【ハンドボール】元日本代表の菊池杏菜、引退後の道は「ガールズ競輪」

14年間打ち込んだハンドボールに区切りをつけて、新たな挑戦に踏み出す。

リーグH女子の強豪にのし上がったアランマーレ富山のキャプテンで、昨年のパリ五輪世界最終予選（ハンガリー）の日本代表（おりひめジャパン）にも選ばれた菊池杏菜。今季限りでの引退とアランマーレ退団を表明し、2025年6月14日に北國ハニービーに24-36で敗れたプレーオフ準決勝が現役ラストゲームとなった。「日本一の夢は後輩たちに託しました。私は次の夢に向かって出発します」。そう話す26歳は次に目指す道をもう決めている。それは「競輪（ガールスケイリン）」で日本の頂点に立つことだ。ハンドボール選手から競輪選手への転身は異例だ。

2027年春のデビュー目指して

スポンサーへのあいさつ回りなどをして、6月いっぱいでアランマーレ富山を退団する菊池は近く、日本競輪選手養成所（静岡県伊豆市）の2025年度第132回女子の選手候補生に応募する。10月に技能、適性の1次試験、11月には2次試験があり、2026年1月に合格発表がある。女子の募集は毎年20名程度。晴れて合格すれば、養成所でプロの競輪選手になるための訓練を約10か月積んで、2027年5月には競輪選手としてデビューする。

選手候補生募集のキービジュアルのキャッチコピーはずばり「ここで人生変えてけ」。2024年度のガールズ競輪年間獲得賞金ランキングトップの石井寛子選手（30）は3,564万円。約200人いる選手の平均年俸は992万円。夢のあるスポーツだ。

人生で一番大きな決断

「ハンドボールを辞めて、競輪選手になる。そして年間女王を決める12月のガールズグランプリで優勝する。そう決めました。私の人生で一番大きな決断。本当に人生、ここで変えたいですね」と菊池は笑う。

ハンドボール女子の全国インターハイでベスト8になった岩手・不来方高卒業のタイミングでアランマーレが日本リーグ参戦することを知り、「一緒に成長できるのでは」と運命を感じて富山に移り住んだのは8年前のこと。

入団1年目のアランマーレは2勝22敗（リーグ最下位の9位）、2年目も2勝1分21敗（リーグ最下位の9位）。かつて全く勝てなかったチームを牽引し続け、気づけば、日本リーグ参戦当初からアランマーレにいる選手は自分だけになっていた。

チームで最古参となった今季はキャプテンに推され、レギュラーシーズンを19勝5分6敗の3位で終えた。チームは3季連続でプレーオフ進出を果たすまでの強豪の一角に成り上がり、菊池自身もパリ五輪世界最終予選の日本代表に抜擢されるほどに成長した。(下に記事が続きます)

「次への挑戦、今しかない」

ただ、26歳という年齢に差し掛かり、次の道に挑戦するなら今しかないという思いも募っていた。半日コールセンターでの仕事をして、それ以外の時間はハンドボールに打ち込める環境に不満はなかったが、「スポーツ一本で食べていく人生」にもともと憧れがあった。「格闘技なんかにも興味があって、色々調べていって。考え抜いた結果、たどり着いた結論が競輪選手でした」

ガールズ競輪の選手たちは様々なスポーツ経験がある猛者がそろう。もともと自転車競技出身で2024年世界選手権女子ケイリン金メダル、パリ五輪にも出場した佐藤水菜選手（26）のような「プロパー」もいれば、他競技からの「転向組」も多い。

年間女王を決める最高峰レース「ガールズグランプリ」2012年初代女王、小林莉子選手（32）は元ソフトボール選手で五輪出場を目指していたことで知られる。

ガールズグランプリ常連の尾崎睦選手（40）は元ビーチバレー日本一、奥井迪選手（40）、石井貴子選手（37）はともにアルペンスキー出身で奥井選手は国体の大回転で優勝、石井選手は全国高校選抜大回転で2位の実績を持つなど多士済々だ。

ただ、日本のトップリーグでプレーしたハンドボール選手からの転身は前例がなく、菊池が競輪選手としてデビューすれば初となる。「これからもハンドボールを背負っていく気持ちでいる。私が競輪で活躍して、ハンドボール選手のポテンシャルってすごいんだと思ってもらえたら」と菊池はいう。

圧倒的フィジカル武器、太もも59センチ

菊池は自転車競技の経験はないが、女子ハンドボール選手のなかでも屈指のフィジカルの強さを引っ提げてケイリンの世界に飛び込もうとしている。

「特に下半身は重点的に鍛えてきました。それは今後にきっと生かせると思う」。元女子日本代表の楠本繁生監督は菊池を代表に抜擢したパリ五輪世界最終予選前、名指しで「体つきも足の筋力もずば抜けていて、並外れた瞬発力もある」と太鼓判を押した。身長は156センチと小柄でも、スクワットでは180キロ以上のおもりで腰を落としてひざの屈伸ができる。125キロの重量なら、お尻をしっかり下まで落とすスクワットを軽々やってのける。取材中に無理を言って、菊池に太もも周りをメジャーで測ってもらうと「59センチです」。すでにガールズ競輪選手の平均値並みのサイズだ。

「富山競輪場をホームバンクとする地元選手とも交流があるのですが、脚の太さは負けていないかな。まあ、太さより、筋肉の質ですが。将来的には65センチぐらいを目標に頑張ります」(下に記事が続きます)

日本発祥の競技、競輪なら

2024年は日本代表でパリ五輪への道を絶たれ、世界との立ち位置を肌で感じて、14年間のハンドボール人生にピリオドを打った。これまで言葉にはしなかったが、ヨーロッパ発祥のスポーツで全力で世界と戦う経験をしたからこそ、感じたことがある。「悔しいけれど、ハンドボールでは、ヨーロッパにはすぐに追いついて、追い越せる感じが正直しなかった。だけど、競輪は違う。日本発祥のスポーツなので、日本選手にもやれるはず」。ハンドボールでは果たせなかった世界への挑戦、五輪への道。信じて突き進む先にはそんな大きな夢もある。

ガールズ競輪　競輪は戦後から80年近く続く日本発祥の競技。かつては男子と同様に15年間「女子競輪」が行われていたが、1964年に終了した。2012年ロンドン五輪で「女子ケイリン」が正式種目となり、選手強化を目的に2012年「ガールズケイリン」として復活。2012年に第1期生33名で再開され、毎年20名前後の女子選手がデビューしている。最高時速は65キロ。GⅠで優勝した選手と年間の獲得賞金額上位者を合わせた7選手が12月、その年のナンバーワンを決める「ガールズグランプリ」に出場する。