クウェートで開催されている第22回AHF男子アジア選手権は2026年1月25日、上位8チームによるメインラウンド最終第3戦が行われ、日本(彗星JAPAN)はイラクに30-29で勝利。準決勝進出を一番乗りで決め、世界選手権(2017年1月、ドイツ)への出場権も獲得した。追い詰められながらも勝ち切ったこの一戦を、元日本代表でリーグH男子・アルバモス大阪高石監督の銘苅淳さん(40)が振り返った。

試合総括:思わず「トランキーロ」

イラク戦は30-29。結果として上位2位以上を確定させ、世界選手権の出場権を獲得しました。最低限のミッションはクリアできたと思います。ただ正直な気持ちを言えば、もう少し余裕を持って終わらせたかった試合でした。終盤、思わず「トランキーロ(焦るな、落ち着いて)」と声が出た。それが、この試合のリアルな感覚です。
試合前の僕の印象としては、日本とイラクには実力差がある、という見立てでした。ただ、それはこれまでの結果を見た上での先入観が強かった。イラクは、単にフィジカルが強いだけのチームではありませんでした。間に入ってくるタイミング、攻撃の組み立て、1対1の選択。どれも整理されていて「勢い任せ」ではなかった。結果は日本の勝利ですが、実力差で押し切った試合かと言われれば、そうではない。アジア全体のレベルが確実に上がっていること、日本も継続的に強化する必要性があることを、改めて感じさせられました。
勝ちながらも危機感を持てた。この一点に、この試合の価値はあったと思います。(下に記事が続きます)
前半:速攻を軸に主導権を握った日本

前半、日本は速攻を軸に試合の流れをコントロールしていました。イラクのシュートミス、パスミスに対する切り替えが速く、ボールを奪った瞬間に前へ出る。その意識がチーム全体で共有されていました。
特に渡部仁は、速攻と展開の両局面に関与し、前半のリズムを作る存在でした。単に走るのではなく、「ここは速攻」「ここは一度止めてセットオフェンスに入る」という判断が整理されていた。そのおかげで、速攻が単発で終わらず、何度も狙えた。日本が主導権を握れた理由の一つは、ここにあったと思います。
試合前からポイントだったのが、ゴールキーパーのスタッツです。直近5試合で中村匠が27.7%、岩下祐太が20.7%。2人を合計しても30%に届いていない。一方、イラクのGKは直近2試合で30%を記録していました。日本としては、正面から撃ち合うのではなく、「どう崩すか」が問われる状況でした。
その中で、日本は速攻やノーマークを作る形で、GKに余計な仕事をさせない攻め方ができていました。これは前半の大きな収穫です。
前半途中から荒瀬廉が入ると、攻撃の縦方向への推進力がはっきりしました。孤立した1対1でも前を選び、相手ディフェンスを押し下げる。速攻に出切れない場面でも、荒瀬が前を向いて仕掛けることで、相手を下げ、日本は前向きな状況を作れた。結果として、攻撃が間延びせず、整理された形で継続していました。
セットオフェンスでも、日本は大きな停滞を見せませんでした。市原宗弥をポストに置き、渡部仁、櫻井睦哉、田中大介が中央で起点を作る。バックプレーヤーが無理に中央を割らず、ディフェンスを動かしながら、数的優位を作る。その意識がはっきりしていました。(下に記事が続きます)
高確率のウイングに助けられた
攻撃で一番助かったのは、やはりウイングの決定力です。杉岡尚樹が7得点/7本で100%、中田航太が5得点/6本で83.3%。ここが落ちなかったのは、本当に大きかった。速いパス一本で飛び込めるテンポがあり、難しい戦術を使わなくても高確率で終われる。
渡部や田中大介が中央で仕掛け、ディフェンスを動かす。そこに生まれたスペースを、杉岡や中田が仕留める。この構造が成立していたことが、前半から試合を通して日本の攻撃を支えていました。
チーム全体の決定率は30得点/43本で69.8%。数字としては十分高い。それでも終盤には1点差になる。その事実が、国際試合の怖さでもあります。
終盤:時間の使い方と「打つかどうか」の判断
後半の終盤、一番気になったのは時間の使い方です。水町孝太郎がシュートを打ってコーナースローになった場面。荒瀬廉が接触を受けながらディスタンスシュートを打った場面。決まれば値千金で試合を決められる。ただ、外したりボールを失えば、一気に流れを持っていかれる。
あの時間帯で「本当に打つべきかどうか」を判断できるかは、技術だけではなく、経験と心理状況が大きく影響します。
後半23分、日本はタイムアウトを取りましたが、その後も連続失点し、1点差まで詰められました。タイムアウトの意味が問われやすい場面ですが、戦術提示そのものは間違っていなかったと思います。フォーバックを使い、バックプレーヤーを4人入れ、波を起こす。逆側から切ってきた田中大介の動きで、櫻井睦哉のノーマークシュートを作れている。監督としては「やりたい形は作れた」状況です。
ただ、櫻井はループシュートを決め切れなかった。渡部仁を下げている時間帯で、荒瀬、櫻井、中田航太をどう使うか。終盤の配置と、誰で終わらせるか。この整理は、今後の大きなテーマです。(下に記事が続きます)
守備とGK:数字以上の価値
守備面では、GK岩下祐太が8セーブ/30本で26.7%。中村匠は1セーブ/8本で12.5%。全体の数字は高くありませんが、「これはやばい」という強烈なシュートを止めてくれた。特に岩下のセーブは、流れを切る意味で非常に大きかった。
前半はポストがいない側で3対3が分断される場面もありましたが、後半は間を丁寧に閉じる修正が見えました。大崩れせずに耐え切ったことは、評価できるポイントです。
世界選手権へ:海外組、ジェローナ監督
世界選手権を見据えると、課題ははっきりしています。フィジカルの強化、そして「ボールを失わない」こと。国際試合では、ボールを失った瞬間に、ものの数秒で失点します。
海外では、バスで5〜6時間移動して、そのまま試合をするのが当たり前です。3時間移動なら「近いね」と言われる世界。コンディションが万全でなくても戦う。その環境で、押されても、掴まれても、ボールを失わない判断を日常的に求められる。
(トニー監督がしたように)僕が代表監督でも、今回は不参加の安平光佑や吉田守一に声をかけます。来るかどうかは本人次第ですが、対外国人基準の強度を日常で経験していることは、世界選手権では間違いなく武器になります。
僕自身、海外に行ったのは27歳。ハンガリーでした。正直あの年齢で行くと、向こうではもう若手じゃない。27歳の外国人って、もう中堅で、チームの勝敗を担う立場なんですよ。何も分かりません、勉強させてください、みたいな立場ではいられない。やっぱり若いうちに海外に行くことが大切です。
今だと、北マケドニアでプレーしている川田陽暉(RKヴァルダル)なんかは、すごくいい例だと思います。若いうちにあの環境に入って、強度の高いリーグでコンスタントに試合に出る。押される、掴まれる、それが当たり前の世界でプレーすることが標準になると、その基準が積み上がっていく。向こうに「いる」だけじゃなくて、試合に出て揉まれているかどうかが一番大事ですよね。(下に記事が続きます)
「基準」をいかに引き上げるか
最後に、この試合を見ながら思い出したのが、以前、自分が修士論文で調べた、日本代表と世界選手権を優勝した当時のフランス代表の比較です。ミスの総数自体は大きく変わらない。ただ、日本はパスミスなどの「展開局面」でのミスが多く、即失点につながりやすい。一方、フランスはチャージングやラインクロスといった「終末局面」でのミスが多く、失点に直結しにくい。
代表は、時間制限のある集団です。アジア選手権のチームと、世界選手権のチームは別物。その前提に立って、基準をどこまで引き上げられるか。30-29というスコアは、その現実を突きつけてくれた試合だったと思います。
トニー・ジェローナ代表監督は日本に拠点を置き、日常的に日本で生活している。代表期間だけ来て指揮を執るのではなく、日本の環境の中で選手を見ているというのは、やっぱり大きいと思います。
日本語も、自分から使おうとしている。その姿勢自体が選手との距離を縮めているし、「この国のハンドボールを理解しよう」としているのは伝わってきます。
来年の世界選手権に向けては「基準」を引き上げ続けるしかない。その中で、監督が日本に根を張り、選手の日常に近いところでチームを見ていることは、一つの強みになるはずです。30-29というスコアを「通過点」にできるかどうか。その答えは、これからの積み上げにかかっています。
銘苅 淳(めかる・あつし) ハンドボール・リーグH男子のアルバモス大阪高石監督。元日本代表。1985年生まれ、沖縄県浦添市出身。中学2年でハンドボールを始め、那覇西高ー筑波大からJHLの強豪トヨタ車体に加入。2012年にハンガリー1部に移籍、2014-15シーズンには得点王に輝く。日本代表に選出された2016年アジア選手権では、カルロス・オルテガ監督のもと、26年ぶりに韓国に勝ちアジア3位となって世界選手権出場権を獲得した。2016年にスペインリーガASOBALに移籍。2017年に帰国、JHL北陸電力でプレー。2020年に引退。関西学院大学男子ハンドボール部ヘッドコーチも兼任する。


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