ハンドボールの各ポジションの役割、求められる資質について、日本リーグ(JHL)でプレーする選手(プレー経験のある選手も含みます)のプレースタイルとともに紹介します。第5回はライトウイングです。右サイド、逆サイドなどとも呼ばれるポジションで、左利きのシュートがうまい選手がいればベストですが、チーム事情によっては右利きの選手が務める場合もあります。このポジションもチームカラーが反映されやすいので、どういうタイプが起用されているかを見ていくことで、チームや監督のハンドボール観がよくわかります。
【サイドシュートが巧み】堤由貴
「いい攻撃をすると、ライトウイングが余りやすい」。かつて日本リーグで6連覇したHondaに伝わる格言です。理にかなったセットOFでプラス1(1人余る状態)になりやすいポジションだから、高精度なシュート力が求められます。
堤由貴(トヨタ自動車東日本)は若い頃から「シュートが巧み」と評判でした。ライトバック、ウイングどちらでも、多くの引き出しを持っています。向こうっ気の強さも含めて、左利きらしい選手です。近年は2枚目DFで開眼し、攻守のバランスが改善され、選手として1ランク上のステージに到達しました。女子のライトウイングの第一人者は服部沙紀(ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング)。国内でも対アジアでも対ヨーロッパでも、当たり前のようにシュート率7割を超えてきます。調子の波がない精密機械のような選手で、コンパクトなモーションから淡々とシュートを決めてきます。ごくまれに調子の出ない日もありますが、そんな時はスカイプレーで味方を飛ばして、上手に切り抜けます。
【独自の技がある】尾﨑佳奈
左利きで小柄な選手が多いライトウイングには、独自の技を持った選手が揃っています。小さくてもシュートを決め切れるだけの武器があるから、日本リーグで通用しているのでしょう。
鈴木幸弥(大崎電気)はスキルフルなライトウイング。GKの頭の上を、ちょっと抜き気味の球で通すのが得意です。野球で言うチェンジアップのような緩急で、GKのタイミングを崩します。尾﨑佳奈(オムロン)は逆足の女王。通常左利きは右足で踏み切りますが、尾﨑は左足で踏み切ります。セオリーとは違う跳び方ですが、尾﨑によると「逆足の方がなかに跳び込みやすいし、DFに腕が当たりにくい」とのこと。古武術のナンバ歩きみたいな、左手と左足を同時に踏み出す動きは唯一無二です。松倉みのり(北國銀行)は高く跳べないけど、最後までシュートコースが読めないフォームで勝負します。なるべくボールを高く保って、選択肢を多く持てるよう意識している今季は好調です。あとは大事な試合で決め切れたら、言うことなし。(下に記事が続きます)
【スピードと身体能力で勝負】髙森翔太
身体能力の高い左利きは絵になります。コートの右側を走り、高く跳べる選手がいると、同じ1点でも盛り上がりが違います。
髙森翔太(福井永平寺ブルーサンダー)は、中学時代は野球部で6番センターでした。言われてみれば、速攻のロングパスを背走でキャッチする感じは外野手ぽいですね。技の引き出しよりも、シンプルな身体能力で勝負します。速攻のスピードなら後藤悟(安芸高田ワクナガ)も負けていません。アップテンポな展開で押しまくる、今季のワクナガを象徴する選手です。
【シンプルなプレー】出村直嗣
昔のライトウイングは、作ってもらったシュートチャンスを確実に仕留めることだけが仕事でした。余計なことはしない「受け身なポジション」とも言われていました。ただし決定力は抜群で、各チームに「シュート職人」が揃っていました。
そんな古きよきライトウイングの香りを漂わせるのが、チーム唯一の昭和生まれ・出村直嗣(豊田合成)です。枝葉を削ぎ落したシンプルなプレースタイルで、シュートを確実に決めていきます。ただ何もしない訳ではなく、DFでのパスカットも絶品です。若手では中田航太(トヨタ紡織九州)が、余計なことをしない堅実派。元々両利きでしたが、中学時代のケガで左利きになったこともあり、そんなに器用ではありません。しかし最後まで相手にコースを読まれないシュートフォームで、確実に決め切ります。
【できることが多い】谷藤要
古典的ライトウイングと対局にあるのが、できることが多いモダンなライトウイング。コートの右隅でじっと待つだけでなく、色んなところに顔を出して、多彩な技を繰り出します。
元木博紀(ジークスター東京)はライトバックとライトウイング両方で、高度なプレーを披露します。サイドシュートも上手ですが「DFと被った方が得意」と言うように、ステップシュートも鮮やかです。コートの角から全体を俯瞰して、チームに足りない要素を判断できる大局観も、元木ならではの武器でしょう。谷藤要(アースフレンズBM)は2次速攻でのミドルシュートが打てるライトウイング。味方とクロスしながら、一瞬のマークのずれを見逃しません。伊舎堂博武(トヨタ車体)は沖縄出身者特有のファンタジスタ。ビーチハンドボールみたいな「空中で一回転」する動きで、ファンを魅了します。荒川蔵人(トヨタ紡織九州)はシュートの引き出しが多い選手。今季はケガで苦しんでいますが、いつか必ず荒川のテクニックが必要になるはずです。(下に記事が続きます)
【回り込んで打てる】髙橋友朗
回り込んでのミドルシュートが打てるライトウイングは、攻撃のいいアクセントになります。純正のライトウイングというより、ライトバックと兼用の選手の武器になるでしょうか。
藤原芳輝(トヨタ自動車東日本)は、これからの東日本を背負うであろう左利き。2ポジションできる使い勝手のよさがあり、ループシュートも鮮やかです。髙橋友朗(琉球コラソン)はコラソンでは貴重な若手左腕。今季はシュート率7割で、ランキング上位に食い込んでいます。
【大胆】蔦谷大雅
ハンドボールだけに限らず、左利きにはちょっととがった選手が多い印象があります。「この場面で、こんなシュートを選択するか!」と驚かされることもしばしば。大胆なプレースタイルで、勝負の際を制します。
柴山裕貴博(ジークスター東京)はいくつになっても、いい意味で「やんちゃくれ」な選手。とはいえ大崎電気時代は、約5年間の下積みを経てレギュラーポジションをつかみました。負けん気の強さは人一倍です。蔦谷大雅(ジークスター東京)の強心臓は、日本代表でも有名になりました。大事な場面の7mスローで、GKをあざ笑うかのような抜き球でゴールを奪います。鳩野果歩(三重バイオレットアイリス)は地味でおとなしそうですけど、コート上では強気一辺倒。「ここしか空いていない」コースに迷いなく打ち込み、貴重な1点をもぎ取ります。最初の1本が外れた日にどう立て直すかが、今後の課題でしょうか。
【2枚目を守れる】杜氏千紘
ライトバックに攻撃重視の選手を入れた場合、ライトウイングに2枚目を守れる選手を起用して、攻守のバランスを整えます。とくに右側がベンチから遠くなった場合に、2枚目を守れるライトウイングは重宝します。
櫻井睦哉(トヨタ車体)は守れる大型左腕。相手のレフトバックにそのままついていき、マークを受け渡さずに守り切ります。豊田合成のヨアン・バラスケス、ジークスター東京の部井久アダム勇樹など、相手のエースが強力であればあるほど、櫻井の守備力が重要になってきます。同様に守備型の左利きでは山崎佑真(大崎電気)もサイズがあって動けます。右利きなら杜氏千紘(HC名古屋)の守備力が図抜けています。しつこい牽制に、ルーズボールで体を張る姿勢など、数字に残らない部分でいつもいい仕事をしてくれます。両ウイングでプレーする奥山夏帆(大阪ラヴィッツ)も、DFの嗅覚に優れた選手です。(下に記事が続きます)
【3枚目を守れるDF力】江藤美佳
戻りでメンバー交代ができない場合も考慮して、ライトバックに3枚目を守れる選手を置く場合があります。シュート力は二の次。相手の速攻で押されないように、ディフェンシブな選手を入れて、メンバー交代を最小限にしたい考えです。
江藤美佳(ザ・テラスホテルズ)は、大きくても動ける守備型のウイングです。2枚目、3枚目の両方だけでなく、江藤をトップに出す5:1DFもあり、守り方のオプションが豊富です。右利きですが、昔から右側のシュートの方がよく入るイメージがあります。高橋杏奈(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)は身長161㎝ですが、3枚目を守れる選手です。マークを受け渡すか、そのままで守るのか、伊藤寿浩ヘッドコーチの意図をよく理解して、真ん中の2対2を防ぎます。宮田日菜子(アランマーレ)も身長163㎝で3枚目を守れるDF力が持ち味。抜群のフットワークに、ルーズボールを真っ先に拾うなど、短時間でチームにエネルギーを注入します。
【右利き職人】三橋未来
ヨーロッパでは珍しいと言われる右利きのライトウイング。しかし日本には、右利きのライトウイングで職人芸を見せてくれる選手がいます。
時村浩幹(大崎電気)は本人も「どこが本職かわからない」と言うオールラウンダー。元々は身体能力の高いバックプレーヤーでしたが、近年は守備型のライトウイングでいい仕事をしています。2枚目の守備力を補いつつ、勝負どころでは意外と器用に決めて、貴重な1点をもたらします。トッキーは「幸運を呼ぶライトウイング」です。庄司清志(富山ドリームス)も身体能力の高いオールラウンダー。本職のレフトウイングでやりたい気持ちをぐっとこらえて、チームのために走って跳びます。
三橋未来(イズミ)は日本人の右利きライトウイングの完成形とも言える選手。間合いを心得た2枚目DFだけでなく、ここ一番での勝負強さは特筆もの。あまりにもライトウイングに慣れすぎて、レフトウイングで打つ時も条件反射で体を倒してしまったことがありました。骨の髄までライトウイングなのでしょう。右利きライトウイングの有望株では杉本七海(ザ・テラスホテルズ)もいます。
【ビーチ適性あり】冨永直斗
最後に余談になりますが、右利きライトウイングの「真上にジャンプしてから、体を倒してシュート」する動きは、ビーチハンドボールのスピンシュート(空中で360度一回転する2ポイントシュート)と同じメカニズムです。
ビーチに情熱を燃やす星野美佳(元三重バイオレットアイリス)、現役引退後にビーチに参戦した冨永直斗(元トヨタ車体)は、2人とも日本リーグでは右利きのライトウイングでした。特に冨永は短期間でビーチに順応し、空中での一回転も様になっていました。右利きライトウイングとビーチハンドは相性がいいようです。
以上がライトウイングの資質、適性です。次回はピヴォットを予定しています。
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コメント一覧 (2件)
右利きで、プロンジョンシュートや、リストを使ったスピンシュートを打つ選手がいないのは淋しい。
野田清さん(元大同特殊鋼)のムササビシュートですね。伝えていきたい日本の技術。