ハンドボールのGKに特化した1日講習「第1回 Japan Handball GKキャンプ」が2026年8月15日、千葉県印西市の順天堂大学さくらキャンパスで開催されました。豪雨に見舞われましたが無事スタート、およそ100人が参加しました。リーグHの菊池啓太GKコーチ(アランマーレ富山)と今井郁維GKコーチ(香川銀行シラソル香川)が、世界で通用する最新理論を惜しみなく伝えていました。
今井郁維コーチと「エコロジカルアプローチ」

午前中は座学でした。今井コーチは、エコロジカルアプローチと1週間の練習メニューの組み立てを話しました。エコロジカルアプローチをざっくりと説明すると、練習環境に制約を加えることで、選手が自然とスキルを身につける指導方法です。このエコロジカルアプローチは、今井コーチが順天堂大学の大学院時代に学び、傾倒している理論です。
「日本協会が主催したマッツ・オルソン(世界的な名GKコーチ)の講習会で教えていた練習メニューも、エコロジカルアプローチでした。この指導方法が日本に浸透していけば、指導の内容が劇的に変わり、日本の競技力が向上し、日本に利益をもたらすだろうと思っています」
中学生や高校生には難しい講義でしたが「指導者にぜひとも知ってもらいたい」という今井コーチの熱意が伝わる内容でした。
菊池啓太コーチと育成システム作り

続いての菊池コーチは世界のGK育成システムの紹介から始まり、「自チームにGK育成システムを作りましょう」という大胆な提言につなげていました。自分たちで練習メニューを考え、自分たちで高めていける仕組みを、菊池コーチはアランマーレ富山でも作っています。
「アランマーレ富山には今、実質3人のGKコーチがいます。僕と、5年目の笠野未奈と、4年目の清水杏夏の3人です。僕がいなくても、今日の練習は彼女たちで考えてやっています」
もちろん最終責任者である菊池コーチが管理するのですが、ガチガチに縛るのではなく、選手個人で考える「余白」を残しつつ、方向性がずれそうなタイミングでは適度に「介入」します。最終的にはGKコーチがいなくても、自分で自分を伸ばしていける選手を作ることが目標です。
自然と展開読むように

午後はお待ちかねの実技です。今井コーチはエコロジカルアプローチに基づいた練習メニューを紹介しました。コートプレーヤー(CP)は3対3をやって、GKはシュートを止めます。ただしGKは台の上に立って、相手が打ってくると思ったタイミングで台から降ります。参加者が「打ってくる」と思って台から降りても、実際にはシュートが来ないといった場面が見受けられました。今井コーチは「台から降りるタイミングを考えることで、相手の展開を自然と読む(リーディングする)ようになります」と言っていました。

さらに興味深いメニューがありました。GKは両手でビブスを持って、CPのシュートに備えます。シュートが来ると思ったら、ビブスを投げ上げて、シュートを防いで、さらに落ちてくるビブスをキャッチします。かなり難しいマルチタスクなので、デモンストレーションで参加した順天堂大学女子ハンドボール部の選手もできません。でもみんな楽しそうにやっていました。今井コーチは、練習の意図をこのように説明しています。
「ビブスを早く投げてしまうのは、早動きしているからです。『早く動くな』とGKに言っても、どのタイミングで動けばいいかわかりません。ビブスを投げる制約をつけることで、タイミングが可視化され、どのタイミングで動き出せばいいのかが見えてきます」
遊び感覚で楽しめるメニューですが、今井コーチからは補足がありました。
「この練習は4回ぐらいにとどめておいて、『悔しい』『もっとやりたい』といった気持ちを、次の日以降の練習につなげてください」
練習で「お腹いっぱい」にさせないための工夫です。専門用語で言うと「情動的な負荷をかける」一例です。
人それぞれの快適な構え

続いては菊池コーチの実技です。まずは自分の体に合った構え方を、丁寧に分類していました。
「足首を使ってピョンピョン跳ねた方が動きやすい人は、こっちに集まってください。足を地面につけて、太ももの力で切り返した方が動きやすい人は、反対側に集まってください。分かれましたね。どちらも正解です。足首で跳ねるタイプの代表例は中村匠選手(豊田合成ブルーファルコン名古屋)。足を地面につけるタイプの代表例は加藤芳規選手(ブレイヴキングス刈谷)。日本の従来の指導法は、足首で跳ねるタイプに合う教え方だけで、ほかのタイプには合わない教えでした」
その後も菊池コーチはつま先の向き、かかとを浮かすか浮かさないかなどを細かくチェックし「筋力がついてきたりすると、快適な構えも変わってくるから、数カ月おきに自分でチェックしてみましょう」と締めくくりました。「選手個々で構えは違う」というドイツの指導をベースに、内容が以前よりもグレードアップしていました。
「去年ブレスト・ブリュターニュ(フランス女子1部の強豪)に行った時、GKコーチの師匠マチューさんに『ここはもっと深められるぞ』と言われて、勉強不足を痛感しました。そこから体の使い方などを勉強して、今回の指導に生かしています」
構え方は人それぞれで、力の出し方、得意な動きも違ってきます。ここが言語化されれば、日本にも個性的なGKがたくさん生まれてきそうです。
自走する選手を作る「余白」

続いて菊池コーチは「遊ぶぞ!」と言って、コーディネーション系のトレーニングを始めました。2人一組で、相手が投げたボールをキャッチしたあとに、ボールを投げた腕と同じ側の足を蹴り上げるトレーニングです。動きのなかに必ず判断を入れるのは、菊池コーチが重要視している部分です。
そのうち選手も慣れてきて、両手をクロスさせるなどフェイントを使うようになってきました。菊池コーチは「いいね!」と、選手のアイデアを尊重します。最後は選手同士が話し合って、自分たちでトレーニングを作るよう導いていました。
選手が自分たちで作った練習に興じているタイミングで、菊池コーチは指導者だけを集めて説明を始めました。
「自分たちで考える余白を作ることで、選手は自ら考えて、新たなメニューを作り出していきます。指導者のみなさんは毎日同じメニューをやらせるのではなく、できれば毎日違うメニューを提示してください。最終的には選手が自分たちでメニューを考え、自走していけるようなGKに育ててください」
栃木から参加した中学生

今回のGKキャンプには北は北海道から、南は兵庫まで、多くのGKが参加しました。栃木からやってきた蓼沼空寿実は中学2年生。2025年に創設されたばかりのクラブチームGRACE Tochigi のGKで、中原直人監督とともに受講しました。
「学びながら、いろんな人とも仲良くなれて、とてもよかったです」
中学生には高度な内容だったかもしれませんが、高校、大学と進んでいくうちに「あの日教わったのは、こういうことだったのか」と気づく日がくるでしょう。
インターハイ出場選手も参加

法政二高(神奈川)の3年生・野澤逞は、2026年8月のインターハイに出場していました。全国ベスト8のGKです。
「インターハイから帰ってきたあと、以前教えてもらった菊池さんに連絡を入れて、急遽参加させてもらいました。チームがもっと上に行くには、GKの僕がもっと上手くならないと」
向上心に燃える野澤に、GKキャンプで驚きの再会が待っていました。インターハイの2回戦で対戦した三本木高校(青森)のGK滝田陽人がいたのです。お互いに「驚きましたよ」と言いながら、すぐに意気投合し、実技では仲良くペアを組んでいました。
全体の指導が終了後も、個別の質問への対応が続き、第1回のGKキャンプは大盛況でした。初めての試みに、今井コーチは充実の表情でした。
「参加したみなさんが『おもしろかった』と言ってくださったのが、とてもうれしかったです。講義の内容はあえて指導者向けに設定しました。GKを育てられる指導者を増やすのが、このキャンプの狙いでもあるので」
菊池コーチも言います。「バスが止まったりのアクシデントがあったにもかかわらず、これだけ多くの方に集まっていただき、本当にありがとうございました。これからもGKキャンプは続けていきたいので、今後ともよろしくお願いします」
若くて国際感覚のあるGKコーチの直接指導が受けられるGKキャンプは、これまでの日本になかったものでした。このGKキャンプから多くのGKが育ち、自分で自分を伸ばせる選手が増えれば、日本のハンドボール界が大きく変わるはず。歴史的なキャンプの第1回に立ち会えたことは、大きな喜びです。
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