日本ハンドボール界待望の一冊が、2026年1月9日に発売されました。菊池啓太GKコーチ(アランマーレ富山)著の「ハンドボールのGKの理論・指導書」(UTSUWA出版)です。単なる実用書ではなく、GKの重要性、考え方がびっしり書かれた「日本のGKの一貫指導指針」とも言える力作です。菊池GKコーチに話を聞きました。
世界共通の原理原則を1冊に

久保:「ハンドボールのGK理論・指導書」を執筆するにあたって、何カ国の一貫指導指針を読み込んだのでしょうか。
菊池:10カ国近くになりますかね。ハンドボールのGKのスタイルは、それぞれの国によって独自のものがあります。だから各国のやり方をそのまま書いたのではなく、どの国にも共通する原理原則をまとめました。
久保:どのようにまとめたのですか。
菊池:たとえばノルウェーなら「ボクシングのように、肩の付近に構えろ」と教えます。ドイツなら「顔の前に構えろ」という教え方です。両方に共通するのは「自分の視野の範囲内に手を出せ」ということ。そういった原理原則を抽出した内容になります。
久保:技術書は練習メニュー、ハウツーがメインですけど、菊池さんの本は重厚な「哲学書」のようです。
菊池:「幹の部分さえあれば、枝葉はGK一人ひとりによって変わってきますよ」というのが、この本で伝えたかった本質です。「GK個人に合わせてどんな風にアレンジしても、この原則さえあれば問題ない」という形にしました。
削りに削って472ページ

久保:菊池さんは語学が堪能で、一次情報をそのままの言語で読める強みがありますが、ここまで沢山の国の言葉だと、さすがに大変だったかと思います。
菊池:翻訳しても言葉だけが浮いてしまって、動きとかけ離れてしまうので、色んな国の人にも手伝ってもらいました。自分がドイツで教わっていたGKコーチの師匠ベンジャミンには、ドイツ語と北欧系の言語をチェックしてもらいました。フランス女子リーグ1部の強豪・ブレストブルターニュにいるマチューには、フランスやスペインの言語をチェックしてもらうなど、細かい部分を詰めていきました。
久保:色んな人の目を通して、必要な内容だけを、この一冊に詰め込んだのですね。
菊池:削りに削って、これです。本当はGKの歴史であったり、各国のGKスタイルの特徴であったりも書きたかったです。GKの理論にはユーゴスラビアスタイルとスカンジナビアスタイルの2つの派閥があって、それぞれがどうやって生まれたのかも書きたかったですけど、現状でもかなり分厚いですよね。
久保:472ページ。枕にできるくらいの分厚さです。
菊池:入れたいことを全部入れたら、これが3~4冊分になると、出版社から言われました。ハリーポッターみたいな厚みの本を3冊も4冊も書けないなと思って、1冊にしました。今回盛り込めなかった内容は、もし書くのなら、次の本で書こうかな。(下に記事が続きます)
これまでの取り組み集約

久保:講習会やインスタグラムで菊池さんの発信していた内容が、この本を読むと理解しやすくなります。
菊池:読者からは「菊池さんの投稿がもっと見やすくなった」とか、以前講習会を受講してくれた人からは「講習会の内容を改めて深く知ることできた」といった言葉をいただいています。以前からやってきた取り組みが集約された本だと思っています。
久保:P218の「止め方の3つの分類と8種類」の表は、わかりやすくてとても助かります。
菊池:当たり前と言えば当たり前の内容なんですよ。でも、それを表にして言語化して整理することで、自分のスキルのブラッシュアップにつながります。
久保:間違った引き出しを開けてしまう先輩達を見よう見まねでコピーしてしまうから、「なんでこの場面で大の字ジャンプをするの?」ってことになるんですね。
菊池:そうなんですよ。この表に基づいて、コースや状況に合う捕り方を選択できるようになってほしいです。
深掘りする講習会開きたい

久保:P171に「構え、位置取り、止め方をつなげて考えることが前提です」とあるのですが、どうやってつなげていけばいいのかが、今ひとつ分かりません。
菊池:構え、位置取り、止め方の最後の部分で「この場合は、こういう風に止める」と書きました。そこでつなげ方を書いたつもりでしたが、あとで考えると「もうちょっと詰めて書くべきだったかな」と反省しています。書ききれなかった内容は、この本の内容を深掘りしたい人向けの講習会を今後開いて、お伝えしたいと思っています。
久保:技術をつなげる感覚は、全身の筋肉を連動させる感覚に近いでしょうか。一つひとつの筋肉を目覚めさせて、脳とつなげていく。ひとつでも筋肉が使いこなせない部位があると、連動しなくなる。そういう感じでしょうか。
菊池:そのとおりです。まずひとつずつスキルを確実に磨いていったうえで、構えと位置取り、位置取りと止め方、構えと止め方というように、2つずつをつなげるメニューをやります。そのあとに2つを意識しながら、3つ目はやや弱めの意識でやるメニューを経て、最終的に3つを連動させたメニューに移行する。こういったトレーニングの組み立てになります。ただ、トレーニングの内容までとなると、ちょっと書き切れないので…。
久保:そこまで書くとしたら、100ページさらに追加になりますね。
菊池:今までの講習会では、原理原則に絞ってやっていましたけど、これからは「原理原則はみなさんも知っている」という前提で、「つなげ方にはこういうやり方がありますよ」という講習会ができると嬉しいです。 (下に記事が続きます)
GKはマルチタスク

久保:この「つなげる」感覚が、日本人には一番必要な部分ですよね。どうしてもひとつのことに集中しがちな国民性なので。
菊池:GKはマルチタスクだと思っています。色んなことを同時に視野に入れながら、考えて行動に起こす。行動の種類も3つのスキル(構え、位置取り、止め方)をベースにいろんな種類があります。「判断があるなかで、マルチタスクを行う」のが、GKの本質です。
久保:菊池さんの講習会では必ず「判断しながら」複数のことを同時にやるように教えていました。周辺視野などを使って、判断に必要な情報を集めていく。それが菊池さんの言うCue(キュー、P346参照)でしょうか。
菊池:そうです。たとえば今日(2026年1月17日)の馬場敦子さん(ハニービー石川)は2本目のセービングで、センターの酒井優貴子(アランマーレ富山)の引っ張り下を止めていました。たぶん馬場さんはライトバックがボールを持っている時点で、視野をある程度センター方向に向けて、酒井がなかに入ってきた瞬間に角度だけ変えて捕れるように準備していたと思います。酒井のゼロイチのシュート(0歩のステップシュート)を先に視野に入れていたから、サプライズショットではなくなりました。自分はベンチで見ていて、心のなかで馬場さんに拍手を送っていました。すげーなーって。(下に記事が続きます)
腰横のサイドシュートには軸移動で

久保:この日の試合で言えば、フレヤ・ハマー(アランマーレ富山)がサイドシュートでやられた時に、菊池さんはベンチから「軸移動OK」みたいなゼスチャーをされていました。
菊池:フレイ(ハマーの愛称)は熱くなると、頭の回路がショートして、悪い癖が出てしまいます。だから「原則ここだけは守って、あとは自由にしていいよ」という指導をしています。
久保:腰横のシュートに対して、くの字の形で腰だけを横に出すGKもいますが、あれはダメなのですか?(P252参照)
菊池:20年前までは、この捕り方でも大丈夫でした。ひと昔前の腰横を狙ったシュートは、ウイングが身体を倒して、より遠くから狙ってくるシュートだったので、縦の角度はありません。だから腰だけを移動しても当たる状況が生まれました。ただ、今の腰横のシュートは違います。杉岡尚樹さん(ブレイヴキングス刈谷)のサイドシュートが一番わかりやすいかと思います。杉岡さんは縦の角度もありながら、腰横を打ち抜けるから、腰だけを移動しても当たらなくなっているんですよね。アングルが違うから当たらない。しかも世界では190㎝を超える大型ウイングが腰横に打ってくるので、腰だけ出したら、その上をシュートが通過してしまうんです。だから体を全部持っていく軸移動(P249参照)の方が理にかなっています。
久保:それでも佐藤美月(アランマーレ富山)は、わかっていても「近め、腰横、ボール1個分」のサイドシュートが入りますよね。
菊池:ウチのGK陣も、練習でいつもやられています。あのスピードとボールの回転で通されると、「対策しているのに、止められない」になるんですよね。(下に記事が続きます)
サイドシュートは1枚目DFに位置を合わせる

久保:改めてですが、サイドシュートの捕り方をここまで丁寧に解説した本は、他にありません。
菊池:今年度のジュニアセレクトカップ(中学生の全国大会)のGKはみんな上手でした。いいGKがいっぱいいたけど、唯一「あれっ?」と思ったのがサイドシュートの止め方でした。だから合っているか間違っているかは別にして、ひとつの基準を作ってあげることが大事なのかなと思っています。
久保:サイドシュートに対して、GKは1枚目DFに位置取りを合わせるという考え方は、とても合理的です(P319参照)。
菊池:省略できるところを理解したうえで省略しているから、ゆっくりサイドシュートが来た場合にも、「内側から始めて、最初から最後まで位置取りをしましょう」という、内側から合わせる捕り方もわかると思います。最初から「内側から合わせろ」となると、やることが多すぎます。位置取りで細かく足を動かす。角度を変えながら足を動かす。構えで手を下げてはいけない。そのなかで出力を落とさずセービングする。この4つをマルチタスクしないといけない。これを中学生にやらせるのは、多分無理だと思います。だからせめて位置取りだけは楽をさせてあげよう。構えと止め方だけでセービングできるような方法として、1枚目DFに位置取りを合わせる考え方があります。
久保:日本の指導の現場では、サイドシュートに対しては「角度のない内側から位置取りを合わせろ」が主流です。まだ跳ぶ力がない年代だと、サイドシュートはほぼ近めにしか来ないですし、そこを通されると監督は激怒します。
菊池:最後の方に書いたのですが、内側から合わせることは決して間違いではありません。そこはGKと指導者が状況に応じて対話しながら、どうするべきか変えていくところです。そこまで書いておいた方がよかったのかなぁ。 (下に記事が続きます)
次世代のGK育てる

久保:この本では各年代の育成指針も書かれています。またP37には「良いGKを1人育成できれば、その国は8年以上、国際大会で結果を出し続ける」とあります。
菊池:男子日本代表なら中村匠さん(豊田合成ブルーファルコン名古屋)、岩下祐太さん(ジークスター東京)、岡本大亮さん(ブレイヴキングス刈谷)が充実している今、次を育成しないといけません。NTSやユースのGKコーチは、さらにその次のGKを発掘、育成を始めないといけません。GKが代替わりする10年を重ねながら育成していくのが望ましいです。それに成功しているのがドイツです。絶対的守護神アンドレアス・ヴォルフがいて、その次にデイビット・スペースという24歳のGKがいて、その下にU18のGKが台頭しています。3世代がしっかりできています。そこで失敗してしまったのがフランスですね。ティエレ・オメイヤーのあとが続かなくて…。
久保:それでフランスが金メダルから遠ざかってしまったのですね。
菊池:メダルが獲れる、獲れないの差は、間違いなくGKの差です。
亀谷さくらの次は

久保:女子日本代表の躍進は、ワールドクラスの亀谷さくら(モルデエリート/ノルウェー)が10年いてくれたからですよね。
菊池:そこで日本のGKコーチが、きちんと次世代に目を向けないといけなかったと思います。
久保:亀谷の次が求められるなかで、笠野未奈(アランマーレ富山)が爆発的なスライディングをするようになってきました。
菊池:フレイがアランマーレに来てからは、フレイと鈴木梨美(2025年6月限りで引退)のパフォーマンスがあまりにもよすぎて、笠野を使う場面が少なくなっていました。ただ笠野のパフォーマンスが悪いかというと、そうではない。他のチームに行けばレギュラークラスの力がある選手です。本人の努力もあって、今年になってポテンシャルが開花しつつあります。
久保:世界選手権の映像で見た亀谷のダイナミックなスライディングを、日本選手権で笠野がやっていたことに驚きました。ゴールの枠をはみ出るぐらいの勢いで飛びついていました。
菊池:それでいいんです。そこにしかシュートコースがないのなら、それ以外を全部捨てて、一カ所を止めに行っていいと思うんですよね。たとえばスライディングで左下を止めに行くとしたら、亀谷さんはそこ以外は止める気ゼロだと思います。
久保:近い将来、女子日本代表のGKが上嶋亜樹(アズール/フランス)と笠野の2枚になったら面白いと思います。
菊池:2人は全くタイプが違いますからね。上嶋さんはディフェンシブなタイプで、自分のやるべきことを徹底します。笠野はどんどん前に出て、相手のやりたいことを防ぎます。
久保:上嶋は派手に止めるイメージがあるのですが、ディフェンシブなのですか。
菊池:上嶋さんは、DFがいる時はディフェンシブなのに、ノーマークになった瞬間のアジリティ(敏捷性)の高さ、飛び出しの判断が凄いんです。どこでどう教わったのか、とても興味があります。
久保:上嶋と笠野の2人だけに限らず、日本のGKの明るい未来を作るために、菊池さんの本があるのだと思います。
菊池 啓太(きくち・けいた)1998年生まれ、愛知県豊田市出身。豊田市立前林中、中部大学春日丘高(愛知)では全国大会に出場。愛知教育大で指導者の道を志し、卒業後に1年間ドイツに留学。Regionalliga Nordrhein(ブンデスリーガ4部)でアンダーカテゴリーの指導を実地で学んだ。2022年からリーグH女子のアランマーレ富山のGKコーチに就任。1年目からGKの阻止率を改善し、就任以来3年連続でプレーオフに出場している。指導の内容が見られるInstagramは、フォロワー数が17,000人を超える。2026年1月9日に発売された著書「ハンドボールのGK理論・指導書」(UTSUWA出版)は、Amazonの売れ筋ランキングスポーツ部門で1位になった。

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