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【柔道】受け身は「安全に転ぶ技」。年配者の転倒対策、11カ国で取り組み

マットを敷いた床の上で、マイク・カラン教授(柔道着)から初歩のレッスンを受ける英国の高齢者たち=カラン教授提供
マットを敷いた床の上で、マイク・カラン教授(柔道着)から初歩のレッスンを受ける英国の高齢者たち=提供:マイク・カラン教授
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 日本はもちろんだが、世界的にも高齢者社会を迎えつつある21世紀。欧州を中心に、その高齢者の転倒対策として、柔道の受け身を勧めるプログラムが世界的に広がり始めている。「転ばない」ではなく、「安全に転ぶ」。そこにはケガを防ぐ直接的な狙いとともに、恐怖心を和らげて高齢者に「心の余裕」を提供する柔道本来の特徴を活かした取り組みがあった。

目次

国際会議の発起人は英国・カラン教授

 2025年師走。神奈川県平塚市にある東海大湘南キャンパスには、ドイツ、スペイン、ベルギーらの欧州勢にアメリカ、南半球のオーストラリアも加えて11カ国から約70人の研究者、柔道や医療、福祉の関係者と学生が集まった。エジプト、イラン、ギリシャからの申し込みもあったが、ビザ等の関係で参加できなかったという。3日間の日程で行われたのは「第3回安全転倒国際会議」だ。

 発起人はイギリスのハートフォードシャー大、マイク・カラン教授(64)。欧州柔道連盟科学委員会に所属する同氏は、11歳で柔道を始めた。きっかけは、通っていた学校で男の子がナイフで刺される事件が起き、母親から「身を守るために」と勧められたことだったという。その後、稽古に励んでジュニアの英国王者にもなった。

 現役を引退後は、指導者の道を歩んだ。その彼に転機が訪れたのは職場が現在の大学に移った2018年だ。柔道では、初心者には最初に相手を投げることではなく、投げられてもケガをしないように受け身を教えることから始める。「8歳の少年や少女に受け身を指導するなら、柔道を知らない年配の人たちにも、ケガをしないように受け身を覚えてもらったらいいんじゃないか」と思いたった。

 その頃、同国でも高齢化と、その人たちの転倒事故の多発が社会問題化していた。受け身で、倒れた時の衝撃を少しでも減らせば、ケガも軽くなる。また、そこにかかる医療費の削減も見込めると感じた。

五輪の元日本代表ドクターと意気投合

東京・日本橋「三越」で行われたイベントで、参加者に受け身を教える紙谷武氏(右)=2024年10月、提供:紙谷武氏
東京・日本橋「三越」で行われたイベントで、参加者に受け身を教える紙谷武氏(右)=2024年10月、提供:紙谷氏

 連絡を取ったのは、2021年東京まで4大会連続でオリンピック日本代表のチームドクターを務めた紙谷武・東海学園大教授(52)だ。紙谷氏は柔道を活かして転倒によるケガを最小限にする「やわらちゃん体操」を考案し、すでに日本国内で活動していた。「受け身の効力を伝える国際的な会議をやろう」。2人が意気投合した。

 当初はそれぞれがリーダーを務めるグループの活動報告を共有する小さなミーティングから始め、2023年に念願の第1回の安全転倒国際会議を開いた。それまで日本を含めて、ハンガリーやドイツで個別の活動実績はあったものの、各国に呼び掛けての会議は世界初だったという。

 高齢者は骨がもろい上に筋力も落ちている。もちろん、転ばない体を作ることが最適だが、そこまで鍛えるには抵抗感を持つ人も多くいる。転ぶのが怖くなると自然と外出を控えるケースが増えて、最悪の場合は寝たきりになってしまう。そこまで行くと、本人だけの問題ではなく、介護をする側、家族等の負担が増えるのは必定だ。

 「受け身が出来るようになって、『転んでも大丈夫』と思えるようになれば、外出しようという気持ちも出てくる。心が晴れやかになる。自宅にこもりっきりになるリスクを減らせるだろう。これは柔道の社会貢献活動だ。講道館柔道の創始者である嘉納治五郎師範も『受け身は一生役に立つ護身術』と提唱していた」(下に記事が続きます)

5週間で前回り受け身に挑戦

レッスンが進むと互いに支えあった状態から受け身に入る練習になる=カラン教授提供
レッスンが進むと互いに支えあった状態から受け身に入る練習になる=提供:カラン教授

 早速、イギリス国内で活動を始めた。最初は受講者の不安を取り除くためにコミュニケーションを大切にする。1回30分のレッスンで話しかける内容は「昨日はよく眠れましたか」「最初の練習は床の上に8~9秒、寝転がることです」「次は道場の中で寝てみましょう」「仰向けで30度の角度で両手を広げてください」等。高齢者から「柔道って怖い。痛いのではないか」という考えを取り除ければ、まずは大成功だという。

 その後、寝たままでゆらゆらと体を揺らしたり、腕で畳を叩く動作に入り、ゆっくりとアプローチしながら週1~2回程度、5週間のプログラムを組む。頭を打たないようにあごを引いての後ろ受け身と横受け身が最初の課題。始めは寝たまま。次は座ってから。中腰。立った状態からと進み、倒れた時に手で畳を叩きながら衝撃を分散させる。

 最終的には立った状態からの前回り受け身に挑戦する。受け身を知らない人はつまづいた時などに倒れないようにと、手をついたりする。すると、そこに全体重がかかり、手首、ひじ等の関節を痛めることがよくある。そんな被害を減らすために、あごを引いて自分のおへそを見るようにして出来るだけ体を丸くし、手首に近い部分から腕の外側を徐々にマットに付けていく。体重の衝撃を減らすように回転して、立ち上がるまでを目標にしている。

日英で増える「転倒外傷予防」指導者

活発な意見交換が行われた安全転倒国際会議=NPO法人JUDOs提供
活発な意見交換が行われた安全転倒国際会議=提供:NPO法人JUDOs

 イギリス全土では約800の柔道クラブ、スポーツセンターがあり、その中から196人のコーチがカラン教授のプログラムに賛同し、同様の指導を始める講習を受けているという。

 日本でも全日本柔道連盟内に転倒外傷予防指導員資格養成委員会という組織があり、紙谷氏が委員長を務めている。現在は年2回、試験があり、これまでに113人(指導有資格者は108人)が合格した。ただ、まだ東京、大阪、北海道でしか実施できておらず、今年以降は名古屋、京都、仙台、福岡等の各地域の大都市での普及を急ぎ、将来的には47都道府県に指導員を置く体制を目指している。

カラン教授「社会に役立つ柔道、伝えたい」

3日間の国際会議を終え、参加者に「修了書」を手渡したマイク・カラン教授(左)=提供:NPO法人JUDOs
3日間の国際会議を終え、参加者に「修了書」を手渡したマイク・カラン教授(左)=提供:NPO法人JUDOs

 前回までより日程が1日延びて3日間になった会議では、基調講演のほか、参加国の研究発表、安全な転び方の実演、質疑応答等が活発に行われた。

 カラン教授は「引退後に訪れた東海大で指導者としての矜持を学んだ」と言い、第1回から会場となっている同大学で今後もこの会議を開催していきたい意向を示している。「柔道が社会の役に立つ存在であることを改めて世界中の皆さんに知ってもらい、その効力を多くの人に伝えたい。そのことは『精力善用』『自他共栄』という講道館柔道の精神そのものだと思っている」

 2021年の厚生労働省の調査では、日本国内で65歳以上の転倒、転落、墜落による死亡事故は約9500人。交通事故の4倍以上とのデータがある。

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