ハンドボール・リーグH男子の富山ドリームスは「特殊戦術」で勝負する吉村晃ヘッドコーチから2025-26シーズン、「王道」のハンドボールを志向する大房和雄監督に代わり、チームも選手個人もワンランク上のたくましさを身につけました。一見すると真逆のスタイルですが、深いところではつながっていて、さらには仕事にまでつながっているというお話です。
初代は吉村晃ヘッドコーチ

2022年3月、ハンドボールの盛んな富山県氷見市に、富山ドリームスが発足しました。翌2023年からは日本リーグ(現在のリーグH)に加盟しています。初代指揮官は「ヨシム」こと吉村晃ヘッドコーチ。ヨーロッパの戦術に精通した吉村ヘッドは、独自の色でチームを作ってきました。
吉村ヘッドはヨーロッパの育成年代のトレーニングをベースにした戦術を編み出し、選手の能力を開発しながら試合に勝てるようにしてきました。トップDFの松嶋徹や北林誠生が、あえてパスから離れる5:1DFは、富山ドリームスの代名詞とも言える特殊戦術でした。「ボールにたかる」人間の本能に逆らう動きをすることで、相手にとって「見慣れない景色」を作り、判断を迷わせる狙いがありました。 (下に記事が続きます)
森永浩壽らの可能性引き出した

他にも両手を均等に使えるよう指導したり、「全員が富山ドリームスのハンドボールを理解してほしいから」と、リーグ参入1年目にはベンチ入り選手をほぼ均等に使い、本職ではないポジションでもプレーできるようにしてきました。そんななかで、筑波大学までレフトウイングだった森永浩壽(引退)がバックプレーヤーで開眼し、ドリブルからの1対1で相手を抜いて、利き手ではない左手でフィニッシュするなど、おもしろいプレーが随所に見られるようになりました。
チームの地力が徐々に上がり、2024-25シーズン後半には、吉村ヘッドが「主力選手が50試合以上の経験を蓄積したことで、リーグでも戦える素地ができてきた」と言うまでになりました。同時に「僕も奇策ばかりやりたい訳ではなく、力がついたら王道に回帰したいんですよ」とも言っていました。

2025-2026シーズンから大房和雄監督

2025年5月のシーズン終了で、吉村ヘッドは出向期限の3年間を終え、豊田合成ブルーファルコン名古屋に戻りました。策士ヨシムが作り上げた、最高に癖が強くてハンドボールIQの高いチームを、誰がどう受け継いでいくのか。オンリーワンのブランディングに成功した直後だけに、誰が引き継いでも難しそうだなと思っていたところで、大房和雄監督の就任が発表されました。
大房監督は高岡向陵高校(富山)を長年率いて、2019年には全国選抜大会で準優勝しています。富山県の男子のハンドボールは氷見高校と高岡向陵高校の2強です。氷見高校で2018年に高校三冠を達成した徳前紀和代表理事が、ライバル校の大房監督に声をかけたのは、富山県のハンドボール界では歴史的な出来事です。「オール富山で、富山ドリームスをさらに盛り上げていこう」という気概が感じられた人選でした。氷見高校出身の森康陽コーチも復帰して、2025-26シーズンの富山ドリームスはベンチ入りスタッフも「オール富山」です。(下に記事が続きます)
話し合い基礎作り

2025年6月に就任した大房監督は「流れが悪いときに立ち返る場所を作りたい」と言い、特殊戦術から王道のハンドボールに回帰するために、練習を変えてきました。
「いきなりドリブルをつきだしたり、ボールをもらってからの動き出しになっていたりしたので、そこを改善するには部分練習しかないなと思って取り組みました。でも、こういう基礎練習をやっていると、高校生の練習みたいな雰囲気が出てしまって…。何度もミーティングで『こういう意図で、こういう練習をしているんだよ』と話し合いました。高校生なら『やれ!』のひと言で済ませるところを、『今まで持っているものに、こういうものも加えてほしい』と言い続けて、今は何となく形になってきました」
求めるのは個の強さ

戦い方が大きく変わり、選手にも戸惑いはありました。3年目の北林はこう言います。
「ウチはあえて速攻に行かないスタイルで戦っていたので、大房監督の速攻を出すスタイルに切り替える難しさはありました。だけど大房監督が『速攻で押せるときは速攻で行く。速いパス回しのなかで判断する』ハンドボールを示し続ける姿を見て、選手も『ついて行こう』と思えるようになりました」
これまでの富山ドリームスは、ドリブルからの1対1でテンポを落として、ロースコアに持ち込む「特殊戦術」を採用していました。大房監督はその過去を否定することなく、『これも新たに加えてほしい』と提案しながら、王道のハンドボールができるだけの「個の強さ」を、選手たちに求めてきました。高岡向陵高校時代の大房監督は、個の強さがありつつ、個人技の使い方が身勝手にならない選手を多く育ててきた実績があります。富山ドリームスでも目指すところは同じです。(下に記事が続きます)
速いパス回し浸透

2025-26シーズンが始まり、大房監督のハンドボール観が浸透していくうちに、富山ドリームスの戦い方が大きく変化してきました。センターの新人・大久保光将を中心に速いパス回しでチャンスを生み出し、シンプルな得点を重ねていきます。個の強さが格段に上がったから、特にOFでシンプルかつ爽快なプレーが増えました。とはいえ大房監督は「まだまだ途中の段階」と、気を引き締めます。
「速いパス回しで疲弊せずに、もうあと2~3回パスを回せたら、だだっ広いスペースが見えてくるんですけど、その前に早まって打ったりミスをするのがもどかしいですよね。ただ、スタートで出ている大久保、扇谷蓮、井上明の3人は、確実にボールがつながってくるようになってきたので、助けられています。多少小さくても、個の強い集団になってくれたら、ああいうハンドボールを精度高くやれるでしょう。これは後天的に作れるものなので」
扇谷、大久保、井上のバックプレーヤー3枚はいずれもルーキー。能力の高い新人3選手は、大房監督のハンドボールへの順応も早かったようです。(下に記事が続きます)
大久保光将、セットOFの起点

立教大学でキャプテンだった大久保は、富山ドリームスに入ってからセンターにコンバートされたとは思えないくらい、1年目から速いパス回しでOFを統率しています。チーム創設以来初の連勝だった2025年12月13日のアースフレンズBM東京・神奈川戦のあと、OFの考え方について話してくれました。
「大学まではレフトバックでしたが、今はセンターを任されているので、強力な両バックをどう生かすかを念頭に置いてプレーしています。ライトバックの井上なら強力な1対1があります。レフトバックの扇谷ならオールマイティにこなせるので、パスを振っておけば何かしらやってくれます」
「今日のアースフレンズ戦は、相手のDFが引いていたので、パスが回しやすい展開でした。速いパスを回すうちに、ウチのバック陣が1対1のできる間合いを取ってくれるので、そこにドンピシャのタイミングでパスを通せばいい。1対1で必ず2人を寄せてくれるので、寄ったところを利用しながら、あとは自分がどう展開していくか。今日は一発目にピヴォットにパスを落とせたことで落ち着いて、視野が広がりました」 (下に記事が続きます)
相手の変化、シンプルに対応

連勝した2試合で際立っていたのが、相手がDFシステムを変えてきてすぐのセットOF。相手の変化に対応し、ベンチから出てくる7人目の青沼健太を上手に使いながら、シンプルな攻撃でDFを突破しています。大久保は続けます。
「相手がDFラインを上げてくることは想定しているから、あとから入る青沼さんとのタイミングを合わせておけばいいだけ。僕がいいタイミングでパスを出して、青沼さんが間を割れば、相手の隙を突けるから枚数がずれるし、ミスしてエンプティゴールを相手に狙われるリスクも防げる。そこまで計算できているし、意思疎通もできているから、スムーズな攻撃になりました」(下に記事が続きます)
スローガンは「共創」

大久保は浦和学院高校(埼玉)時代からキャプテンシーに定評があった選手です。富山ドリームスでも1年目から大房監督のハンドボールを理解し、プレーと言葉の両方で表現できています。
「大房監督のハンドボールもありつつ、自分たちの色も合わさって、チームスローガンの『共創』ではないですけど、両方で創り上げている感じです。どっちかに偏るとうまくいかないので、今は両方がうまくマッチしています」
大久保の言葉に、大房監督も目を細めます。
「みんなのハンドボール観も大切にしたいし、みんなで協力して描いてくれている。まさに『共創』ですよ」
そして2月のリーグ再開に向けてのビジョンを語りました。
「これまでプレータイムの少なかった選手を、リーグ再開までの期間に鍛え直したら、もっとクリエイティブなOFができると思うんですよね」
メンタルトレーナーとしての実績もあり、今も金沢大学大学院でスポーツ心理学を学んでいる大房監督は、ポジティブな声かけが得意です。
青沼健太「上司変わればやり方変わる」

創設当初からキャプテンを務める青沼健太は、ハンドボールと仕事を結びつけて、興味深い発言をしていました。
「僕らはデュアルキャリアで、仕事もしながらハンドボールをやっているから、今回の監督交代は『上司が変われば、仕事のやり方も変わる』イメージで捉えています。『親と上司は選べない』なんて言いますが、何も知らない最初の巡り合わせはとても大事ですよ。でも、ある程度知ったあとは、自分にも責任があると思っています」
「僕は富山銀行に勤めて4年目になりますが、その間に上司が2~3回変わっています。そこで『わかりません』じゃ済まされない。その部署で自分のパフォーマンスを発揮するにはどうすればいいのか。自己分析、他己分析をしながら、部署やチーム全体のことも分析したら、まずは自分自身のやるべきことに立ち返る。その先に取引先や対戦相手のことなどがある。だから今回の監督交代でも、選手たちはいい経験をしているし、それが個の強さにもつながってくると思います」
そして青沼は「どっちも正解なんですよね」とも言っていました。
「仕事でも『これは、こうでしょ』と決めつけずに、『また違う考え方もあって、そのいいところはどこかな?』と考えられるようになれば、将来ハンドボールの指導者になったときにもいろんなアイデアが浮かんできます。『相手がこう来るなら、こういうチーム戦術で行こう』とか『ここは個人戦術で突破しよう』とか。選手個々のハンドボール観もありますが、コートに立つためにどのように自分自身をチームにフィットさせるかを考えなきゃいけない今の環境は、他のチームよりも恵まれているんじゃないかな」 (下に記事が続きます)
ホームタウン・氷見市と発展

富山ドリームスは地域の課題に寄り添いながら、ここまで成長してきました。ホームタウンの氷見市の課題は、若い労働力不足。だから富山ドリームスの選手には、ハンドボールの戦力であるとともに、職場の戦力であることが求められます。青沼や大久保のような、ハンドボールと仕事をリンクさせながら、様々な環境に適応できる人材が増えてくれば、街とともにチームも発展していけるでしょう。
地域とスポーツは地続きで、地域から切り離された強化を続けるチームに未来はありません。吉村ヘッドの「特殊戦術」から大房監督の「王道回帰」も、両極端のようでいて、実は地続きだったりします。吉村ヘッドが特殊戦術で個人の可能性を開発してきたから、大房監督の求める「個の強さ」につながり、チームがレベルアップしました。北林は「吉村さんの時代にいろんなポジションをやってきたことが、今も試合のなかで自分のポジションではないところでもうまく対応できる土台になっています」と言っていました。イレギュラーな状況への対応力もまた「個の強さ」です。
指揮官とアプローチが変わっても、チームのあり方は変わりません。富山ドリームスはデュアルキャリアのチームであり、ハンドボールIQの高いチームです。
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