2023年12月17日、神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場でサッカー元日本代表MF・中村俊輔(現横浜FCコーチ)の引退試合が行われた。
現役最後のクラブとなった横浜FCに縁のある「YOKOHAMA FC FRIENDS」と日本代表の戦友で構成された「J-DREAMS」によるFAREWELL MATCH。特に中田英寿氏、小野伸二氏らが名を連ねるJ-DREAMSは、日本サッカー界を彩ったレジェンドによる豪華な顔ぶれとなった。両チームのユニフォームに袖を通し、計6得点。敵味方、そして審判も含めた「絶好のFK演出」の期待に応えるかのように、黄金の左足でFKハットトリックを達成した。
引退試合で芸術的FK3発
スコットランド1部・セルティック時代の2006年、UEFAチャンピオンズリーグでのマンチェスター・ユナイテッド相手に決めた伝説弾など、「芸術的FK」は中村の代名詞だ。引退試合での3発も現役時代をほうふつとさせる鮮やかな弧を描き、有終の美を飾った。
イタリア・セリエAレッジーナ時代の3年間(2002~2005)、私は日刊スポーツのイタリア駐在員として、彼の全ての練習や試合を取材した。その懐かしさもあり、彼のキャリアの足跡を改めてウィキペディアでたどった。ウィキペディアのプレースタイルにも「プレースキックの名手」と記載され、世界のサッカーファンに中村の「黄金の左足」は知られている。さて、そのままウィキペディアを読み進むと「スポーツ科学の見地から」に興味深い記述があった。
その個所を引用させていただく。
ピッチに入り乱れる選手の位置を瞬時に把握し、的確なプレーにつなげるには、「スポーツビジョン」(スポーツに必要な視力)と視野の広さが必要と言われる。その中でもサッカーでは、わずかなスペースを見つける能力である深視力の重要性が指摘されている。スポーツビジョン研究会代表の真下一策は、「選手の位置関係を立体的に認識するのが深視力。日本代表らJリーグのトップ選手と、それ以外の選手を比較すると、深視力だけが、最も開きがあった。」「糸を引くようなパスを次々通す人は、位置関係を俯瞰できる能力にたけている。」と述べ、また中村の深視力について過去に中村を指導した経験を持つ浦和アカデミーセンターコーチの池田誠剛は、「シュンは深視力の数値が良かった。」と証言している。
ウィキペディア中村俊輔 「スポーツ科学の見地から」
深視力=物の奥行きをとらえる能力
「深視力」とは、物体の遠近感、立体感、奥行き、動的な遠近感を捉える目の能力の一つで、人間が両目で見ている物体を一つのものとして認識する際に発揮されるとのこと。要するに、物体の位置情報を把握する能力であり、運転やスポーツなどにおいて重要な能力とのことで、大型免許や二種免許の取得・更新時には「深視力検査」が行われる。
検査は三桿方式で3回行われ、箱状の検査器機の中に3本の棒があり、手前や奥に動く真ん中の棒が両隣の棒と並んだ時にボタンを押して棒の動きを止める検査で、両隣との誤差が小さいほど「深視力」に優れていると判定される。
深視力いかしパス自在
日韓ワールドカップ落選(2002)からの再出発として選んだレッジーナ時代、思い起こせば中村の「深視力の高さ」を何度も目の当たりにした。
イタリア半島最南端に位置するカラブリア州の州都レッジョ・ディ・カラブリアでの3年間。イタリア4大マフィアの一つ’Ndrangheta(ンドランゲタ)の暗躍が今でも地元紙Gazzetta del Sud online版の一面見出しに踊る街ーー。それまで過ごした横浜とは180度違う空気に包まれたレッジョ・ディ・カラブリアで、中村はオン・オフ問わずに「深視力」を発揮していた。
ピッチ上では味方選手と相手選手の動くスピードとコース、特長を瞬時に判断してのスルーパスやロングパス、時にはレーザービームのような低弾道パスも織り交ぜながらチャンスを演出した。さらに驚くべきは、ホテルやお気に入りのレストラン、ピッツェリアへ向かう道中でも類まれなる「深視力」を発揮していたことだ。
イタリア流の路駐も一発決め
「他人を良い意味で信用しない自己中心的な運転」を繰り広げるのが一般的なイタリアで、中村は周囲の車やバイク、自転車などのスピードや動きを読み切り、スムーズな追い越し、右左折、Uターンなど自由自在に”青のBMW”を操っていた。中でも圧巻は駐車時だった。日本と違い車所持に車庫証明の不要なイタリアは、路上駐車が一般的で我先に自宅前の道路に愛車を停めるお国柄。レッジョ・ディ・カラブリアもご多分に漏れず、むしろ、駐車場の少ないレッジョ・ディ・カラブリアは他の街以上に路上駐車であふれかえっていた。
駐車までの流れはこんな感じだったか…。ホテルや飲食店など、まずは目的地へと向かい、面した道路に駐車スペースがあれば駐車し、なければウロウロと近隣を周りながら探す。中村は車1台分のスペースを見つけるやいなや、「お、ここ行けるな!」と縦列駐車を成功させていた。車の前後を軽くぶつけながらの縦列駐車も辞さないイタリア人でさえも停車しないようなギリギリのスペースに、毎回ほぼ一発で決めていた。もちろん、ぶつけるどころか、かすらせた記憶もない。一度駐車出来ると判断してから、「やっぱり無理だったか…」と諦めたことは、3年間で数えるほどだった気がする。それほど、空間認知能力と運転技術が優れていたことを、ふと思い出した。
「深視力」で導かれた瞬時の最適解を実行に移す技術力こそ、中村の真骨頂でもあった。日本サッカー界を彩った稀代のファンタジスタ。その左足でピッチに描いた芸術は、いつまでも色あせないだろう。
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