香川銀行シラソル香川のキャプテンを務めた辛島美奈が、2025年6月のプレーオフを最後に現役を引退した。辛島の名前を聞いて「あのおもしろい子ね」と思い出す人も多いだろう。コート上では泥臭く、試合の前後には亀井好弘監督との絶妙な掛け合いで笑いを取るなど、短時間でインパクトを残せる選手だった。
ベンチ外でもチームをまとめてきた

辛島美奈は環太平洋大学から香川銀行シラソル香川に入って4年目の26歳。明るいキャラクターを買われて、キャプテンを2年間務めた。レギュラーではなかったものの、試合に出ればルーズボールに飛び込むなど、気持ちのこもったプレーを見せていた。リーグH元年となる2024年度のシーズンは手術の影響もあり、ベンチに戻ってきたのは2025年の3月になってから。5月のレギュラーシーズン最終戦で、ようやく今季初ゴールを挙げている。
ケガで試合に出られない時期は、カメラマンで帯同し、チームメートの活躍を写真に収めつつ、要所で激を飛ばしてきた。
「ケガの時期が一番きつかったですね。チームのなかに入れない。(プレーや立ち居振る舞いで)見せることもできない。でも私はコミュニケーションが得意だから、一人ひとりと面と向かって話して感じたことや、外から見て気づいたことを伝えようとしてきました。自分が引いてしまったら何も変わらないので、積極的にチームのなかに入ってやろうと思いました。なかなかコートに立てず、選手としての責任を果たせなかった悔しさはありますけど、自分の役割、このキャラクターを生かして、最後までできたかな」(下に記事が続きます)
環太平洋大学でキャラ開花

いつもニコニコ。人懐っこくて、弾けるときは、とことん弾ける。辛島の明るさは天性のものだと思っていたが、実はそうではなかった。
「こういうキャラになったのは、環太平洋大学に入ってからです。大学に入った当初、私はムスッとしていたんですよ。負けず嫌いすぎて、周りが見えていませんでした。そこを(監督の)坂元智子さんにガツンと指摘されて、それから変わりました」
環太平洋大学の坂本監督は、オムロン(現・熊本ビューストピンディーズ)歴代トップクラスのディフェンダーで、女子日本代表でも長年活躍した。大学の監督に就任してからは、選手との距離の近いチーム作りで結果を残している。「DFのオムロン」で鍛えられたハンドボールの真髄をチームに落とし込む一方で、「私、スナックのママの方が絶対向いていると思うんですよね」と真顔で言ったりもする。話上手で気配りができて、笑いにも厳しい坂元監督のもとで、辛島はひと皮むけて、陽のエネルギーを身にまとった。 (下に記事が続きます)
伝説の記者会見

辛島のキャラクターを強烈に印象づけたのが、2023年10月の日本リーグ(現・リーグH)開幕記者会見だった。香川銀行の番になると、なぜかスタンドマイクが運び込まれ、辛島が渾身のボケを披露すると、亀井好弘監督がノリノリでツッコミを入れる。賛否両論はあったものの、フォーマルな場にも動じない辛島の「やり切る力」は見事だった。
「ふざけすぎたらいかんのですけど、場に応じて『いいだろうな』と思ったときは、ガツンと行きます。ハンドボールの記者会見って、シーンとしているじゃないですか。そんな空気感をもっと変えたいなと思って、記者会見でああいうことをやりました。あのあと、記者のみなさんがめっちゃ笑顔になってくれて、うれしかったです。ずっと下を向いて、目も合わせないような状態だったのが、私たちがやった瞬間に全員が「ハッ!」となって。ああ、よかったー。いい風を吹かせて、爪痕を残すことができました」
サービス精神と存在意義

辛島には思い切りのよさとサービス精神がある。たとえば初出場だった2025年6月のプレーオフでは、香川県から大応援団が東京にやってきた。香川銀行を応援する赤一色のスタンドを見た辛島は、誰に言われるでもなく一歩前に出て、「応援よろしくお願いします」と、大きな声で呼びかけていた。気負うことなく、自然体でサラッとやってのけるあたりが、実に辛島らしい。
「みんなが少しでも明るくなれるように。自分たちの存在意義は、周りを明るくすることであったり、行内の雰囲気をよくすることなので、それができたかな」 (下に記事が続きます)
亀井好弘監督との名コンビ

こういった気遣いは、亀井監督とのコンビで鍛えられたという。
「亀井さんの熱量というか、お世話になった人たちへの感謝の気持ちは凄いんで、私もコンビを組んで行動してきました。亀井さんに『ちょっとお礼の言葉を言ってほしい』と言われたら、『すぐに行きましょう』と。行員やファンのみなさんのために、何かしようという亀井さんの行動は速いので、私も負けじと動いてきました」
高校の監督から香川銀行の監督に転じて20年の亀井監督は、苦しかった時代を経験している。毎年いいチームを作って、ジャパンオープン(日本リーグに加盟していないクラブチームの大会)で13連覇しても、なかなか日本リーグに入れなかった。「どないしたら日本リーグに入れるんや」と、亀井監督はよくぼやいていた。2022年にようやく日本リーグ入りを果たし、60歳のシーズンである2024年度には日本選手権初優勝、プレーオフ初出場初勝利と、亀井監督は長年の夢を叶えている。だから感謝の気持ちを忘れないし、歴代のOGの話題になると、自然と涙が出てくる。一緒に取材を受ける機会が多い辛島は、亀井監督が泣くタイミングがだいたいわかるらしい。
「いつも隣で『あ、そろそろ泣くわ』と思っていました」
辛島はそう言いながらも、感謝の気持ちをどう表現するかを、亀井監督から学んでいった。(下に記事が続きます)
チームの歴史をつなぎたい

辛島と香川銀行とのつながりは、高水高校(山口)時代までさかのぼる。
「高校のときから香川銀行と練習をさせてもらって、当時の先輩方には本当によくしてもらいました。先輩のこともよく知っているし、だから先輩との歴史をつなげていきたいと思っていました。國方紗耶さんからキャプテンを引き継ぐときも『お前にはそれをやってほしい』と言われましたし、私も『先輩との歴史をつないでいきます』と約束しました」
香川銀行はベンチ入りたった9人で日本選手権に出場した年もあった。有力な選手が獲れなくなり、吉本里緒や安堂萌恵ら高卒の選手を一から育ててきた時代もあった。今でこそ岡田彩愛をはじめとする大卒の有望な選手が集まるようになったが、色んな人たちの積み重ねがあって今があることを、辛島は若いチームに伝えたいという。
「今日の準決勝にしても、高卒の子たちがよくがんばってくれました。(前半16分の)あの場面で、田渕怜奈がよくパスカットしてくれました。私たちが求めていたプレーだったし、今ここでマイボールにしたい場面でした。田渕のあのプレーが、どれだけ私たちの力になったか」
まるで自分のことのように、辛島は田渕のプレーを喜んでいた。(下に記事が続きます)
後継者は出てくるのか?

準決勝でブルーサクヤ鹿児島に敗れたあと、記者会見で辛島は「若いチームにこれから期待すること」を語った。
「試合を見てもらったらわかるとおり、同じ選手がずっと出ている。チームの底上げが大事かな。若い選手が切磋琢磨して、優勝目指してがんばってほしいです。あとは私のキャラは誰が受け継ぐんだろうな。今のところは誰もいないので、はい」
チームの長い歴史で、おそらく一人出てくるかこないかのキャラクターだ。名キャプテンというよりは希代のエンターテイナー。日本の女子を約20年取材してきた主観で言わせてもらうと、「佐野陽子(元三重バイオレットアイリス)か辛島美奈か」といった「傑物」である。
引退後は社業に専念する。
「今までハンドボールだけで生きてきましたけど、これからは社会のことを知っていきたい。社会人としてのあるべき姿を学ばせてもらえたらな。仕事は現役時代と同様、事務職です。部署の人からは『営業に行ってもおもしろいかもね』と言われたりするんですけど」
多分どこに行っても、辛島美奈はおもしろいだろう。
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