ラスト2周のもがくようなスパートに、魂を揺さぶられた。
イタリアで開催中のミラノ・コルティナ冬季五輪はまだ序盤戦。ここまでで最も印象に残ったハイライトシーンを挙げよと言われれば、私は2026年2月7日にあったスピードスケート女子3000メートルを推す。
100分の1秒単位で決着することも多いスピードスケートで、イタリアのフランチェスカ・ロロブリジダが従来の五輪記録(3分56秒93)を2秒65も上回る3分54秒28の五輪新記録で金メダルを獲った。銀メダルのラグネ・ウィクルンド(ノルウェー)にも2秒以上の大差。その驚異的なオリンピックレコードで、彼女はイタリア女子として初のスピードスケート金メダリストになった。しかもこの日は彼女の35歳の誕生日。さらにロロブリジダが表彰台のてっぺんに上がるまでのストーリーを知って、この金メダルがますます輝きを増して見えた。
女子3000メートルは日本時間の8日午前1時半ごろのレースだった。無料動画配信サービスTverで見逃し配信が観られるので、ぜひ観てほしい。平昌五輪金メダリストの高木菜那さんの感情がこもった名解説も必聴だ。
2200Mから前へ、高木菜那さん名解説
地元の大歓声を受けてアウトレーンからスタートしたロロブリジダ。スタートして間もなく、解説者で平昌五輪金メダリスト(団体パシュート、マススタート二冠)の高木菜那さんが言った。
「ロロブリジダ選手は2022年の北京オリンピックで(銀)メダルを獲ったあと、結婚して出産されて戻ってきたんですよ」「戻ってきてどうなのかなと思ったら、世界の大会で表彰台に乗るぐらい速くて。このオリンピックに懸けて戻ってきたんだなと思わせる感じです」
ロロブリジダはレース終盤まで同組のカナダのヴァレリー・マルテ(銅メダル獲得)にリードを許していた。力を温存しながらじっと耐えていたのだろう。しかし、残り2周。2200メートルでスッと前に出た。解説の高木さんが続ける。「はい、ロロブリジダ選手はラップを上げてきましたよ。疲れてきたなと思うなかで、ラップを上げてくるすごい選手なんですよ。足が最後まで止まらない選手!」
ロロブリジダの真骨頂はここからだった。指先を頭上まで振り上げる、大きな腕振りで加速していく。歯を食いしばり、表情は歪むが、ひざは前へ前へ。大歓声を受けてピッチが上がる。「母国イタリアでの開催。応援がすごく力になっていますね」と高木さん。そしてフィニッシュの瞬間。五輪新記録を表す「OR(Olymipic Record)」の表示とともに、3分54秒28のタイムが出ると、高木さんは「すごーい!」と絶叫。「いいレースだったなあ」と感嘆の声を上げた。高木さんは現役時代、彼女とチームメートだったことがあり、一緒にイタリアで合宿したこともある間柄だと話した。「すごく優しくて、フレンドリーな選手なんです」。解説にも力がこもった。
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母親とスケーターの両立、簡単じゃなかった
この日が35歳の誕生日だったロロブリジダはレース後、記者団に「完璧な一日だった」と振り返った。「家族が応援に来てくれて、イタリアでこの瞬間を迎えられたのは信じられない。夢の中の夢が叶った」。そして付け加えた。「母親とスケーターの両立は簡単ではなかった」
リンクサイドからは、2歳半の息子トマソくんがレースを見守っていた。「自分のためだけでなく、彼のために成し遂げた。いつか彼が私を誇りに思ってくれるように」とロロブリジダ。「母親になっても、もっと強くなって戻ってこられるってことを示したかった」
彼女の快挙を伝えた数ある報道のなかで、米ESPNはロロブリジダが時折、咳をしながら話していたことに記事で触れた。2歳半の息子トマソくんが幼稚園で感染したかもしれない病気と、数ヶ月にわたって母子で戦っていたことを明かした。その病気のせいで、彼女は一時、ひどく落ち込み、「レースのたびに泣く」原因になっていたという。地元五輪開幕前には引退もよぎったという。「シーズン序盤は本当に諦めかけた」とロロブリジダ。「でも、私を信じてくれた人たちが『いや、絶対に戦うべきだ』と言ってくれた人のためにやり切った」
前回五輪の銀メダリストとはいえ、出産を経て、子育てに追われ、今季は調子が上がらなかった。そして「銅メダルでも満足」と本番に臨んだというロロブリジダの五輪新記録での金メダルは、大きなサプライズだった。ロロブリジダの「一発」で、スピードスケート王国のオランダ代表の優勝候補と言われたヨーイ・ベーネが表彰台を逃す結果に。ミラノ・コルティナ大会は女子3000メートルで、オランダ選手が16年ぶりにメダルを獲得できなかった大会となった。
そんなロロブリジダの歴史的勝利を、イタリアのジョルジア・メローニ首相はinstagramで祝福し、彼女をイタリアの誇りと称えた。
「フランチェスカ・ロロブリジダ、誕生日にオリンピック記録でイタリア初の金メダルという素晴らしい成果を成し遂げたことを祝福します」「イタリアの誇り、才能、そして決意。ブラボー!」メローニ首相はそう記した。
フランチェスカ・ロロブリジダ 1981年2月7日、ローマ近郊のイタリア・ラツィオ州フラスカーティ生まれ。1歳2か月でスケート靴を履く。インラインスケートの元選手だった父の影響でもともとは氷上ではなくローラー競技のインラインスケート選手。世界選手権を16度制覇した後、五輪出場の夢を叶えるためにスピードスケートへ転向した。2022年北京五輪女子3000m 銀メダル、マススタート 銅メダル。 2022年北京五輪の後に一時競技を離れ、2023年5月に長男トマソ君を出産。出産を経て競技に復帰し、地元開催の2026年大会で35歳の誕生日当日に金メダルを獲得するという、劇的な復活を遂げた。1950〜60年代に「世界一美しい女性」と称された伝説的ハリウッド女優、故ジーナ・ロロブリジダを大叔母(祖父の妹)に持つ。
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