湘南ベルマーレが波に乗っている。サッカーの「J」ではなく「F」の、方だ。国内最高峰フットサルリーグ「Fリーグ」で戦う湘南ベルマーレ(拠点・神奈川県小田原市)が今、多方面で「うねり」を創出している。もう一つのベルマーレの魅力を、小田原在住のスポーツジャーナリスト・佐藤貴洋がレポートする。
セリエA5年、Jリーグ5年。計10年のサッカー取材からの「Fリーグ」
「Fリーグも見てみてよ。面白いから!」。私は2022年夏、湘南ベルマーレフットサルクラブの後援会組織FAO(FUTSAL ACADEMY of ODAWARA)を知人から紹介された。日刊スポーツではサッカー担当としてセリエAを5年、広島でJリーグを5年、取材してきた。50歳を前に、「地元活性化につながるような仕事を」と独立した自分にとっては、地元を代表するスポーツクラブとの関わりは渡りに船だった。
Fリーグ初取材は8月20日、2022-23シーズン第7節の湘南ベルマーレ対バルドラール浦安戦。結果は1-3負けだったが、攻守の切り替えや選手交代など息つく間もない展開は、良い意味で「思っていたのと違った」。先発出場はGKとFP(フィールドプレーヤ―)4人の5人。交代は自由でFP4人1セットごとの交代もある。前後半各20分の試合時間は、プレーが止まる度にストップされるため、実質的にサッカーと同じ各40分ぐらいになる。ビハインド時には、GKユニフォームを着用したFPが本職GKと交代で入り、数的優位を作り攻撃を仕掛ける「パワープレー」も、他の競技にはない魅力だった。その日から、湘南ベルマーレのホームゲームは全て取材するようになった。
「日本一へ、そしてアジアNo.1へ」5か年計画
1年間の試合取材、後援会FAOを通じて見えてきたクラブの強さは、ファン、サポーター、スポンサー、地元企業、自治体、地元組織との強固なつながりの創出だった。地元企業社長、個人事業主、活動エリアの議員などが集う月イチ開催のFAO役員会には、佐藤伸也社長(46)、地域活性のセールスマネージャー、広報などクラブ側の人間も参加。競技性・事業性・社会性での成果を発表し、そして直近の課題なども共有する。約100名のFAO会員人脈を通じて活動エリアの行政や企業との距離を一気に縮め、チームや試合開催の認知拡大、そしてスポンサー募集、課題解決も捗る「好循環のつながり」を構築している。
昨季開幕前の4月に就任後、佐藤社長は「スポーツを通じて、機会をつくりチカラを引き出す。『Chance&Empowerment』」をクラブミッションに掲げた。目指すべき「競技性=日本一を取り、その先のアジアNo.1を目指す」「事業性=神奈川No.1アリーナエンタメの実現」「社会性=地域社会課題解決のハブになり、まちのチカラになるクラブチームへ」を5か年計画で明確に打ち出した。自ら、各種公式SNSはじめ地元メディアに露出しながら、あらゆる方面に協力を呼び掛け、実行に移し、そして結果を包み隠さず報告している。今季も高校生や大学生のチャレンジを後押しするプロジェクトを発足するなど、クラブのリソースと知名度を使いながら将来への種まきにも余念がない。
総得点の25%がセットプレー、Fリーグ屈指
2022-23季はFリーグ5位フィニッシュ。過去最高だった前年2位より順位こそ落としたものの、「2026年にアジアNo.1」になるべく計画は、着実に進めている。サッカー以上に選手が密集するフットサルにおいて、得点の大半は相手の攻撃ミスや攻撃奪取からのトランジション(カウンター)から生まれる。アジア王者へは「相手の状況に関係なく、こちら主導でゴールを狙う(伊久間監督)」得点バリエーションが求められる。
CKやFKはもちろん、サッカーのスローインにあたるキックインも重要な得点源となる。ボールを保持してからわずか4秒以内に行うセットプレーで、複数のパターンから最適解を選択するシーンもまた、見どころの一つでもある。昨季総得点の25%を誇るセットプレーは、Fリーグ屈指の数字だ。そして攻撃バリエーションも増えたことで、昨季はクラブ最多のリーグ戦1試合13得点を記録するなど、波状攻撃の湘南スタイルは確立されつつある。まずは「小田原へ日本一を」を合言葉に2024年のリーグ初優勝を、アジア王者への道を歩んでいる。
スポーツ庁主催「イノベーションリーグコンテスト2022」で大賞
湘南ベルマーレフットサルクラブが昨季から新たに挑戦している社会性も、加速している。クラブはFリーグ3年目の2009年4月に小田原観光大使に就任。今年も小田原市、南足柄市、小田原箱根商工会議所とも包括連携を締結した。クラブの活動地域3市8町の未来を担う縦横ナナメとの共創体制が揃ったことで、社会性の目標に掲げる「地域社会課題解決のハブになり、まちのチカラになるクラブチームへ」を、より鮮明にした。
社会性での好例もある。スポーツ庁と、スポーツテックをテーマにしたプログラム”SPORTS TECH TOKYO”(主催・電通)が共同で開催するスポーツビジネスの新しい取り組みを表彰する「INNOVATION LEAGUE(イノベーションリーグ)コンテスト 2022」での大賞受賞だ。対象となった取り組みは「湘南ベルマーレ + ittokai『ベルファーム』」だ。「スポーツ×福祉×農業」をテーマに、社会福祉法人一燈会と湘南ベルマーレが連携している。障がいがある人の就労支援の場を創出する取り組みで、雇用契約して働く現役選手にもデュアルキャリア形成にもなる。チーム名の一部を冠した「ベルファーム」ブランドの野菜は人気があり、ファンにも支持されている。前回大賞はGoogleの取り組みだったことを考えると、Fリーグの1クラブが世界的企業と「可能性の点」で肩を並べる瞬間でもあった。
偉業にも、佐藤社長は「あくまでも過去の積み重ねや功績のおかげで今があります。先人達への感謝とリスペクトしかありません」。うわべだけの言葉ではないことは、今季のチームスローガン「積湘為大」からもうかがえる。小田原の地の偉人・二宮尊徳の「積小為大」をベースに、「小」を「湘」にしたこのスローガンの意図は、「これまで積み上げてきた来たものを今シーズンもさらに積み上げながら、優勝を目指す」だ。クラブは後援会組織のコネクションを活かし、観光協会、行政、企業とつながり、そして相乗効果をもたらす「新たなスポーツクラブ像」を描いている。
熱量とスピード感で挑む
難攻不落の小田原城、東海道五十三次の宿場町、大物政治家・財界人・文豪の別荘地や保養地、そして1964年には東海道新幹線開業同時の停車駅として、名を馳せた小田原も1999年の200,695人をピークに人口減少に転じている。全国的な少子化の影響は当然だが、理由はそれだけではないだろう。
「小田原評定」との言葉がある。豊臣秀吉の小田原城攻めの際に、和睦すべきかの議論が長引いている間に滅ぼされた、とされることから「会議が長引き、いつまでも結論が出ない」意味で使用される、不名誉な言葉でもある。地方都市にありがちな「周囲固めからの着手」には時間がかかる。その間に熱量も冷め、絵に描いた餅に終わることもよくあることだ。
クラブが地域社会課題解決のハブのみならず、分断されがちな組織・団体を繋ぐハブとしても、街のチカラになっている。ひとつのスポーツクラブが、その熱量とスピード感で「うねり」を創出しながら、新たな「うねり」へと繋げる流れ。Jではない、もうひとつのベルマーレの5か年計画を、楽しみながら見守りたい。
湘南ベルマーレフットサルクラブ 日本フットサルリーグ(Fリーグ、現在21チーム)が発足した2007年より加盟。ホームは小田原アリーナ(6,000人収容、Fリーグ開催時は約3,000人)。小田原市を中心に、南足柄市、秦野市、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、箱根町、真鶴町、湯河原町の3市 8町の神奈川・西湘(せいしょう)エリアを活動地域とする。Fリーグ 3 年目の2009年4月、チームとして「小田原観光大使」に就任。2010 年には3市8町の経営者、議員、個人などが発起人となり後援会組織FAO(FUTSAL ACADEMY of ODAWARA)が誕生。
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