ハンドボール女子日本代表(おりひめジャパン)は2024年4月、ハンガリーで行われたパリ五輪世界最終予選で敗れ、パリ五輪には届かなかった。中心メンバーだったキャプテンの相澤菜月やライトバックの中山佳穂が2024-2025シーズン、ドイツ1部に移籍するなど、それぞれが次の夢に向かって挑戦を続けている。ライトウイングの秋山なつみもそのひとりだ。2022年からハンガリー1部キスヴァルダに移籍、2シーズンを過ごし、来季は同じハンガリーのソンバトヘイに移籍する。オフで一時帰国した秋山に、生まれ育った京都で2024年6月、「ハンガリー体当たり」を聞いた。今回は上編で、北國銀行から移籍、言葉の壁に苦労した経験を紹介する。
大体大から北國銀行5年、きまじめ「ハチ」海外へ
秋山は京都の洛北高~大阪体育大と女子球界の王道を歩み、日本リーグの強豪・北國銀行でも5年間プレーした。サイドシュートが巧みな左利きで、DFでもハードワークする。性格はまじめで、環境になじむまで少し時間がかかる。学生時代からその年代のトップランナーだったのに、北國銀行での1年目には、速攻で初心者みたいなラインクロスをして、怒られていた。とはいえまじめ一辺倒ではなく、たまに調子に乗ったりもする。日本代表選手の動画撮影で、他の選手がかしこまってコメントしているなかで、一人だけ関西弁でしゃべって、ドヤ顔ではけていったこともあった。
コートネームは「ハチ」。特に犬とは関係なく、洛北高時代に先輩に付けられたが、大学、社会人に進んでからも「秋山は犬っぽいから、ハチでええやろ」、「忠犬ハチ公のハチやな」とそのままになって現在に至る。犬のような人懐っこさもありつつ、きまじめで、新しい環境に慣れるまで時間がかかる選手が、どのようにして異国の地に溶け込んでいったのか。(下に記事が続きます)
「何があってもヨーロッパへ行く」決めていた
久保:まずハンガリーでプレーしようと思った経緯から。
秋山:根本的な理由は「ハンドボールでヨーロッパに行きたい」。ハンドボールで武者修行するために、何があってもヨーロッパへ行こうと決めていました。確かに慣れるまで時間のかかるタイプではありますけど、それは自分の性格だし、仕方ない。そこはあまり考えないようにしました。
久保:日本リーグでは2年連続シュート率2位で、もう国内でやることはない状態でもありました。
秋山:国内でシュートを10/10で決めても、日本代表で対戦するのはヨーロッパだし、極めるのならヨーロッパに行くしかないなと思っていました。
久保:いろんな国でプレーする可能性はあったかと思うのですが。
秋山:どの国でプレーしたいといったこだわりは、特にありませんでした。行く前からチームや国を決めてしまうと、可能性が狭まってしまうから、まずは外に出るのが大事かなと思っていました。たまたまネメシュ・ローランドさん(法政大学監督、元男子日本代表コーチ)がつないでくれたのがハンガリーでした。キスヴァルダは強いチームではないですけど、強いチーム、強い選手に当たれることが大事なので、ハンガリーのキスヴァルダに決めました。(下に記事が続きます)
最初はセルビア・スロバキアの選手と英語で
久保:どうやってキスヴァルダのチームメートと仲良くなっていったのですか?
秋山:う~ん、覚えてないなあ。とにかく毎日が必死で。言葉ができないし、私は2週間ぐらい遅れてチームに合流したので、それもちょっと気まずくて。(ハンガリー人以外の)外国人選手に助けてもらいながら、片言の英語でコミュニケーションを取りながらのスタートでした。チームになじむまで半年ぐらい時間がかかりましたね。
久保:外国人選手というのは?
秋山:私の1年目には、チームにセルビア人とスロバキア人が3人ずついて、そこに日本人の私が1人。セルビア人とスロバキア人には1人ずつ、ハンガリー語がわかる選手がいたんですね。練習の内容や事務連絡を聞いて、彼女たちは母国の言葉で伝え合っていました。それがわからないから、英語で教えてもらうんですけど、二重通訳みたいになってわかりにくいし、気まずいから頻繁には聞けません。ハンガリー人の英語がわかる選手に直接聞けば、1回聞くだけでいいと気づいてからは、外国人選手とも仲良くするけど、ハンガリーの選手とも絡むようになりましたね。
久保:ハンガリー人との接点が生まれたのですね。
秋山:キスヴァルダはハンガリーの小さな田舎町で、住んでいる人たちにはまったく英語が通じません。極端な話「Orange」や「Apple」さえも通じないレベルです。英語はもちろん大事だけど、ハンガリーに住むとなると、英語を勉強している場合じゃない。そこでハンガリー語を少しずつ覚えるようになりました。半年ぐらいすると選手の言葉も少し聞き取れるようになって、ちょっとした会話なら通訳なしでもできるようになって、言葉の壁が少し解消されてきました。そのうちハンガリー人とジョークを言い合えるようになって、本当に少しずつなんですけどコミュニケーションが取れるようになりました。
久保:語学学校には通ったのですか?
秋山:行っていません。オンラインでの勉強もしていません。独学なので上達は遅いですけど、2年間で買い物をするとかの日常生活には困らないようになりました。
久保:キスヴァルダのYouTubeに秋山さんの動画がありました。1年目は日本語だったのに、2年目はちゃんとハンガリー語で話していました。随分努力したんですね。
秋山:あれは事前に調べて、自分がしゃべれる簡単な言葉に直して、何度も練習しました。でもカンペなしでしゃべったんですよ。丸暗記じゃないですけど、一生懸命覚えてしゃべりました。ハンガリー人とハンガリーでプレーするなら、ハンガリー語は大事かな。
ハンガリー語、変顔でも試行錯誤
久保:秋山さんはプロ契約ですから、練習以外の空いた時間を語学の勉強に充てたのでしょうか。
秋山:そこは気分が乗ったら。毎日ちょっとした1文、1単語を覚えるようには意識していますけど、まとまった文章で言える訳ではありません。赤ちゃん言葉ではないですけど「これ、ひとつ、ください」みたいな感じです。本当ならハンガリー語に敬語があるのかもしれないけど、そんなことは構っていられません。相手に伝えることで必死です。
久保:そういう姿勢を見せていくと、相手にも伝わりますよね。
秋山:ハンガリー人との距離が縮まるし、ハンガリー語を教えてくれたりします。1回聞いたことのある単語を、また聞いた時に思い出したりして繰り返すうちに、言葉を覚えるのが速くなりました。特に発音は、現地の人に聞くのが一番です。どう発音するのかも、どう書くのかもわからなくても、その人の口の動きを完コピして口を動かせば、イントネーションも真似できるし、相手も聞き取りやすい。そこは意識していますね。
久保:ハンガリー語特有の難しい発音があるのですか?
秋山:あります。あります。たとえば、私には「ウ」と聞こえるから「ウ」と言っても、向こうの人は「違う」と言うんです。舌を少し変化させて、「ウ」と「ユ」をミックスさせたように発音したら通じました。発音は教えてくれないから、ずっと「ユ」「ウ」「ヴ」みたいに自分で色々発音するんです。それこそチームメートに笑われながらでも、「変な顔!」と言われながらでも、いろんな音を出していって、「今のそれ!」と言われた時に「これで伝わるんだな」と覚えていく。そういう試行錯誤を繰り返してきました。
秋山 なつみ(あきやま・なつみ) 1994年7月生まれ、京都府出身。洛北高~大阪体育大学~北國銀行~キスヴァルダ(ハンガリー)~ソンバトヘイ(ハンガリー)。身長161㎝、左利き。ポジションはライトウイング。右サイドからの決定力は国内有数。早い段階から日本代表に選ばれていたが、代表ではなかなか1番手になれず、殻を破る意味もあって2022年度のシーズンからハンガリーへ渡る。キスヴァルダで2年間プレーし、2024年度のシーズンからソンバトヘイに移籍。2024年4月のパリ五輪世界最終予選メンバー。
海外でプレーするハンドボール女子日本人
海外でプレーするハンドボール女子日本人選手は、筆者が把握している範囲にはなるが、下記の通り10人以上いる(2024-2025シーズン)。
- 相澤菜月(ドイツ1部・チューリンガー)
- 中山佳穂(ドイツ1部・ツヴィッカウ)
- 佐々木春乃(ドイツ1部・ドルトムント)
- 秋山なつみ(ハンガリー1部・ソンバトヘイ)
- 三原綺乃(ハンガリー1部・キスヴァルダ)
- 渋谷優衣(フェロー諸島・ネイスティン)
- 中村桃子(フェロー諸島・STiF)
- 亀谷さくら(フランス1部・ブザンソン)
- 藤田明日香(ルーマニア1部・ヴィストリシャ・ナサウド)
- 細江みづき(スペイン1部・モルヴェドレ)
- 岩渕いくみ(韓国・SKシュガーグライダーズ)
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コメント一覧 (2件)
素敵な記事でした。
秋山さんのことはあまり知らなかったですが、文章を読み進めていくうちに彼女の明るさユニークさが伝わってきて、読んでいるこちらも楽しい気持ちになりました。
明るく前向きな素敵な記事でした。
またこのような海外で頑張っているハンドボール選手の記事が読みたいです。
ありがとうございます。
秋山選手は性格がいいから、楽しく取材できました。
彼女の人懐っこさ、課題に向き合う姿勢、たまに面白いところが、多くの人に伝わると幸いです。
海外に挑戦している選手以外にも、国内で頑張るいい選手もいます。
色んなハンドボール選手を、これからも紹介していきます。