スポーツ以外のジャンルのプロに、スポーツにも欠かせない技術論を聞いたら、どんな答えが返ってくるだろうか。東京・四谷4丁目にあるフランス料理「IIZAKA」のシェフ・飯坂竜太さんへのインタビュー後編は、個人スキルの磨き方や、磨いた技の展開について聞いた。
函館・五島軒での4年半、厳しくも寛大
久保:前編はチームプレーや感情のコントロールについて聞きました。今回は、料理人の技について教えてください。飯坂さんの基礎を作ったのは北海道・函館の老舗レストラン「五島軒」での修行時代でしょうか。
飯坂:「五島軒」で同期入社は10人で、4年半後には私ひとりしか残りませんでした。技術をつけた者が勝ちの世界だから、先輩が「麻雀が好きだ」と言ったら徹夜で麻雀に行って、麻雀をやりながらその人の技術を教えてもらいました。他の先輩が「山菜採りが好きだ」「海釣りが好きだ」と言ったら、山や海に一緒に行ったり。先輩の技術を理解できるまで頑張りました。
久保:職人の世界だから、意欲的な若者にしか教えないのですね。
飯坂:洋食から始めて、中華、寿司、和食の技も覚えました。当時の「五島軒」には2万冊ぐらいの料理本があったので、時間のある時に片っ端から読んでいました。読むといっても外国語は分からないから、見るのは写真だけ。気になる料理があったら、ルセット(レシピ)を確認して作ってみて、料理長に味見してもらいます。味がよかったら本日のお勧めに採用されたり、ダメならまかないになります。そういう寛大なところがあったので、いろんなことを実践して技術を上げることができました。
久保:いろんなところでいろんな技を覚えていったのですね。
飯坂:お肉屋さんで「鶏をさばいたことがない」と言ったら、「お前、鶏をさばけないようではダメだぞ」と言われて、地下のボイラー室に放された鶏を捕まえることになりました。あれは大変でした。鶏を捕まえたことなんてないですから。1時間ぐらい追っかけ回して、ようやく捕まえてから、さばき方を教えてもらいました。そういう大変さも分かっておくと、食材への理解も深まります。
甘口じょうゆタレ、ドレッシングの技を応用
久保:個人スキルの具体例を教えてください。この仔牛のローストについてくるしょうゆのタレがおいしいですね。どうやって作るのでしょう。
飯坂:熊本城の近くにある「洋食の店 橋本」へ行って、主人から土産に甘口じょうゆを渡されたのが最初でした。甘いしょうゆで刺身を食べる習慣がなかったから、焼いた肉につけて食べたけれど、パンチが足りません。だったらニンニクを入れようと、ニンニクをヒマワリ油でキツネ色に揚げて、香りを立たせてから甘口じょうゆと合わせました。そこそこおいしくなりましたが、まだちょっと足りない。じゃあ、3カ月寝かせてみよう。さらにどこまで熟成させたらおいしいか比べてみたら、1年ほど寝かせた方がおいしい。そういった感じでタレができあがりました。
久保:1年寝かせると、どうなりますか。
飯坂:ニンニクの香りがマイルドになるというか、甘口じょうゆ自体にうまみがまんべんなく入って、おいしくなります。「IIZAKA」で出すドレッシングも、玉ねぎやエシャロット、アンチョビなどをミキサーで回して、それぞれ3カ月米酢につけて置いてから、ヒマワリ油で和えて作っています。出来たてだと玉ねぎやニンニクの辛味が立つので、3カ月米酢につけておくことでマイルドになるんですよ。その応用で、甘口じょうゆのタレもマイルドになるんじゃないかなと思って、試してみました。
久保:作り方は公開してもいいのですか。
飯坂:全然かまわないですよ。九州の甘いしょうゆは関東ではなかなか売れないので、どうしたら広まるのか業者の人たちも悩んでいるみたいです。だから「こういう使い方もあるよ」と紹介できたらいいですね。キンメダイなどの魚の煮つけを甘口じょうゆで作ると、すごくおいしくできるんですよ。みりんを入れなくても味が決まって、しょっぱくなりすぎません。ブリ大根も甘口じょうゆで簡単に作れます。普通に焼いた鶏モモ肉に甘口じょうゆをかけても、ご飯がすすむ味に仕上がります。
ケチャップの隠し味、ソースづくりの経験から
久保:コロナ禍の2020年に「IIZAKA」では洋食のお弁当を販売していました。あの時のオムライスに添えられたケチャップがとてもマイルドでした。市販のケチャップにありがちなとげとげしさがどこにもなくて。あのケチャップにもプロの技が隠れているのでしょうか。
飯坂:あれは市販のケチャップを100%のパイナップルジュースで割っただけです。
久保:それだけですか?
飯坂:はい。それだけです。「五島軒」では、お店のテーブルに置く自家製のウスターソースを、年に一度作っていたんです。しょうゆをベースに、様々な香辛料を寸胴鍋に入れて、24時間ぐらい煮込んでいました。そのウスターソースをベースに、北海道ですからジンギスカンのタレも作っていました。ウスターソースに玉ねぎや果物のすりおろしを入れていくなかで、パイナップルがとても役に立っていたんですね。「パイナップルを入れれば、甘味と酸味のバランスを整えてくれる」という記憶があったから、オムライスのケチャップにも入れてみました。今まで勉強してきたなかで、持っているものを組み合わせているだけです。
10~15年で懐古と進化
久保:随分苦労して技を覚えたのに、レシピに関してはオープンですね。
飯坂:料理のレシピは特許が取れません。昔からある料理の変化だったり、元に戻ったりの繰り返しなので。「ここが発祥」と言われるルーツがあるかもしれないけど、原始的に素材を炭で焼いて塩をかけただけの方がおいしかったり、それに飽きてくると、今度はタレの文化が出てきたり。10~15年のサイクルで、原点に戻って、そこからまた応用にいくという繰り返しなんですよね。
久保:スポーツの戦術もトレンドがあったり、リバイバルがあります。
飯坂:料理の世界も10~15年のスパンで人気が戻ってきます。でも次のブームでは、15年前よりも少し味や形が進化しています。粉チーズが少しいいチーズになっていたり、新たなオリジナリティが加わっていたり。さっきのケチャップの話に戻ると、既知のものに何かを足して新しく進化させる方法になります。料理人に限らず、人間はよりおいしいものを作ろう、食べようと思う生き物です。新しいものを加えて、おいしいものができたり、それを食べた人が「もっといいものはないか」と工夫して、料理はどんどん進化していきます。いろんな方がずっと探究しているなかで、自分なりにいいと思えるバランスをたまたま作っただけなので、隠す必要はありません。
久保:レシピは集合知みたいなもので、人類共有の財産になるんですね。ありがとうございました。
飯坂 竜太(いいざか・りゅうた)1974年生まれ、埼玉県出身。高校卒業後に函館「五島軒」で修行を始める。4年半の修行ののち、料理の鉄人等で知られる坂井宏行氏の店「ラ・ロシェル」で2年半ほど勤務。その後は在外公館の公邸料理人としてボストン、クアラルンプール、パリ、ジュネーブを回り、2011年から東京・四谷4丁目でフランス料理店「IIZAKA」を営む。
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