クウェートで13日間に渡って開かれたハンドボールの第22回AHF男子アジア選手権で男子日本代表(彗星JAPAN)は2026年1月29日、最後に臨んだ3位決定戦でも開催国のクウェートに32-33(前半16-19)で敗れ、4位に終わった。来年1月にドイツで開かれる第30回IHF男子世界選手権の出場権獲得という目標はクリアしたが、チームが目指していた47年ぶりのアジア制覇には届かず。元日本代表でリーグH男子・アルバモス大阪高石監督の銘苅淳さん(40)が大会を総括した。

1点差負けが示した現在地
日本は3位決定戦でクウェートに32―33。結果だけを見れば、アジアの上位国と互角に戦ったと言えます。ただ、僕の中では「惜しかった」で終わらせてはいけない試合でした。この1点差は、たまたま転がったボールの差ではなく、積み上げてきたものの差がそのまま出た結果だと感じています。
今の日本代表は、育成のフェーズを確実に前に進めています。以前ならついていけなかったテンポや強度にも、ある程度対応できるようになってきました。ただ、その一方で、「勝てそうな試合」を「勝ち切る」段階に持って行けたかと言われると、まだ足りない。その差が、この1点に凝縮された試合だったと思います。(下に記事が続きます)
応急処置に終始したディフェンス

この試合で一番気になったのはディフェンスです。体系化された守りではなく、場面ごとの応急処置になってしまっていました。ディフェンスで大事なのは、失点をコントロールすることです。どこでなら点を取られてもいいのか、一方で、どこを絶対に使わせてはいけないのか。その優先順位を全員で共有できていたかというと、難しかったと言わざるを得ません。
結果として、9mでやられ、サイドでやられ、カットインを許し、失点の形が毎回違ってしまった。これは個々の守備力の問題というより「何を阻止し、何を捨てるのか」が整理されていなかったことの表れです。GKにかかる負担も大きくなり、ディフェンス全体が後手に回っていきました。
オフェンスには化学反応を

オフェンスでは光も見えました。とくにこの日のクウェート戦では、節目、節目で田中大介がカットインで得点していたのが印象に残っています。相手がちょっと高く出てきた瞬間に、クロスの動きの中からスッと割っていく。ああいうプレーは、もっと増やさないといけないなと感じました。
そのカットインが生きていた背景には、藤坂尚輝の存在もあったと思います。田中が割った瞬間に、藤坂のドーンと行く動きが効いていた。前の試合では精彩を欠いた藤坂ですが、クウェート戦の藤坂はよかった。だからこそ、自分の良さをどの距離で、どのスピードで出すのかを、もっと整理しないといけないと思います。行ったきり戻ってこない、いわゆる鉄砲玉になってしまうと、チームとしては苦しくなる。自分をコントロールできる最大限のスピードを、ちゃんと認識することが大事だと思います。
吉野樹は、距離がきちんと取れている時のシュートはやっぱりすばらしいものがある。無理な体勢ではなく、自分の間合いで打てた時は、日本の武器になる。その一方で、誰か一人が良いだけではなくて、組み合わせが重要です。
僕が強調したいのはケミストリー(化学反応)の部分です。田中を止めようとしたら藤坂が出てくる。藤坂を対策したら、今度は吉野が出てくる。そういう化学反応が起きないと、相手ディフェンスは嫌がらない。
その流れで言えば、渡部仁と荒瀬廉の関係もそうです。渡部の1対1の強さと、荒瀬のステップやボールの展開力はタイプが違う。その違いの組み合わせで、相手ディフェンスを惑わせ、重圧をかけられるのです。(下に記事が続きます)
終盤5分の取捨選択
勝敗を分けたのは、やはり終盤5分間でした。この時間帯、日本が大きく崩されたわけではありません。それでも、相手に1点ずつ積み重ねられてしまった。終盤は、技術や体力よりも、事前にどこまで整理できているかがものを言います。この5分間をどう戦うのか、点差、時間、相手の狙いを踏まえて、何を選び、何を捨てるのかを決めておく必要がある。勝ち切るチームは、終盤になるほど選択肢を減らします。一方で今回の日本は、点差が詰まるにつれて判断しなければならないことが増えてしまった。守り方も、出るタイミングも、その場で選ばなければならなくなった。その迷いが、最後の1点につながったと思います。
フィジカル強化、増量の必要性

選手一人ひとりのフィジカル、体重の話も避けて通れません。渡部仁に関しては1対1で勝負できる強さがあるので別ですけれど、それ以外の選手はあと2,3キロは体重を増やさないといけないと感じています。体重を増やすというのは単に重くなれという話ではありません。コンタクトがあった中でも姿勢を保てるか、ボールを手離せるか、その余裕をつくるための2,3キロだと思っています。その差が、終盤の1対1や、2人引き付けてからのパスといったプレーに表れてくる。実際、クウェート、バーレーン、イランといった相手は1対1でゴリゴリ来ましたし、体を当てながら判断して、次のプレーにつなげてきました。
いまの日本がこのまま世界と戦うとすれば、軽自動車がダンプにぶつかるようなものです。技術や戦術の前にアジア、世界の強度に耐えられる土台をつくる必要があると思います。
思考の順番の整理
日本代表の歴代監督を務めたカルロス・オルテガやトニー・ジェローナの指導法の基礎にあるバルセロナをはじめとするスペインのクラブの考え方を見ると、トレーニングにも試合も、必ず思考の順番があります。いきなり足し算はしません。まず割り算です。人数を絞るとか、役割を制限するとか。つまり状況を切り取るということです。例えば、センターバックの動きを制限した3:3だとか、そういうところから始める。
次に引き算です。試合で起きないこと、やらなくていいことを削る。試合で絶対に起きないシチュエーションをやっても意味ないですよね。
その上で掛け算です。3:3をやったら終わりじゃなくてそのまま4:3に移行する。次は4:4にする。同じ選手が連続して数的優位、数的不利、同数を経験する。そうすると毎回状況が変わるから、その時に何が最適なのかを自然と考えるようになる。これが一番、試合に近い。ゲームって毎回、相手も状況もタイミングも違うので、連続した中で判断する力を引き出さないと意味がないんですよ。そして最後に足し算です。トランジションを入れたり、逆サイドの展開を入れたり、シュートまで持っていったり。
でも、日本は最初から足し算から入ってしまうことが多い。運動量を足す、強度を足す、気持ちを足す。それ自体は悪くありませんが、割り算と引き算ができていない状態で足し算をしても、全体は整理されません。いきなり全部をやるから、何ができていて何ができていないのか、わからなくなるのです。(下に記事が続きます)
職人気質は武器だけど

日本人の強みは、同じことを繰り返し、精度を高めていく職人気質です。これは間違いなく武器です。ただ、プロの世界ではそれだけでは足りない。試合は毎回違います。相手も、タイミングも、状況も全部違う。その中で、その瞬間の最適解を選び続けるのがプロです。決められた枠の中で最高の仕事をするのが職人だとすれば、枠が壊れた時、ストレスがかかった状態の時に、どうにかするのがプロ。その違いが、終盤の1点に表れたように見えました。
トニー・ジェローナ監督に問われるもの

トニー・ジェローナ監督については、短期間で日本代表を整理してきた点は評価すべきだと思います。弱い部分を整理し、ベースを作ることには長けている指導者です。育成という観点では、今の日本に必要な仕事をしている。
ただ、成熟しつつあるチームを「勝ち切る」段階まで引き上げられるかどうかは、これから問われます。終盤の設計、失点管理、優先順位の共有といった部分で、もう一段踏み込めるかどうか。そのためには時間も必要でしょう。
もう一つ、見過ごせないのが通訳を含めたコミュニケーションの問題です。トニー・ジェローナ監督は、試合中や練習中に決して難しい英語を使っているわけではありません。今この瞬間に強く出ろ、もっと大きく動け、相手に圧をかけろ、という明確なメッセージです。
しかし、僕自身の経験からも、通訳を介した瞬間にメッセージのトーンが和らぎ、「もう少し頑張ろう」「こうしてみようか」といったニュアンスに変わってしまうことがありました。トニーが求めているのは、そのレベルではありません。
試合の緊張感が高まる終盤になればなるほど、この差は大きくなります。監督の言葉、通訳の言葉、選手の受け取り方。その三者の温度がそろっていないと、判断のスピードや強度に影響が出てしまう。戦術や設計以前に、このコミュニケーションの質をどこまで高められるかも、日本代表が次の段階に進むための重要なポイントだと思います。(下に記事が続きます)
「勝ち切る」チームへの分岐点

今大会を通じて、育成のフェーズが確実に進んでいることは間違いありません。ただし、育成だけでは勝てない段階に差しかかっています。ディフェンスのフィロソフィー(哲学)を整理し、失点をコントロールし、終盤の5分間をどう戦うのかを設計する。その積み重ねが「勝てそう」なチームから「勝ち切る」チームへの分岐点になります。
来年1月の世界選手権の前には、今年9月には自国開催の愛知・名古屋アジア競技大会が控えています。OCA(アジアオリンピック評議会)管轄の大会であり、日本オリンピック委員会(JOC)が選手派遣をする重要な大会です。その結果は競技団体としての評価にも直結し、分配される強化費の査定にも影響します。育成の成果を示すだけでなく、結果を取りにいく姿勢が問われる大会です。育成フェーズは確実に進んでいます。問題は、その先に踏み込めるかどうかです。3位決定戦でクウェートに負けたこの1点差をどう受け止め、どう次につなげるのか。その答えは、すでに見えていると思います。
銘苅 淳(めかる・あつし) ハンドボール・リーグH男子のアルバモス大阪高石監督。元日本代表。1985年生まれ、沖縄県浦添市出身。中学2年でハンドボールを始め、那覇西高ー筑波大からJHLの強豪トヨタ車体に加入。2012年にハンガリー1部に移籍、2014-15シーズンには得点王に輝く。日本代表に選出された2016年アジア選手権では、カルロス・オルテガ監督のもと、26年ぶりに韓国に勝ちアジア3位となって世界選手権出場権を獲得した。2016年にスペインリーガASOBALに移籍。2017年に帰国、JHL北陸電力でプレー。2020年に引退。関西学院大学男子ハンドボール部ヘッドコーチも兼任する。




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