第77回ハンドボール日本選手権は男女共催で2025年12月17日~21日、広島市内の4会場で行われました。男子決勝に進出したのは、大会5連覇中の豊田合成ブルーファルコン名古屋と、初の決勝進出を決めたジークスター東京でした。試合は41-31で豊田合成が勝利し、6連覇を達成しています。
前半7分:バラスケス、序盤から絶好調

決勝戦の豊田合成ブルーファルコン名古屋は、いつも苦境に立たされることが多いのですが、2025年は違いました。驚くほどスムーズな立ち上がりで、試合の主導権を握りました。チームを勢いづけたのは、キューバ出身のレフトバック、ヨアン・バラスケス。中央からチーム最初の得点を挙げると、大きくクロスしてのロングシュートに、相手DFの2枚目と3枚目の間を押し込む突進もありで、開始7分5-1とリードを奪います。 (下に記事が続きます)
前半10分:バラスケスと古屋悠生、右利き同士のクロス

その後も合成は自分たちのペースで試合を進めていきます。合成の7点目は、レフトバックのバラスケスとセンターのキャプテン古屋悠生のクロスでした。クロスの動きは、左利きがインに行きながらクロスするのが一般的ですが、今年の合成は右利き同士で、アウトに行くクロスを使っています。準々決勝の福井永平寺ブルーサンダー戦でも、同じクロスを古屋と決めていた田中大介はこう言っていました。
「外へのクロスは、去年までいたウーゴ・ロペス(元コーチ)が教えてくれた技。『こういう動きも試合でやってほしい』と言われていたプレーです。やっとタイミングよくやれるようになってきたかな。最初にアタックする人が100%の強度でアタックするのが大事なんで、そこは2人とも意識しています」
決勝戦ではバラスケスが強く前を狙ってDFを2枚寄せて、外にクロスした古屋は広くなった左のアウトスペースを切れ込んで、得点に結びつけています。
前半17分:朝野暉英がルーズボール死守

豪快な得点も目立ちますが、合成の基本はDFから。GK中村匠に、ディエゴ・マルティンと戸井凱音の3枚目を中心に、一人ひとりがハードワークします。前半17分には、途中からライトウイングに入った朝野暉英がパスカット。そのままこぼれたボールをつかんで離さず、マイボールにしました。技術の高い2年目の大型サイドシューター朝野が、DFでも存在感を示しました。
「僕には身長がある(185㎝)から、いずれは日本代表でも2枚目を守れるようになりたい」と、朝野は言います。今回のアジア選手権には惜しくも選ばれませんでしたが、DFへの執念を見せていれば、近い将来、代表に定着できるでしょう。前半20分には朝野のパスカットから戸井のエンプティゴールへとつなげて14-7。ここでジークスター東京がタイムアウトを取りました。(下に記事が続きます)
前半29分:泉本心の速攻

ジークスター東京は部井久アダム勇樹をトップに出す5:1DFに切り替えるなど、佐藤智仁監督は状況を打開するための一手を模索していました。前半29分にはGK岩下祐太のロングパスに泉本心が走り、13点目を返します。これで13-19。準々決勝のトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城戦も、ジークは前半13-19から追いつき、泉本のエンプティゴールで勝ちました。佐藤監督は準決勝のブレイヴキングス刈谷戦でも1点差で勝利したことを踏まえて、こう言っています。
「準々決勝も準決勝も、これまでのジークなら落としていた展開。そういう試合を粘り強く拾えるようになってきた。玉川裕康がケガでいないから、今年の開幕当初は守れなくて、みんな文句を言っていました。悪いときのウチは、外に目を向けがちですが、そこで自分自身に目を向けるよう言ってきました。若い選手には『こういうプレーをすれば、出場機会が増えて、チームの勝利に貢献できるから』と言い続けてきました」
オールスターで手っ取り早く勝とうとしていたジークを、佐藤監督は血の通ったチームにしています。GKの大山翔吾に、蔦谷大雅、泉本、伊禮雅太ら若手の使い方も巧みです。
後半5分:バラスケスと趙顯章のマッチアップ

この試合で興味深かったのが、合成のバラスケスとジークの趙顯章のマッチアップでした。左の2枚目DFに入るバラスケスと、ピヴォットもしくはライトバックに入る趙顯章。かつてのチームメート同士で、試合中も適度に会話を楽しみながらぶつかり合っていました。
後半5分には、バラスケスのハードな接触で、趙が倒れました。審判の村田哲郎&古川英樹ペアは試合を止めてVAR(ビデオ検証)で確認します。検証の結果、趙のシミュレーション(過剰な演技)となり、趙に退場がつきました。バラスケスは「趙とは4年間一緒に練習してきたから、お互いのことはよく知っている。彼がこういう場面でオーバーアクションをすることも知っているよ」と涼しい顔でした。この日13得点のシュート力だけでなく、DFでも手を抜かずにハードワークするのが、バラスケスの一番の長所です。(下に記事が続きます)
後半8分:守護神・中村匠、7mスロー阻止

「DFの合成」の最後の砦は、GKの中村匠です。後半8分には左腕・中村翼の7mスローを阻止しました。引っ張り(左利きの中村翼から見て右側)のシュートに対して、中村匠は体勢を崩すことなく、爆発的なスライディングを見せていました。
ただ足で滑るのではなく、体の中心をゴールの端まで持ってくるような、ダイナミックなキーピング。2025年12月の女子世界選手権で、日本の守護神・亀谷さくら(モルデ・エリート/ノルウェー)が見せていた技です。今回の日本選手権で同じようなスライディングを見せていたのが、女子では笠野未奈(アランマーレ富山)、男子では中村匠でした。2026年のアジア選手権でも、この爆発的なスライディングを見たいですね。(下に記事が続きます)
後半8分:荒瀬廉、間にはまってカットイン

中村匠の好セーブの直後に、合成にいい攻撃がありました。センターの古屋からパスをもらったライトバックの荒瀬廉がDFの間にはまり、シュートを決めて25-15としました。シンプルな攻撃でしたが、ルーキー荒瀬の成長が感じられたプレーでした。
荒瀬と言えば、大阪体育大学時代からトリッキーなシュートで有名でした。2024年8月のパリ・サン=ジェルマン戦で見せた、数々のブラインドシュートを覚えているファンも多いでしょう。ただトリッキーなシュートに頼りすぎるため、安定感がありませんでした。初見の相手には通用しても、分析をされるとすぐに止められてしまいます。荒瀬も合成に入って、自分の課題を改善しようと努力してきました。
「大学時代はめちゃくちゃ打って、ミスもあるけどまあまあ点も取れていた。でも合成には自分よりうまい人がいっぱいいる。そこで自分の役割は何かを考えました。OF専門で出してもらうからには、得点とアシスト。『自分が、自分が』になるのではなく、落ち着いて『この人を抜いたら、次にこの人が寄ってくるだろうからパス』というように、プレーの選択肢が増えてきたから、無茶打ちが減りました。練習で気づいたことを試合で出せて、得点以上のものを得られた大会だったかな」
間にはまってシンプルに打ちつつも、GKの頭上をハーフループで抜いていく荒瀬らしい技もあり、非常に中身のある1点でした。後半19分には、ライトバックの荒瀬からレフトバックの小塩豪紀への飛ばしパスもありました。プレーの幅が広がり「初見殺し」だけではなくなった荒瀬は、2026年のアジア選手権メンバーにも追加で招集されています。(下に記事が続きます)
後半25分:田中大介、古屋悠生、荒瀬廉のスモールラインナップ

10点差を保ち続けてきた合成は、後半25分前後からバックプレーヤーを田中大介、古屋悠生、荒瀬廉の3人で組みました。身長170㎝台の3人で、なおかつ司令塔の田中と古屋を同時に起用するこの布陣は、今大会の合成の新たな武器です。レフトバックの水町孝太郎のケガから生まれた「苦肉の策」ではありますが、小回りの利く3人の超高速なパス回しは圧巻です。
古屋は「僕も田中大介も両方がゲームをコントロールし、お互いにいてほしい場所がわかるから、とてもやりやすい」と言っていました。田中は「この3人ならディスタンスシュートがないだろうと、相手もベタ引きの一線DFで来るだろうけど、ベタ引きされても全然困らない。少しでもスペースがあれば、僕たちは切れ込めるし、ピヴォットの市原宗弥もサイドスクリーンで助けてくれるから」と、小さな3人が並ぶメリットを強調していました。主力のケガがあっても、こういう新たな引き出しを常に用意しているあたりが、合成が勝ち続ける理由のひとつです。(下に記事が続きます)
バラスケス「私たちは欲深い」

試合は41-31で合成が圧勝し、ジークの挑戦を退けました。プレーオフや日本選手権の合成は、アクシデントを乗り越えながら、僅差の試合を物にするイメージが強かったのですが、今大会は4試合連続の40得点以上と、抜群の仕上がりでした。それでも田中茂監督は「僕たちは満足してはいけない」と、表情を引き締めていました。「ヨアン(バラスケス)が決めて、中村匠が止めたから、この結果になったけど、それがもし10㎝ずれていたら、どうなっていたかわからない。そういう紙一重のところでひとつ間違うと、ジークスター東京も力のあるチームだから、一気に持っていかれる可能性があった」と言います。連覇が始まった当初から「大黒柱に依存しすぎないチーム作り」をしてきた田中監督のチームマネジメントが土台にあり、そこにエースと守護神が存分に力を発揮すれば、このような大差になるのでしょう。
13得点でMVPに選ばれたバラスケスは「6連覇になったけど、私たちはまた次の優勝を目指しています。私たちは欲深いチームだから」と言って、笑いを誘いました。キャプテンの古屋も「セットのOF、DFともに完璧だったかと言われたら、そんなことはない。1歩足が出なかったら、状況が大きく変わってしまう。完璧は無理だとしても、完璧に近づけることが大事。その小さい積み重ねが、1本のパスカットだったり、1歩踏み込めたりといったプレーにつながるし、それを60分表現できたかを突き詰めていきたい」と言っていました。
勝ってなおハングリーな豊田合成ブルーファルコン名古屋。積み重ねてきた物の違いを感じさせる優勝でした。

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