ諸国の強豪国のなかでトップ5に入ることです。日本が五輪でメダルをとれるレベルに成長するのには、長い道のりになります」。(下に記事が続きます)
推定年俸6000万円
クロアチアのメディアによる報道には、シグルドソン監督の日本代表監督の年俸が100万ユーロ(約1億6千万円)とあるが、それはおそらく違う。筆者の取材によると、シグルドソン監督の日本の年俸は6千万円前後(推定)だ。それでも歴代の日本人監督と比べればかなりの高額ではあるのだが、彼の拠点がある母国アイスランドの物価は日本の2〜3倍と言われる。しかも日本は円安、デフレで円の価値は下がる一方で、契約が仮に円建てならば手取りはかなり目減りする。
まぐろとうなぎの寿司を愛し、温泉や寺巡りも好きな親日家のシグルドソン氏も50歳。次なる人生設計を考えたとき、自身の市場価値がピークに近い時に「転職活動」をするのはグローバルスタンダードで言えば自然な流れかもしれない。それでも、2017年から続いた「長期政権」の契約途中で、メールで突然「さようなら」は悲しい。日本ハンドボール界の功労者がこんな形で日本を去ることを誰が予想しただろうか。
ダグル・シグルドソン氏の就任会見時の言葉
日本が五輪でメダルをとるレベルに成長するのには、長い道のりになります。しかし、ハードワークと正しいメンタリティで日本はさらに良くなることを信じています。私の目標はまずアジアでトップ3に入ること。それから、エジプトやチュニジア、ブラジル、アルゼンチンなどの非ヨーロッパ諸国の強豪国のなかでトップ5に入ることです。
私は日本で3年間のプレー経験があります。私の哲学と日本の哲学をミックスしてモダンなハンドボールを作り上げます。私の哲学はディフェンスでファイトすること、それから速く走って速攻に移ることです。
ダグル・シグルドソン(Dagur Sigurdsson)1973年4月3日、アイスランド・レイキャビク生まれ。現役時代はドイツのブンデスリーガなどでプレーし、2000年に来日して湧永製薬でも3シーズンプレーした。引退後はオーストリアやドイツでクラブや代表監督などを務めた。2011年にはブンデスリーガ最優秀監督賞、2015年には世界最優秀監督賞を受賞。2016年リオデジャネイロ五輪ではドイツ男子代表を銅メダルに導いた。2017年日本代表監督に就任。昨年10月のアジア予選で1位となり、36年ぶりに自力によるパリ五輪出場を決めた。
ペンスポニュースレター(無料)に登録ください
スポーツ特化型メディア“Pen&Sports”[ペンスポ]ではニュースレター(メルマガ)を発行しています。「へぇ」が詰まった独自ニュースとスポーツの風を届けます。下記のフォームにメールアドレスを記入して、ぜひ登録ください。
\ 感想をお寄せください /