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【ハンドボール】「強いレガロッソ宮城を作るため」川端と関口、主力からコーチへ

トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城、川端勝茂コーチ(写真左)と関口勝志GKコーチ(同右)=2025年7月(久保写す、以下すべて)
トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城、川端勝茂コーチ(写真左)と関口勝志GKコーチ(同右)=2025年7月(久保写す、以下すべて)
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ハンドボール・リーグHのトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城に新たに加入した7選手を紹介した前回の記事に続き、今回はチームを長く支えてきた2人を紹介する。歴代最高のキャプテンだった川端勝茂と抜群の支配力を誇ったGK関口勝志。2人は2025~26年シーズンからコーチになり、今までとは違った形でチームの力になっている。

目次

川端勝茂、天性のリーダー

キャプテンマークがよく似合う川端。トヨタ自動車東日本レガロッソでは2度キャプテンを務めた
最初にキャプテンを務めたころの川端=2019年2月

キャプテンマークがよく似合う川端。トヨタ自動車東日本レガロッソでは2度キャプテンを務めた川端勝茂は、2008年のインターハイを制した長崎日大高校(長崎)のキャプテンだった。OFではセンターでゲームコントロールし、DFでは170㎝台の身長で3枚目を守る。取材への受け答えもしっかりしていて、リーダーシップは抜群。当時法政二高(神奈川)を率い、男子U19日本代表のコーチだった阿部直人監督(トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城)は、川端の人間性を絶賛していた。

「川端はセンターをやりながら3枚目を守って、チームをまとめる。こんな選手は見たことがない。すべての局面で先頭に立って、チームを勝たせる。真のリーダーですよ」

すごい選手は毎年出てくるが、加えてキャプテンシーのある選手はそう出てこない。川端には、シュート力やサイズ不足を補って余りあるリーダーシップがあった。 (下に記事が続きます)

初のプレーオフから低迷期に

2016年3月、創部初のプレーオフ進出を果たす。川端もコートに立った
2016年3月、創部初のプレーオフ進出を果たす。川端もコートに立った

その後、川端は日本大学を経て、2013年からトヨタ自動車東日本でプレーするようになった。入社3年目の2015~16年シーズンにはプレーオフにも出場している。 

日本リーグ(現在のリーグH)加盟4年目で初のプレーオフ進出を果たしたトヨタ自動車東日本は、プレーオフの常連になるかと思われたが、ここから長い低迷期に入ってしまう。当時の中川善雄監督が「勝つのが早すぎた」と危惧していたのが、現実になってしまった。戦力補強が遅々として進まず、替わり映えのないメンバーで負け試合を繰り返す。チームには重苦しいムードが漂い、川端も仏頂面でいる時間が長くなった。

阿部監督就任、再び上昇気流

粘り強いボール回しで、川端はセットOFを整える。阿部監督は川端のことを「環境を整える人」と呼んでいた
粘り強いボール回しで、川端はセットOFを整える。阿部監督は川端のことを「環境を整える人」と呼んでいた

2022~23年のシーズンに現在の阿部直人監督が就任し、チームを覆っていた停滞感が一掃された。川端のリーダーシップを高く評価する阿部監督は「高校時代の情熱を思い出してほしい」と、川端に熱く語りかけた。勝つための方向性が見えてきたチームは快進撃を続け、2022年12月の日本選手権では、初めて決勝の舞台に立った。

川端は「それまでは惰性でハンドボールをしていたかもしれませんね」と、苦しかった低迷期を振り返る。でも、今は違う。勝つために何をするかが見えてきた。相川浩一ストレングスコーチのハードなフィジカル強化を乗り越え、心身ともにサビを落とした。取材でも、自分の言葉で思いを伝える川端が戻ってきた。 (下に記事が続きます)

数字には表れない貢献

2025年6月、2度目のプレーオフ出場。長崎日大高時代からの盟友・濵口直大(写真左)とともにコートに立った
2025年6月、2度目のプレーオフ出場。長崎日大高時代からの盟友・濵口直大(写真左)とともにコートに立った

川端の役割は、センターもしくはライトバックに入って、球回しのリズムをよくすること。阿部監督は川端を投入する際に「2分ぐらいボールを回し続けてくれ」と無茶振りする。ハンドボールでは、1回の攻撃は平均で約30秒と言われている。2分間は現実的に不可能と言っていい。だが川端は要所でフリースローを取りながら、しつこくボールを回していく。ちょっとずれたぐらいでは、安易にシュートを打たない。若い選手だったら単発のシュートを打ってしまうような場面でも、川端はボールを回し続けて、完全に1人余る形を作っていく。レフェリーの笛で試合が止まる時間も含めたら、2分近く経っていたりする。 

DFでは2枚目に入り、阿部監督の基本フォーマットである4:2DFの動きを体現していた。高く前に出て牽制をかけながら、出っぱなしにはならない。攻防チェンジでメンバー交代ができなかった時は、小さな体で3枚目を守ることもあった。サイズ不足を狙われると苦しくなる局面でも、川端は運動量と勘のよさでピンチを切り抜ける。

数字には残らないけど、チームが勝つためには絶対欠かせない。まさに「無形に力」が、川端の真骨頂だった。

コーチとして「次のリーダー作る」

プレーオフの記者会見での川端。チームの課題とこれからを語っていた
プレーオフの記者会見での川端。チームの課題とこれからを語っていた

2025年6月のプレーオフで、トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城は1stステージでジークスター東京に30-39で敗れた。この試合を最後に現役を退いた川端は、コーチとして迎える新しいシーズンの課題を口にしていた。 

「プレーオフの反省を踏まえて、苦しい場面を打開できる選手を、1人でも多く育てていく必要があるかな。苦しい時に、誰がやるのか。OFは藤川翔太がエースでやってくれていますけど、それだけじゃ足りない。DFも濵口直大がリーダーでやっているけど、もっと出てきてほしい。若手だからとか年下だとかは関係なく、思いや気持ちを出せる選手を作っていくことが、これからの僕の使命になると思います」 

攻守に川端の穴を埋めてくれそうな選手はいる。一番大きいのはリーダーシップを発揮できる「キャプテン川端」の穴かもしれない。苦しい場面でそんな選手が出てくるか。2025~26年シーズンのトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城は、新たな求心力を作る必要があった。

「若手や新人伸ばす」

試合の展開を先読みしながら、川端コーチは細かいところまで目を配る
試合の展開を先読みしながら、川端コーチは細かいところまで目を配る

新しいシーズンが始まり、川端はコーチ業にすっかりなじんでいるようだった。試合中も阿部監督に進言したり、選手ともいい具合にコミュニケーションを取れている。キャプテンからコーチになっても、いい意味で変わらない。チームを俯瞰で見る眼が、川端には備わっている。

「もう一度プレーをやりたいっていうウズウズ感はないですね。今は若手や新人が多く試合に出ているから、そこを伸ばすのが自分の仕事です。若手を底上げしつつ、阿部奎太だったり、浅川律樹、堤由貴といった中堅、ベテランの力も使いながら、それぞれのよさを引き出すDFでなんとか勝っていきたい。(監督の阿部)直人さんを助けられるよう、誰をどのタイミングで出すのか、選手交代を意識しながらベンチで動いています。昔と違ってメンバーが増えて、僕らも誰を使えばいいのか、いい意味で悩んでいます。相手の対策を立てながら、その時々でいい選手を使いたいですね」

新たなリーダーに関しても、目途が立ったようだった。

「新人の中島遼也がリーダーシップを発揮しています。年齢に関係なく、そこは信頼していますよ」

後継者も出てきて、一安心といったところか。(下に記事が続きます)

関口勝志、おっとりGK

2012年の関口。この年からトヨタ自動車東日本は日本リーグ(現在のリーグH)に加盟した
2012年の関口。この年からトヨタ自動車東日本は日本リーグ(現在のリーグH)に加盟した

関口勝志は法政二高出身のGKで、阿部監督の教え子でもある。大型選手特有のおっとりした性格もあり、学生時代はつかみどころのない選手だった。日本体育大学では4年生になってようやくレギュラーかと思われたタイミングで、1年生の甲斐昭人(現ジークスター東京)にポジションを奪われている。やる気が表に見えないタイプだったこともあり、阿部監督も「関口はよくわからない」とこぼしていた。

前身チーム知る唯一の選手

2016年3月、プレーオフ初出場。「周りの人は、プレーオフに簡単に出たみたいに言いますけど、当時は1試合1試合が大変でしたよ」と言う
2016年3月、プレーオフ初出場。「周りの人は、プレーオフに簡単に出たみたいに言いますけど、当時は1試合1試合が大変でしたよ」と言う

大学を卒業した関口は、トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城の前身であるセントラル自動車に入社した。神奈川県の相模原市にあったセントラル自動車時代を知る、唯一の生き残りが関口だった。

「僕が入社した時点で、チームが宮城に移転することは決まっていました。でも日本リーグに加盟する予定は決まっていなくて。週2~3回の練習で、仕事も早番と遅番があって、夜勤のときは練習に出られません。集まれる人だけで練習していました。『このままトップリーグではやらないんだろうな』と思っていましたけど、日本リーグ参戦が決まって、プレーオフにも2回出ることができました。プレーオフは、ハンドボールをしている人間にとって憧れの舞台ですからね。いい経験をさせてもらったし、(2025年のプレーオフは)若手にとっていい経験になったと思います」 (下に記事が続きます)

30歳過ぎて存在感

のんびりとした大型選手が、いい意味で「つかみどころのない」GKに成長した
のんびりとした大型選手が、いい意味で「つかみどころのない」GKに成長した

トヨタ自動車東日本は2012年から日本リーグ(現在のリーグH)に加盟した。その時から39歳までずっと、関口は正GKであり続けた。特に30歳を過ぎたあたりから、関口は存在感を増していった。接戦の終盤で、関口が連続してシュートを阻止する。時にはドッジボールのように両手でボールを抱えながらセーブする。見た目は決してかっこよくないのだが、試合の流れを根こそぎ持っていく。対戦相手はこんなことをよく言っていた。

「関口って、そこまでスペシャルなGKでもないし、弱点だってはっきりしている。なのに、いつも関口にやられるんだよな」

日本リーグで再び関口と一緒になった阿部監督も「関口って不思議なGKですよね」と、よく言っていた。

「シューターが関口の出す手足に当てにいくんですよ。吸い込まれるように、みんな打ってしまうんです」

データ分析の鬼

2025年6月、現役最後の試合はプレーオフ。思ったような活躍ができず、チームも初戦で敗れた
2025年6月、現役最後の試合はプレーオフ。思ったような活躍ができず、チームも初戦で敗れた

相手を絡めとるような関口のキーピング。その秘密はデータ分析にあった。関口はニヤリとしながら「大事な場面になるほど、データが生きてくるんです」と言っていた。それ以上は明かさないが、蓄積されたものがあるのだろう。ちなみにデータのないクラブチームや大学生が相手だと、関口はてんで当たらない。初見の相手には弱いから、日本代表に選ばれることはないが、国内の試合ではこれほど頼れるGKはいない。9年ぶり2度目のプレーオフ出場も、関口の神通力によるところが大きかった。(下に記事が続きます)

GKコーチ専念「正念場これから」

GKの川島豪(写真左)とともに戦況を見守る関口GKコーチ
GKの川島豪(写真左)とともに戦況を見守る関口GKコーチ

2025年のプレーオフを最後に関口は引退し、GKコーチに専念するようになった。穏やかな語り口は相変わらずで、コーチ業の課題を口にしていた。

「昨シーズンまで、ウチのGKには変な依存心がありました。2番手で出るときは『関口さんが捕れなかったんだから、僕が捕れなくても仕方がない』。スタートで出るときは『うしろに関口さんがいるから、なんとかしてくれるだろう』と。そういう言い訳ができなくなった、これからが本当の勝負ですよね」

開幕当初、レガロッソはGKが当たらず、痛い星を落とした。阿部監督は「関口の穴が、一番大きいかもしれない」と打ち明けていた。しかし関口に甘えられなくなったGK陣に、成長が見えてきた。シーズン途中から4年目の鈴木雄大が覚醒し、12月に入った時点で阻止率ランキング3位につける好成績を残している。これまではなかなか殻を破れずにいたが、吹っ切れたような好セーブを連発しだした。鈴木に関口のようなカリスマ性が出てくれば、2年連続のプレーオフ進出が現実味を帯びてくる。

プレーオフで勝つために

2025年6月、プレーオフの記者会見での関口。2度のプレーオフでは、勝つことができなかった
2025年6月、プレーオフの記者会見での関口。2度のプレーオフでは、勝つことができなかった

関口は現役生活最後の試合となった2025年のプレーオフのあと、こんなことを言っていた。

「選手としては、最後まで悔いの残る試合でした。来シーズンからコーチになりますが、この試合が終わって『勝ちたいな』という気持ちが残ってしまいました。その思いは後輩たちに託して、僕はコーチとして選手の手助けをしながら、強いレガロッソを作るために、明日からまた頑張ります」

選手からコーチになっても、川端と関口の思いは変わらない。強いレガロッソを作るために、プレーオフで勝つために、チームとしてのあるべき姿をこれからも示してくれるだろう。

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