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【競輪】女子ハンドボール元日本代表の菊池杏菜、競輪選手養成所入所試験に合格

年末年始に帰省した岩手県盛岡市の菊池の実家にて。富山から自転車を車で持ち帰った=本人提供
年末年始に帰省した岩手県盛岡市の菊池の実家にて。富山から自転車を車で持ち帰った=本人提供
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新たな夢のスタートラインに立った。

ハンドボール女子の元日本代表でリーグH女子・アランマーレ富山を2024-2025シーズン限りで退団した菊池杏菜(27)が2026年1月15日、日本競輪選手養成所選手候補生入所試験に合格した。14年間打ち込んだハンドボールに区切りをつけて「競輪選手になる」と、異例の転向表明から6か月。「ハンドボールを引退してからすべての行動が競輪につながるように意識してきた」という菊池は、女子の募集定員20名の狭き門を突破。5月から、プロ競輪選手になるための機関、日本競輪選手養成所(静岡県伊豆市)での約10か月の寮生活に入り、2027年春のデビューを目指す。

目次

「現実がやっと追いついてきた」

プロ競輪選手を目指す候補生は今年度、女子20人の募集定員に対して、全国から17歳から51歳までの64人の応募があった。ハンドボールでパリ五輪世界最終予選の日本代表メンバーに選ばれた菊池は自転車競技は未経験者ながら、所属していたアランマーレ富山での2023年かごしま国体3位の実績が評価されて、「日本国内で実施される全国規模の大会に出場して第1位から第8位の成績を収めた者」の適性試験の第1次試験を免除される条件に該当。第1次試験を免除された応募者2人のうちの1人だった。

2025年11月にあった第2次試験では、固定式自転車による最大パワーの測定や、400字の作文、面接そして就職活動でも使われるSPI(適性検査)が課され、菊池はこれらも見事クリアした。

合格の知らせを受けた菊池は取材に対し、「一安心ですが、私の中ではハンドボールを引退した瞬間からもう競輪選手への挑戦が始まっています。現実がやっと追いついてきた感じがします」と話した。ハンドボール引退後のこの半年間はアルバイトなどはせず、貯金を切り崩しながら、競輪のトレーニングに全力集中してきたという。

養成所はスマホ禁止、最終関門は国家試験

5月に入所予定の養成所では競輪選手として必要な知識や技術を約10か月間にわたってみっちり学ぶ。午前は主に法令や栄養管理などの座学が中心。午後はウエイトトレーニングや自転車での長距離走行、トラックでの走行技術習得などの実技が中心で、自転車整備についても習得する。

午前6時半起床、午後10時消灯の規則正しい生活でスマートフォンは使えない。 養成所の卒業試験に合格した後は、国家試験である競輪選手資格検定を受験する。この検定に合格してはじめて競輪選手の資格を得ることができる。

菊池は養成所への入所を前に「これまでのハンドボール人生で集団生活には慣れています。おそらく27歳の私は同期のなかでも年齢が上の方かと思うので、同期をまとめていければ」と話している。

富山に恩返しを

抜群のフィジカルを武器にアランマーレ富山を牽引した菊池杏菜=提供:アランマーレ富山
抜群のフィジカルを武器にアランマーレ富山を牽引した菊池杏菜=アランマーレ富山提供

菊池は出身の岩手から富山に移り住んで10年目。アランマーレ富山が日本リーグに参入した初年度から応援してもらった富山に格別の愛着がわいているという。お世話になった方々も多く、行きつけのすし屋もあるのだとか。これまでハンドボール選手として応援してもらった富山に、今度は自分が恩返しする番だと語る。

そのために、競輪選手になったら富山競輪場を主戦場とする富山支部に所属するつもりだ。富山支部には唯一の女子競輪選手、下条未悠選手(26)がいる。彼女とはすでに親交があり、アランマーレ所属時代には下条選手がハンドボールの応援に駆けつけてくれていた。

すでにトラック専用でブレーキがないピストバイクを買った。ハンドボール選手としては下半身を中心に鍛え抜いた抜群のフィジカルで鳴らした菊池だが、「私にはまだ技術がない。いまのところ脚のパワーだけで漕いでいる感じ」だという。「ハンドボールで鍛えた脚を過信しすぎると危険だと感じています」とも語り、慎重な態度を崩さない。「ハンドボールと自転車では、動作が全く違うので、自転車の動作について論理的に理解した上で、これからもトレーニングを積んでいきたい」と謙虚に締めくくった。

もがいて、もがいて、突き抜ける。夢はガールズ競輪日本一。菊池杏菜の競技人生第二章が始まる。

ガールズ競輪 競輪は戦後から80年近く続く日本発祥の競技。かつては男子と同様に15年間「女子競輪」が行われていたが、1964年に終了した。2012年ロンドン五輪で「女子ケイリン」が正式種目となり、選手強化を目的に「ガールズケイリン」として復活。2012年に第1期生33名で再開され、毎年20名前後の女子選手がデビューしている。現在は全国に約200人の選手がいる。最高時速は約65キロ。GIで優勝した選手と年間の獲得賞金額上位者を合わせた7選手が12月、その年のナンバーワンを決めるガールズグランプリに出場する。

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