人魚のように舞い泳ぎ、観客を魅了するアーティスティックスイミング(AS)。NHKのスポーツドキュメンタリー番組『スポーツ×ヒューマン』のディレクターである筆者は番組制作のために約2か月半、日本代表(マーメイドジャパン)に密着取材した。1日12時間以上をプールサイドで過ごすうち見えてきたものは…。この記事では、番組で紹介しきれなかったエピソードや裏話を紹介したい。


練習時間は1日10時間

私がアーティスティックスイミングを取材する中で一番驚いたのは、練習時間の長さだ。

午前7時半、朝食を終えた選手はプールサイドでストレッチやウォーミングアップを行う。足に2kgの重りをつけて行う足上げトレーニングやブリッジ、体を這うような動きで全身の筋肉をほぐすなど、私からすればウォームアップを超えたトレーニングに見えた。五輪銀メダリストの宮川(旧姓:立花)美哉ヘッドコーチは「ただのウォームアップです。こんなのはトレーニングに入らないです」とサラッと語った。


午前9時過ぎ。やっとプールへ入った。始まったのは競泳4種のタイム競争だ。大会前は3500mを泳ぎこむこともある。プールでもたっぷりウォーミングアップを行う。

午前9時半、演技の練習が始まる。基本的に選手たちは一度プールに入ると、練習が終わるまで外には出ない。(通し練習の前に少し休憩があるくらい)コーチたちとの会話や確認作業も立ち泳ぎをしながら行う。それだけで体力がゴリゴリ削られていきそうなものだが、「陸上で動く方が疲れます、走るのとか、ボール競技は苦手なんです。プールの中の方が楽ですよ」と笑顔で答えてくれたのが印象的だった。


プールでの練習時間は約8時間。ウォームアップやミーティングの時間も足すと、10時間にもなる。こんなに練習しているチームは3年間、スポーツを取材しているが初めてだ。


「ロシアはもっと練習していますよ。海外遠征でも、一番最初にプールに来て最後まで練習しています。ロシアもここまでしてやっと金メダルを取るのだから(ワールドカップ 2026中国大会でロシアは3つの金メダルを獲得)、我々はもっと努力をしないと世界に勝てないです」と宮川HCは話した。
エースは19歳・比嘉もえ

比嘉もえ選手は身長173cm、2026年9月に19歳になったばかりだが、チーム種目とデュエット種目に加えて、ソロも務めている。ソロは歴代日本のエースが出場してきた。2022、2023年世界選手権では乾友紀子選手がテクニカルルーティンとフリールーティンの二冠に輝いた。2023年に引退した乾選手の〝後継者〟として大抜てきされたのが、当時17歳の比嘉選手だった。
比嘉選手は2026年6月、カナダであったワールドカップ2026スーパーファイナルで、ソロ(テクニカルルーティン)で銅メダルを獲得、期待にこたえた。

チーム、デュエット、そしてソロ。1日数回出場する大会もある。ただし五輪やアジア競技大会はソロ種目がないので、チーム種目では「土台」として、フィーチャードスイマー(大技を披露するジャンパー)を支える側に回る。そこでも比嘉選手はチームのために自分にできることを模索していた。

「1つでも多く、絶対に自分が1番足の高さを出す箇所を決めている。審査員は人間でAIではないから、私がガッと高さを出せば「全員が高かった」と印象付けられると思っています」
アーティスティックスイミングは水面から多く体の面積が出ているほど、点数が高くなる。
比嘉選手がソロの練習をしている間、控えの選手が代わりにチーム練習に加わる。その日の変更点や確認すべきことは練習後に比嘉選手に伝えられる。大会前ということもあって、この日は確認作業が午後10時半まで続いた。

「頭が混乱する…。今から部屋に戻ってお風呂に入って、寝る前にもう1回、動きを確認してから寝ます」(比嘉選手)

「みんなで切磋琢磨して長い合宿を乗り越えているので、表彰台に上がって喜びを分かち合いたいと強く思っています」(比嘉選手)

プールの中で泳ぎ舞う姿は年齢より大人っぽい印象の比嘉選手だが、練習後にカメラを向ければピースをしたり、変顔をしたり。等身大の姿を見せてくれた。


世界を感動させる表現力はサプライズから
この記事を書くにあたって、アジア競技大会の1週間前に再びプールを訪れた。演技はカナダで取材した6月より、さらに精度が上がっていた。アジア競技大会で待ち構えるのは、最大のライバル・パリ五輪金メダルの中国だ。
練習後、コーチ室で宮川HCに取材をしていると急に扉が開いた。選手たちが「ハッピーバースデートゥーユー」と歌いながら入ってくる。チームテクニカルを担当する小野茜コーチの誕生日が近かったため、お祝いなのだという。

マーメイドジャパンでは合宿中に誕生日がある人は必ずサプライズで祝われる。恒例行事なのでサプライズではないような気がするのだが、いつお祝いが行われるかは本人には知らされず、プレゼント担当と色紙担当の2名を中心に秘密で進められる。練習や食事の合間に色紙にメンバーとコーチ全員のメッセージをもらい、プレゼントを買いに行く。本人に気づかれては絶対にダメという。いつから、誰が始めたのか分からない。宮川HCが現役中にはこのような誕生日イベントはなかったそうだ。
宮川HCは語る。「アーティスティックスイミングはただ、難しい技を成功させるだけではいけない。審査員はもちろん、観客の皆様を、自分たちの演技でいかに感動させられるか。世界で戦うにはその表現力が絶対に大事」
他競技に比べてエンターテインメント性も持ち合わせるアーティスティックスイミング。だからこそ、サプライズが大好きでイベントごとにも全力で取り組むのだなと感じた。

取材は弁当2個を携えて
アーティスティックスイミングの取材は、朝、弁当を2つ買うことから始まった。ナショナルトレーニングセンターのセキュリティは厳重で、一度プールエリアに行くと、自由に出入りが難しい。このため昼食も夕食もプールサイドで食べ、1日の滞在時間は12時間以上になった。こんなに取材先に滞在したのも初めてで、結果としてとても濃厚な取材ができた。
「シンクロナイズドスイミング」から2018年に名前が変わり、日本にとって不利になる大きなルール変更もあった。現に五輪では2大会連続でメダルを逃している。それでも「これまで先輩方が築いてくださった日本のシンクロ(AS)を絶やしたくない。強い日本をもう一度見せたい」という思いから、厳しい練習に臨んでいる。

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