パリ五輪柔道女子48キロ級金メダリストの角田夏実(32)=SBC湘南美容クリニック=に会った。パリ五輪開会式の翌日、2024年7月27日、私も当地にいたパリのシャンドマルス・アリーナで角田は日本選手団の金メダル第1号になった。
対戦相手が警戒し、来るぞ来るぞと分かっていてもその技で仕留めてしまう巴投げからの腕ひしぎ十字固め。得意技に徹底的にこだわって勝ち取った金メダルは、まさに一芸特化型スタイルの結実だった。
女子48キロ級の金メダルはアテネ大会の谷亮子さん以来20年ぶりだったが、多彩な技を持つ「万能型」の谷さんとは対照的な「オンリーワン」戦法。角田の柔道には、唯一無二の個性を尖らせることがいかに大事か教えられた。
パリ五輪までの1年「ブレーキがきかない車に乗っていた」
そんな角田も中学時代に出場した初めての全国大会は、たった「13秒」で負けた。地元千葉から、家族も応援に駆けつけた高知での大会で相手選手に投げ技を繰り出されて「瞬殺」の一本負け。姉の真美さんからは「もう終わったの?」とポカンとされたそうだ。訳も分からず、涙があふれ、「今の技は何ですか?」とコーチに聞いた。すると、角田いわく「コーチはめっちゃ笑ってて、『ごめん。その技の防ぎ方、教えていなかったね』」。金メダリストのいとおしいエピソードである。
五輪初出場の内定が決まったのはパリ五輪の1年以上前の2023年6月だった。全日本柔道連盟はパリ五輪に向け、それまでの五輪では全階級一括で内定を出していたのを改め、角田や阿部一二三、詩きょうだいらに日本柔道史上最速となるおよそ1年1ヶ月前に五輪代表の内定を出した。
勝って当たり前、金メダル以外は「負け」とも言われる日本のお家芸の柔道で、五輪本番までの長い13か月の重圧を角田は「ブレーキがきかない車に乗っていた感覚」と振り返った。
「寝ている間もゾンビと戦っている夢を見て、寝ている方がぐったり疲れることもあった」「私は世界で一番練習したとは言い切れないけれど、私ができることはやり切った」
日本柔道史上最年長となる31歳11か月で五輪金メダリストに輝いた角田。現在はローソンのテレビCMに出演し、年末の特番にも引っ張りだこ。次の2026年ロサンゼルス五輪に挑戦するかどうか、まだ決めていないようだが、遅咲きの花がもう一度咲くのを私は見たい。
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